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赤志-7

『全国各地で魔力暴走事故が多発している件に関して政府は早急にワクチンを打つよう説明しました』

「結局「ドラクル」ってのは出てこなかったんだろ」

　膝を抱えながらソファに座る藍島は、テレビを見ながら唇を尖らせた。

「で、黄瀬悠馬が「ドラクル」かもと」

「奴らは人間にも獣人にも化けれる。魔力暴走事故が近くで起こっても逃げることができて姿も見られないとなると、そうとしか考えられない」

　床に座る赤志は淡々と告げた。テーブルの上にあるスマートフォンが鳴る。尾上からのメッセージだった。

『連絡が遅くなってすまない。怪我は？』

「大丈夫。忙しいんだろ。いちいち連絡を入れる必要ないって」

『入れるに決まっているだろう。お前の行く先々で事件が発生している。おまけに黄瀬さんは行方不明、いや生死不明になってしまった。この上お前やジニアちゃんに何かあったら、俺はもう耐えられん』

　赤志は指をいったん止め、動かす。

「ありがとう。尾上さん。安心してくれよ。俺もジニアもそう簡単に死なないからさ」

　返信し、スマートフォンをテーブルに置いた。再び鳴ることは無かった。

「"計画"とやらをハッキリさせたい。プレシオンを使って何ができる？」

　本郷は腕を組み窓の外を見ながら言った。月が空を照らしている。時刻は22時になっていた。

「魔力を消そうとしているワクチンが、どう作用する」

　事故を起こした"加害者"は軒並みワクチン未接種者だったと報道されている。

　尾上に「本当はワクチン接種者もいるんじゃないか」と赤志はメッセージで聞いていた。相手はこう答えた。

『馬鹿か！　ワクチンが効果的に働かず事故が起こっているのであれば、隠蔽せず公表する！　ただ被害が出続けるだけになるから、すぐ接種禁止令が出される！』

　その通りだと赤志は思った。

『全国各地で魔力抑制ワクチンである「プレシオン」の接種数が急増しております』

　テレビに、接種者のインタビュー映像が流れる。一同は画面に目を向けた。

『怖いですよね、事故は。やっぱり防がないとと思って』

『備えはしておこうかなと。ワクチンの副作用がどうこう言っている場合じゃないですよ、もう』

『家族全員で今日は受けに来ました。やっぱり子供たちが発症するのが、一番怖いので』

　プレシオンに年齢制限はない。老若男女問わず誰でも受けることが可能だ。

「暴走事故が拍車をかけちゃってるなぁ」

「藍島はまだ接種してないんだよな」

　本郷が聞くと「うん」と首を縦に動かした。

「めっちゃ悩んでるんだけど、こんな話聞かされてたらさ、受けられないよ」

　藍島は苦笑いを浮かべ、頭の後ろで手を組んだ。

　赤志は顎に手を当てる。

「暴走した連中はトリプルMを使用したのか、と睨んで捜査してるみたいだけど……結果は空振り。全員の魔力が急増していると。原因は不明で────」

「待て」

　本郷が声を上げた。全員の視線が集まる。

「例えばだ。"計画"とやらは、日本を混乱に陥れたいとか、日本の評価を落としたいと狙っているんじゃないか？　それならワクチンを使う意味はわかる。日本を滅ぼしたいというテロリズム的な考えであれば「グリモワール」やヤクザ、半グレにトリプルM(薬物)を使って利用したのも納得できる」

「つまり？　「シシガミユウキ」は日本の評価を落としたい、もしくはこの国をぶっ壊したいってこと？」

　言いながら赤志は考えた。これまでの出来事を。

「だからグリモワールはプレシオンを破壊していた？　けどプレシオンも計画の一部なら、破壊する意味がないだろ」

　赤志が言った。奴らはワクチンを毒だと罵っていた。洗脳されていたためそれが本心かどうかは不明だが。

「……破壊することに意味があるとしても、なぜ……」

「……綺麗って言ってた」

　言ったのは、藍島だった。

「進藤の奴。私を蹴っ飛ばした時に言ってたんだ。「あの人の瞳は純粋で、宝石みたいに綺麗だった。だから惹かれたんだ」って」

　よく、人は"その感情"の色を赤や黒で表現する。

　だが違う。"その感情"は、そんな色濃くない。

【透明な瞳】

「殺意だ。「シシガミユウキ」は、明確な殺意を持っているんだ。ワクチンに対してかな？　それとも、ワクチンの開発者に？」

「政府かもな」

　本郷が言って赤志に目を向けた。

「「シシガミユウキ」はワクチンではなく、政府に恨みがあると考えよう。だからプレシオンを使った計画というのは、この国の評価を落とすこと。だから奴は証明したいんだ」

「「プレシオンが毒である」ことを証明したいってわけ？」

　本郷が頷く。

「本当に復讐したいのはワクチン接種を推進させる政府。だから「ワクチンは危険物だ」と世間に知らせたいわけだ」

「頭イカれてるグリモワールの思想は、「シシガミユウキ」の思想だったってわけか」

「だとしたら自ずと犯人像が見えてくる。赤志。お前なら、どういうことがあったらワクチンを恨む？」

　すぐに答えは出た。

「隠蔽だ。例えば世界を救う最高のワクチンがあったとして。俺の大切な人がそれを摂取して「副作用で亡くなった」としよう」

　言葉を続ける。

「でも、そのワクチン運用は絶対進めたいと政府の関係者は思っている。副作用で死亡したなんて発表したら接種が止まる。だから隠蔽するんだ。副作用の死亡事故が少なければ大した問題じゃないとして処理されるからね。だけどそれをしたら、俺は政府も開発者も恨む」

　本郷は頷いた。

「そうだ。あくまで仮定だがその隠蔽とやらがあったとしたら。ワクチン接種後、死亡したり副作用に苦しんだ患者の中に、「シシガミユウキ」に繋がる人物がいるかもしれない」

「恨みってことは、肉親とか家族とか恋人関係か？」

　言ってから、ジャギィフェザーの言葉が過ぎる。

────「シシガミユウキ」も。嘘塗れだと思う。

　赤志は目を見開いた。

　顔を上げると、本郷も気付いたのか、目を丸くしている。

「気付いた？」

「ああ」

「それ、ありえるのかな」

「わからん。だが、ありえるかもしれない」

　本郷はスマートフォンを取り出した。

　飯島に電話をかけるために。