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赤志-9

「あなたはワクチン開発に携わっていた研究員、でお間違えないですね?」

「は、はい」


 取調室内にて、柴田は優しげな笑みを浮かべながら眼鏡の男に問う。


「開発は困難を極めたでしょう。心中お察しします。ですが、その苦労のおかげでプレシオンが完成した。私の知人と、そのお子さんも摂取しておりまして。お陰様で魔力暴走事故の心配はなくなりました。まずは感謝を。ありがとうございます」

「い、いえ。はい」

「そこでひとつ、素朴な疑問がありまして。知人の子は非常に注射が苦手で。かくいう私もこの年になっても苦手でして」


 研究員は脂汗を額に浮かべながら視線を柴田に向ける。


「確か黄瀬悠馬氏は、ワクチンはこれから錠剤タイプや吸引タイプの物が出て来るとおっしゃってました。その研究はどれほど進んでおられるのでしょうか?」


 研究員は少しだけ首を傾げた。


「錠剤タイプは、試験運用中です。吸引タイプも、ほぼ完成していると言いますか……」

「その吸引なのですが、例えば空気中に散布された場合、人体に取り込まれますか?」


 研究員は山口(やまぐち)という名だった。元々は内科医で患者のことを第一に考える先生だったらしい。汚い金を貰っているとはいえ今回のワクチンに関しても接種する人間の安全を第一に考えているはずだ。

 ゆえに子供の存在を出せば軽く喋ってくれると睨んだ。


「可能、です。しかし取り込めたとしても、現段階では効果は著しく低くなるかと。プレシオンの接種量は、個人の魔力量で変動するので」




ΠΠΠΠΠ─────────ΠΠΠΠΠ




 会議室に戻ってきた柴田は頭を振った。


「あなた達の話は聞かない、なんて浅はかな真似はしないけれども。今回の話は無理があるでしょう」

「俺もそう思うんだけどねぇ」


 赤志は頭の後ろに手を回し苦笑いを浮かべる。


「取り調べは室内カメラを通して見ていたからわかるでしょう? 花火にリベラシオンを混ぜて爆破させ、観客全員を()()()()()だなんて。荒唐無稽よ」

「大量に使えば接種量云々は関係なくなる」


 本郷は真剣な表情で言った。


「待てよ。爆発はどうすんのさ。花火と一緒に爆発させたら燃えるんじゃねぇの?」

「花火の中に混ぜる必要はない。爆発音と光に紛れ込ます形で、別の場所で破裂させてもいい。それに、花火は会場の上空で爆破するわけじゃあないしな」

「じゃあリベラシオンを乗せた玉だけ会場の上で爆破させるとか?」


 赤志は唸る。実際かなり無理な内容ではある。だが否定できるほどの材料もない。一応可能ではあるため蹴ることもできない。


「どちらにしろ、レイラのコンサートが一番危険な場所であることは変わらない。イベントを中止した方がいいんじゃ……いや、すまん。それはないな」


 飯島は頭を振り、自身の言葉を否定した。


「コンサートを中止にしたら尾上正孝と黄瀬悠馬が出てこなくなるな」

「その通りです。源さん。奴らは必ず来る。奴らを捕まえるタイミングはここしかありません」


 こうしている間にもリベラシオンを接種した人間の命の刻限は迫っている。もしかしたら黄瀬なら、あるいは尾上なら、リベラシオンを接種した人間を助けられる方法を聞き出せるかもしれない。

 それがあれば、飯島と志摩が自分の体を使う必要性もなくなる。

 

「ファンの人は入場させるの? じゃあ、次は逃がせばいいのかな」


 ジニアが不安そうに周りを見た。


「大量の人が来るし、パニックになっちゃうんじゃ」

「その通りだジニアちゃん。レイラのファンは熱狂的。大型地震が発生しない限りテコでも動かん。変に止めたら暴動が起きてより大惨事になるかもしれない」 

「それなら、地震、発生させる?」

「なんだそりゃ……できんのか?」

「ちょっと地面揺らすくらいなら」


 ジニアは小さく笑みを浮かべて言ったが、飯島は顔を引きつらせた。


「自演というかサクラというか……例えば、近くで煙を焚いて「火災が発生したから逃げろ」とか言って客を逃がす案は?」


 赤志の意見に、本郷は渋い顔をする。


「やるとしてもタイミングが重要だ。花火が上がるタイミングは、開始時含め数回ある。それにもうひとつ気になることが。相手の狙いに、レイラ・ホワイトシールが含まれている可能性はないのか? 彼女は貴重な魔力と魔法を持っているんだろう。ドラクル視点だと御馳走に見えるのでは」

「なんか言い方やらしいんだけど」

「茶化すな、まったく。とにかく、そういった可能性ある。だから案を出す」


 全員本郷に視線を向ける。


「レイラ・ホワイトシールに危険が及べば、逆にドラクルが出て来るんじゃないか」

「あー。わりとありえるな」


 赤志が腕を組む。


「レイラの力が必要だとしたら。あるいは邪魔だとしたら。ライブ会場を襲う理由もわかる」


 柴田が訝しんだ。


「ちょっと待って。「シシガミユウキ」たちがライブ会場に来るとは限らないでしょう?」

「前も話したんだけどさ、尾上さんが去り際に放った言葉があるんですよ。きっと来る。俺はそう信じてる」

「信じるって……まぁ来ると仮定して。どうするつもり?」

「俺にいい案があるよ。今思いついた。一番目立って事件性も高くて、誰もが腰を浮かす方法」


 赤志は自分に親指を向けた。




「俺がレイラを殺す。コンサート会場のステージ上で」




 柴田が息を呑んだ。


「そうだな。俺は「通り魔」って設定で暴れよう。まずレイラを殺し、次に俺を取り押さえようとした警備員かSP風の奴を殺す。次にステージから降りて一般人。で、観客の中にサクラを混ぜて騒がせる。ショッキングな光景と悲鳴で観客は逃げ出すだろう。立ち向かおうとする奴なんて出てこない」


 飯島が苦い顔をする。


「……いい案だと思う。警察からの評判も下がらないからな」

「飯島さん!? あなた何言ってるんですか!」

「待ってくださいよ柴田管理官。これはあくまで案です。赤志。お前はいいのか?」

「何がっすか?」

「お前の評判が地の底を突き抜けるぞ」

「んなもん気にしてないっすよ今更。とりあえず配役としてインパクトのある本郷がいいな。で、一般人ひとりと、ジニアもだな」

「わ、私も?」

「獣人もやられたら危機感が増すだろ。あと、俺はおあつらえ向きの衣装を着て暴れる」


 本郷が眉を上げた。


「衣装? 何を着るつもりだ」

「あるじゃねぇか。"こいつらだったら暴れてもおかしくない"って思われる最高の服が」


 飯島は得心したような声を出した。


「グリモワールになりすますのか!」

「その通り! どうよこの案。ドラクルが出てきたら俺が相手をする。尾上さん……「シシガミユウキ」は警察(あんたら)に任せる。もし来なかったら俺を逮捕するフリしてレイラを保護。迅速に対応した警察の評価は鰻登りだぜ」

「……ダメだよっ」


 ジニアがふるふると首を横に振った。


「大丈夫。フリだから」

「ダメだよ! だってそんなの、アカシーサムだけが損してるもん!」

「いいんだよ。この世界で魔法使ってる人間なんて、痛い目見ないと駄目だ。そうだろ?」

「でも……」


 潤む瞳を向けるジニアに微笑む。


「大丈夫。なんとかなるって」

「俺はあまり乗り気じゃない」


 本郷が言った。


「んなこと言ってる場合か? 俺が損するだけであんたは何も損しないだろ」

「そうだ。だがお前は……赤志は、立派な人間だ。お前だけが損をするような役割に賛成することはできない」

「……なんだよそれ。別にあんたがそんなこと気にしなくても」

「この事件が解決するまで、俺とお前はコンビだ。相棒だ。そうだろ? なら片方が下に行くのを黙ってみてられるか」


 本郷の真剣な言葉に赤志は口を閉ざした。相棒という響きを、彼は否定しなかった。

 短い付き合いだが2人の間には確かに絆というものができていた。ここまで傷つきながらも一緒に戦ってきた経緯があるからだ。

 そして繋がっているのは、2人だけではない。


【いまの。心に来たな】


 現世界でも自分を受け入れてくれる人間がいた。その喜びを、赤志は密かに噛み締めていた。

 本郷は真剣な表情で飯島と柴田を見つめる。


「どうしますか? 柴田管理官」

「警視正と相談してみます。ただ、赤志。ローブを一着。用意だけはしておいてください」


 赤志は黙って親指を立てた。ジニアも本郷もそれ以上は何も言わなかった。


「流れがどうあれ、クリスマスライブまでは3日を切ってます。必ずこの事件を解決する。全員一丸となって、この問題を解決しましょう。以上」

「あいよ」


 赤志は真っ先に、大きく返事をした。

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