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本郷-6

 12月19日、月曜日の夕方のニュースが流れていた。また新横浜駅の爆発事故と魔力暴走に関してだ。動画素材が少ないせいか、同じような映像が何度も流されている。


「「シシガミユウキ」の情報を持って来たわ」


 柴田がテーブルの上に紙の資料とノートPCを置く。


「あんた本当仕事早いな」

「遅くていいことなんか、ひとつもないからね」


 赤志は軽く礼を言って資料をめくる。


「ねぇ。私もここに集まってよかったの?」


 柴田は腕を組み渋い顔を本郷に向けた。

 一同は本郷の家で情報共有を行おうとしていた。飯島もジニアも藍島もいる。


「構いませんよ。ひとりで暮らすには広すぎる家なんで。溜まり場にしてくれた方が、家も喜びます」

「何もここじゃなくても」

「本部だと誰かに聞かれる心配があります」


 進藤の目が潰れた件とトリプルMの裏金を受け取ったものが組織にはいるかもしれない。念には念を入れておいて間違いはない。


「はじめはさ。楠美だと思ったんだ」


 赤志が言った。


「「シシガミユウキ」がか?」

「うん。進藤の目線の先には楠美がいた。そこから疑って「シシガミ」が女だって聞いたから、楠美(コイツ)だろって思った」

「だからお前、新横浜でも一緒に動いていたのか」

「そうだよ。そしたら大怪我負ってよ。申し訳ねぇわ、なんか」

「わからんぞ。この資料が特に何の関係もない可能性だってある」


 本郷は紙の資料を指す。


「「シシガミユウキ」……漢字で書くと獅子の神に優しいに希望の希。随分と男らしい名前だな」


 手に取る。掲載されていたのは履歴書だ。

 顔写真からもわかる美形の女性であり、男らしさは微塵もない。


「東京の大手銀行に就職してたみたいね。それは書類選考で使われていた物よ」

「……ん? 15歳の時に中学1年生?」

「心臓が弱かった子らしくて、小学生の頃に大手術をした記録が残ってたわ」


 柴田が言った。情報収集能力の早さに赤志は感心したような声を出す。


「両親は?」

「彼女が就職してから数年後に相次いで他界している」


 本郷は資料から視線を切りノートPCの画面に浮かぶ文字を見る。


「2つの目のワクチン、「シールート」を接種した半年後に死亡……心臓発作か」

「尾上正孝はワクチンを疑ったのかもな。それで闇を暴こうとしたが、上手く行かなかったか」

「尾上さん、このとき何してたの?」

「当時からノット・シークレットの研究員だ。尾上のプロフィールも洗い出した。「獅子神優希(ししがみゆうき)」が死亡した時期から、一気に功績を上げ所長にまで昇りつめた」


 赤志は「なるほど」と呟く。


「「シールート」ってのは、変な副作用がたくさん発生して即座に使用を禁止されたんだよな」

「ああ。きっとその陰で、獅子神のように死亡した人も多かったんだろう」

「それを知った尾上さんは────」


 赤志は喉を鳴らす。口の中が乾いていた。


「ここからは仮説なんだけど。尾上さんは立場を利用して彼女の死の原因を探り、ワクチンが原因だってことを突き止めた。そこで訴えを起こすわけでもなく、ワクチンの開発に勤しんだ」


 本郷が腕を組む。


「駄作のワクチンを作り、今度こそ隠せないよう「ワクチンは有害である」ということを世間に知らしめる。彼女の死を隠蔽したこの国に復讐しようとした。という流れか」

「けどそうはならなかった。本当に有効な魔力抑制ワクチンが完成しちゃったからね」


 赤志が顔をしかめて言った。

 その時、本郷は何かに気づいたように、眉間に拳を当てた。


「トリプルMは、プレシオンの前だ。でもプレシオンの開発は行っていたはず────」


 脳裏にある殺人事件が過ぎる。ヤクザと大学生が死亡していた事件。あの事件の犯人は売人である進藤か「シシガミユウキ」だと睨んでいた。


 だが気になっていたのはその死因と、強奪されたであろう薬物だった。

 あれはトリプルMだと思っていたが。


「違うのか……?」

「どうしたんだよ本郷」

「赤志。覚えているか? 売人の死亡事件。大学生とヤクザが殺された事件だ」

「ああ。それが?」

「あそこで使われていたのはトリプルMだと思っていた。だがそうじゃなかったら?」

「……まったく別の薬を売買していたってこと?」


 そこに柴田が口を挟んだ。


「そこに関して、とあることが判明してるわ。新横浜を含む各所で魔力暴走を起こした加害者たち。その遺体に共通点が見つかってる」


 柴田は持って来たタブレットの画面を見せた。


「遺体には刺殺されたような痕が残ってた。一部は背中が滅多刺しにされているような感じで」

「それって別所と鈴木と……浅田、だっけ? 3人の状況とまったく同じじゃん」

「その傷痕から大量の魔力が漏れていたらしい。紅血魔力(ビーギフト)じゃなく白空魔力(エーギフト)が」


 本郷はプレシオンの効果を思い出す。

 体内魔力を大気中の魔力に変換して二酸化炭素と共に排出する。


「プレシオンと似た効果だが違う薬だ。歯止めが利かず一気に魔力を増幅させる、トリプルMを改造した薬を試したのか?」


 だが本郷は首を傾げる。


「いや、待て。加害者たちはワクチンを接種していなかったんじゃ」

「していたのかもな」


 飯島が言った。


「本郷の妹さんの話を聞いて考えてた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()にはどうすればいいのか」


 飯島が言葉を紡ぐ。


「VRSに接種状況を記録するにはあることが必要だ。個人情報と接種したワクチンのロット番号。だがそのロット番号が「使えない状態」だとしたら?」


 本郷が目に角を立てる。


「「使えないロット番号」を打ち込んで登録した場合、VRSには「接種されてない」と登録されるんだ。当然だ。その番号は使えないんだから」

「はぁ!? 登録した時に警告とか出ないのか!? 現在使えませんとか。だいたい廃棄されていたりしたら廃棄ってすぐわかるだろ」

「廃棄と登録されていたならな。だがお前は知ってるはずだ。赤志」


 赤志は口を開いて、止まった。

 尾上とのやり取りを思い出す。尾上が見せてくれたワクチンデータ。




『未使用・使用・廃棄とありますが、空欄は?』

『被害に遭ったあと、使用か廃棄か、確認中の物は空欄になってます』




 空欄になっているワクチン。

 赤志は息を呑んだ。


「グリモワールにワクチンを破壊させ、盗んでいた理由もこれで判明した。尾上はトリプルMの改良版を、補充されたワクチンの中に紛れ込ませたんだ。そして接種すると、改良版なのかプレシオンなのかはわからない」

「偽造ワクチン、というものね」


 柴田は顎下に指をあてる。


「その効果は時限式の爆弾のようなもの……接種してからしばらくたつと魔力暴走事故を起こし、体が穴を開けて魔力が漏れる、と」

「偽造ワクチンを混ぜたら空欄だったロット番号を未使用処理すればいい。そして番号入力したら、廃棄や使用済みのワクチンでもないから警告が出ない」

「……そのワクチンデータ作ったのってさ、尾上さん言ってたよな」


 確かに尾上は言っていた。本郷もそれを聞いている。


「それと開発には、黄瀬悠馬が協力していた」


 つまり多少の穴があれどいくらでもデータの改ざんはできるということだ。


「決まりね」


 柴田が声に力を込める。


「プレシオンを使った計画というのは、偽造ワクチンで日本を混乱させ信頼を落とし、恋人の死を隠蔽した者たち、そしてこの国に対して復讐すること」

「今すぐ補充された分のプレシオンだけでも回収するよう指示を出しましょうか」

「……それ無理だと思うよ」


 飯島の提案を遮ったのは、ずっと黙っていた藍島だった。

 視線が集まると、藍島はテレビを指差した。


『国民の皆様。ご安心ください。プレシオンは充分な量を確保しております。被害に遭った病院にも、またはそうでない病院にも随時補充していきます。昨今世間を脅かしている魔力暴走事故という痛ましい事件を防ぐためにも、どうか、プレシオンを接種していただくよう、よろしくお願いいたします』 


 政治家である志摩京助が必死に呼びかけを行っていた。


 そして画面が切り替わると、国民の6割がプレシオンを接種したという情報が流れて来た。

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