No.13-2
No.13ことプラネットスマイルは、ビルからビルの屋上へと飛び移っていた。
歯をガチガチと鳴らしながら白い息を吐く。
12月20日、冬の外。しかも夜。しかも濡れ鼠。
極限の寒さに身が凍る思いだった。
「こんな仕事引き受けなきゃよかった! 割に合わアハハハハハッ!!」
文句と、時折笑い声を混ぜながら飛んでいると目的の建物が見えた。
「よっ!」
プラネットスマイルは一度大きく夜空に飛び立った。月の光を存分に浴びながら身を翻すと急降下し、音もなく着地する。
眼前には神奈川県警察本部。そして赤い髪の毛をした男が腕を組んで立っていた。
「……よぉ」
「やぁ赤志先生! 相変わらず髪の毛赤いねぇ~! お久です! アハハッ!」
両手を広げて嬉しそうに顔を綻ばせる。
赤志は不快感をおくびにも隠さず舌打ちした。
「うぜぇから喋るな笑うな。っつうか……つうか、なんだ!? お前その髪の毛!!?」
赤志はビッとプラネットスマイルの頭を指差す。
「前会った時はピンク色だっただろ!?」
「ああ、これ? ユニコーンヘアカラーです! カッコイイでしょ? 幻想的に見えません?」
「頭悪く見える」
プラネットスマイルの快活な笑い声が木霊する。赤志は心底嫌気が差したように両耳に手を当てた。
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「この人が協力者の狩人である」
「プラネットスマイルです! どうもっす!」
11階の会議室に通された狩人は笑顔を浮かべながら敬礼した。ずぶ濡れだったせいで燕尾服に付着した水滴が跳ね、テーブルに飛び散る。
奇抜な格好をした人物に本郷とジニア、そして飯島が言葉を無くす。
「アハハハハハッ!! 何か全然元気ないっすねっ!」
笑いながら手袋を外しテーブルに置いた。赤志の右隣に座る本郷は顔を引きつらせる。
「赤志……お前の言っていたことがわかる気がする」
「だろ? めんどくさい奴だろ? おまけに悪気がないのがタチ悪い」
「と、とりあえず、体を拭いた方がいいんじゃ」
左隣にいるジニアがそう言うと、プラネットスマイルははち切れんばかりの笑みを浮かべた。
「うぉ~。猫人の可愛い女の子に心配されるなんて感激。やっぱり獣人はみんな優しいなぁ。人間と違って」
ジニアは赤志の袖を握った。
「モテモテですね先生。猫にもゴリラにも好かれて」
「誰がゴリラだ」
「ごめん。本郷。俺が謝っとく。あいつは俺以上に常識知らずのアホなんだ」
「ちょっと待ってよ。俺の方が絶対魔法以外は先生に勝ってアハハハハハハハハ!!!」
ジニアがビクリと肩を上げた。
「あの大きな笑い声に関しても悪気はないんだ。何の前触れもなく笑う」
「アハハ! そうなの!! 病気みたいなもんだと思って! アハハハハハハ!!」
腹を抱えてテーブルをバンバンと叩く。それを離れた場所で見ていた飯島は頭を振った。
「イロモノばかりが集まるなぁ。えぇ?」
「これでも実力者なんすよ、飯島さん」
「赤志。お前らの、というか狩人の世界では、何か。実力者は髪の毛奇抜にしなきゃいけない規則でもあるのか?」
パン、と柏手が鳴る。柴田が眉間に皺を寄せていた。
「雑談はそこまで。プラネットスマイル。共有してちょうだい」
「はいはーい」
プラネットスマイルは燕尾服のボタンを開けワイシャツのボタンを開き、腹に仕込むように入れていた資料を長机に置く。べちゃりと音が鳴った。
「黄瀬悠馬の家に行って取ってきた。リベラシオンとか言ってたかな? その情報資料。濡れちゃってるけど気にしないでね!」
「黄瀬悠馬に会ったのか!?」
「戦闘もしたよ。逃げられたけど」
さっきの魔力酔いの通報はそれか、と本郷が言った。
「奴はどこに?」
「さぁね。どっかで暴れるつもりはないと思うけど」
「捕まえられないのか」
本郷が赤志を見た。
だがプラネットスマイルが先に答える。
「無理無理。このままじゃ、あんなの到底かなわないよ」
「本郷。コイツが言ってることは正しい」
「いやぁ。先生に褒めていただけて嬉しいっす」
「馬鹿。今度は対策取られるぞ」
「今度? そんなんないでしょ。だって次は先生が闘うんでしょ? なら勝利は確定じゃん」
プラネットスマイルの口角が上がる。その発言には信頼が込められていた。
その時、ドアがノックされた。赤志が首を傾げる。
「誰だ?」
「この話題に深く関わっている人物よ。失礼の無いように。特に赤志と狩人は」
柴田はドアを開けた。入ってきた人物を見て飯島が息を呑む。
「志摩京助、先生……」
「先生なんて付けなくて大丈夫ですよ。飯島さん」
志摩は微笑を浮かべた。だが疲れが隠しきれない、青い顔をしていた。
「すまない。こんな顔色で」
「魔力暴走事故や獣人犯罪やワクチンやらの対応、お察しします」
飯島が頭を下げた。
「隠蔽、といって構いませんよ、飯島さん」
「口を挟むようで申し訳ないのですが話を聞いていただけますか」
柴田が早口で志摩にすべて説明し始めた。志摩は話を聞いている間、ずっと難しい顔をしていた。ただ、口は挟まず、声も上げなかった。
一通りの説明が終わった後、志摩は深い溜息を吐いた。
「プレシオンの主要メンバー……製造責任者の2人がそんなことを」
「その内ひとりは、ドラクルと呼ばれるバケモノとされております」
「たしか、獣人の天敵、だったか? 獣人を餌にしている種族だろう」
赤志の方を見ながら言った。
「狩人であるプラネットスマイル氏の話と合わせると、黄瀬悠馬はドラクルで確定です。ただ、我々としては黄瀬の確保よりも偽造ワクチン回収を優先したい」
柴田が真剣な表情で言った。
「いったんワクチン接種を止めるべきです。少なくとも補充されたワクチンは使わないようにするしかありません」
「不可能だ」
志摩が即答し、頭を振った。
「連日の事故のせいで国民の不安はピークに達してます。ワクチンの応募は殺到、補充されたワクチンに問題があるなどと言っても、誰も納得しない。下手すれば沈静化していた暴動がまた起こります」
柴田もそれを懸念しているのだろう。口を閉ざしてしまう。
「それにもっと問題なのは、既存のワクチンに「リベラシオン」が紛れ込んでいる可能性も高いです」
志摩の言う通りだった。補充ワクチンや既存だけではなく、これから追加されるワクチンに偽物が紛れ込んでいてもおかしくない。
「赤志さん」
「ん?」
赤志が志摩に顔を向ける。
「話を聞いている限り、プレシオンとリベラシオンは似ていると思います。決定的な違いは、レイラ・ホワイトシールさんの魔力を使っているかどうか、でしょうか?」
「……だな。リベラシオンは、簡単に言うと「蓋がないプレシオン」だ」
赤志は資料を手に取る。一番知りたかった情報がすでに見つけていた。
「リベラシオンを投与すると一時的に魔力が減る。ただし、トリプルMと同じく魔力が増幅し続けて、その増幅スピードが異常に速い。体調不良になったらほぼアウトだ。「あれ? もしかして魔力量がマズい?」とか思っていると、ボカン。暴走開始。まるで人間爆弾だ」
志摩は眉間に拳を当て項垂れた。
「すでにリベラシオンを接種した人々を助けることも考えなければ。例えば、プレシオンとの併用で相殺できるのではないか。どうでしょう、赤志さん」
「いけそう、ではあるけども。思わぬ副反応が出る危険性がある。それの安全性を確立してくれるのは、尾上さんとかじゃないと」
志摩が数回頷くと、柴田を見る。
「偽造ワクチンを探すことは可能ですか? 1個で構いません」
「え、ええ。恐らく、空欄のロット番号を使用しているワクチンがリベラシオンだと思われますが」
「なら、それを私に打って欲しい。その後プレシオンを接種し、効果があるか立証する」
室内の空気が緊張する。
柴田が口を開く前に、志摩は手の平を向けた。
「私が実験体になるべきだ。ここまで事態が重くなった責任は私にもある。いや……一番罪を背負うべきは、私だろう」
確固たる力強い意志の前に誰もが委縮する。
唯一、飯島を除いて。
「……あのさ、それ先に俺にしてくんね?」
ひりつく空気に飯島の呑気な声が混ざる。
「俺さ、今度ワクチン打つんだよ。初めて」
本郷が顔を強張らせる。
「源さん受けてなかったんですか!?」
「だって魔力量が少なかったし、忙しかったし。一番の理由は副作用が怖かったんだけど。けどまぁ、このビビりが役に立つ時が来たみたいだ」
飯島は姿勢を正し、志摩に体を向ける。
「志摩先生。あなたは異世界との交流で絶対に必要な人です。なので、私が実験体になります」
そう言って赤志と本郷、そしてジニアに視線を動かす。
「俺にも体張らせろ。任せとけって」
飯島は不安と恐怖を押し殺した複雑な笑みを向けながら親指を立てた。




