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本郷-4

 12月18日、日曜日。19時を回っていた。

 柴田はテレビのリモコンを手に取る。会議室内に設置された大型テレビには新横浜駅の新幹線ホームが映った。


 悲惨な光景だった。爆撃でも食らったようにホームの一部が抉られ、新幹線の8号車が吹き飛んでいる。7号車、9号車も似たような被害にあっていた。

 通路には大きな焦げ跡が残され、ブルーシートで覆われた箇所も転々と存在している。


 現場はそのまま放置されている。魔力の濃度が高く、人が立ち入ることがほぼ不可能だからだ。

 火は何とか赤志が消火したが瓦礫(がれき)の撤去などは進んでいない。


 近くのエスカレーターも損傷が酷く、パレットが捲りあがり転落防止用の内側板やハンドレールは跡形もなく消え失せていた。


 新横浜駅構内に立つレポーターがカメラを見つめる。駅構内はまばらに人がいるが一部通行止めになっている。


『昨日新横浜駅の新幹線乗り場にて、大規模な火災、並びに爆破事故が発生しました。現場の防犯カメラや目撃者の情報、並びに警察の調べによりますと、魔力暴走事故が原因であるとして現在捜査を────』

「どう思う?」


 柴田が睨むように視線を向けた。昨夜から一睡もせず動き続け指示を出していたせいか、酷い隈だった。ストレスもあるだろう。

 もっとも、それは赤志も本郷も一緒だった。


「英雄殿の見解が聞きたいわね」

「魔力暴走事故だとは思う。ドラクルだとか、例えば獣人だったり、黄瀬悠馬自身が魔法を使うとしたら予兆があるから俺が探知できる」

「けれどその予兆は無く、突如爆発したと」

「ああ。実際、爆発の原因だと思う遺体は回収しただろ?」


 柴田が頷く。


「人の形を保ってない遺体を調べて、ついさっき「テンプレート」の結果が出たわ。ワクチンを打ってなかった」

「一度も?」

「ええ」


 つまり運悪く、あのタイミングで魔力暴走が起こったのか。

 そんな都合のいいことは起こらないはずだと、本郷は唸る。


「黄瀬悠馬は現在行方不明。どのカメラにも黄瀬の姿は映ってなかったわ」

「となると、黄瀬は逃げるために魔力暴走事故を引き起こしたか。もしくはドラクルに連れてかれたか」

「けれど遺体の紅血魔力(ビーギフト)は不自然なほどに膨張してたわ。つまりトリプルMを使って無理やり魔力暴走を起こした可能性が高い。黄瀬を逃がすために」


 これで黄瀬悠馬が黒幕であるという線が一気に濃くなった。


「まったく。最悪な年末ね」


 椅子に座る柴田は項垂れ、両手で頭を掻きむしった。

 作戦は失敗に終わった。上層部は今回の作戦に一切関与していない体を貫くらしい。今回の作戦の指揮を執った者には然るべき処置を行うと発表もした。


 つまり陣頭指揮を執っていた柴田に責任が押し付けられるということだ。

 薬物売買取引の犯人を追っていたはずがこんなことになるとは彼女も思っていなかっただろう。


「ここまで来たら、何がなんでも黄瀬悠馬を確保しないとね」


 柴田がクツクツと笑っていたが、目は怒りに染まっていた。

 会議室の扉が開いた。入ってきたのはジニアと、包帯塗れの飯島だった。


「よう。生きてたか」

「こっちの台詞ですよ、源さん」


 松葉杖をつき、ジニアに支えられながら近くの椅子に腰を下ろす。「悪いなジニアちゃん」と息を切らしながら飯島は言った。


「俺はマジで運がよかった。あと一歩遅く出ていたら、炎に飲まれて死んでた。先に新幹線から降りたのが功を奏したよ」

「……だけど、楠美さんが」


 ジニアが泣きそうな顔で呟いた。本郷は奥歯を噛みしめる。


 楠美は新幹線ホームに向かう階段付近で発見された。爆発によって頭を強く打ち、腹部を撃たれ、階段から落ち、逃げ惑う人々に足蹴にされたその姿は無残な物であった。


「生きていることが奇跡だよ」


 飯島が言った。


「頭蓋骨にヒビが入り内臓もいくつか損傷。両鼓膜破裂。右腕は複雑骨折、右足首も折れているが一命は取り留めている。顔の腫れは酷いが、眼球は無事だと」


 飯島が悔しげに拳を握りしめた。


『また昨日未明から魔力暴走事故が全国で多発しており、特に大阪では20件以上の魔力暴走事故が確認されております』


 テレビの映像を全員が見つめる。

 モザイクがかけられているが人体発火をする者、全身から棘が生えて伸縮を繰り返す者、悲鳴を上げながら両手両足が増え続ける者など多種多様な映像が流れる。


「こんなもん放送すんなっつうの」


 飯島が視線を切った。出来の悪いホラー映画のCGではないかと思う映像だった。

 だが紛れもなく現実の物なのだ。


『また、横浜の各地で相次いで魔力暴走事故が発生しており、いずれもワクチンの接種歴はないとのことです。発生者の多くは若者であり専門家は「プレシオンの接種を早急に進めるべきだ」と────』

「"計画"とやらがなんであれ、プレシオンの回収はもう不可能だな」


 赤志の言葉が虚しく響く。


「赤志。お前は黄瀬悠馬が「シシガミユウキ」だと思うか?」


 陰鬱な空気を変えようと本郷が話を振る。赤志は肩をすくめた。


「さぁな。偽名を使って裏社会で薬物ばら撒いているって設定ならちょっと説得力あるけど。俺としてはドラクルじゃないかなぁと睨んでる」

「黄瀬悠馬は「シシガミユウキ」かつドラクルとかもありえるな」

「そ。マジで全ての黒幕が奴なのかそれとも他に黒幕がいるのか。それを知る方法があれば」

「あるよ」


 言ったのは、ジニアだった。 


「今、呼ばれた。ジャギィフェザーに。「アカシーサムに伝えたいことがある」って」




ΠΠΠΠΠ─────────ΠΠΠΠΠ




 ジャギィフェザーがいるのは警察病院の地下8階だった。表向きは地下3階表記までなのだが、稀に出る獣人犯罪者を幽閉しながら治療するための施設が地下深くに存在する。


 エレベーターを降り獅子がいる病室に入る。10畳ほどの空間だった。ひとりで使うには広々としている。一般的な病室と似た設備だが窓が無いため非常に窮屈にも見えた。


「さっきスフィアソニードと話してた。無口な人だなぁって思ってたけど、アカシーサムに関わることだけは饒舌になっていたよ」

「まぁ、少しだけ一緒に戦った仲だからな」


 ジャギィは「羨ましいよ」と呟いた。ベッドの上で仰向けに寝かされ、両手両足を縛られ拘束具を5重に着せられている。目隠しもされていた。


「獣用の麻酔を打たれてさ。象でも2秒で昏倒、が売りなんだって。獣人でも流石に効くよ。首から下の感覚がないんだ。毎日朝に打たれてて体おかしくなりそう」

「お前なら、"ブリューナク"使えば一瞬で逃げられるだろ。魔力遮断を行う術はこの世界には無いぞ」

「そうなんだけどね。これ以上暴れる意味、無くなっちゃったし」

「……本題に入ろうか。なんで俺たちを呼んだ」

「昨日凄い量の魔力を探知したからさ。ここバビロンヘイムだっけ? って一瞬勘違いしちゃったよ。だから何が起こったのか聞きたいのと……ついでに幸一からどこまで話を聞いたのかな、と思って」


 赤志が本郷を見た。頷きを返す。


「雑談する気はない。お前はプレシオンの計画を知ってるか?」

「計画?」


 ああ、と声を出す。


「詳細は知らない。プレシオンをどう使うのかな?」


 シラを切っているわけではない。情報は持ってなさそうだった。


「幸一になんか言われた?」

「あ?」

「あまり幸一の言うこととか聞かない方がいいよ。嘘つきだから」

「……だろうな」

「あと、きっと。「シシガミユウキ」って奴も、嘘塗れだと思う」


 ジャギィは「シシガミ」に対する忠誠心はなさそうだ。

 沈黙が広がる。

 それを破ったのはジニアだった。


「……どうして、人間を襲っていたの?」


 ジャギィフェザーの目が細まる。


「獣人が人間を襲うなんてどうかしてる。そんな()()()()()()()()()()必要がどこにあったの?」

「退屈だったからだよ」


 獅子の鬣が揺れる。口角が上がっていた。


「何としてでも来たいと思っていた世界だった。そして()()()()()。僕の目的は達成したんだよ」


 ジャギィフェザーは首から上を動かし、ジニアの方へ向けた。


「でもそれ以降は、なんて退屈な世界なんだろうと思ってた。そこで進藤と出会った。面白そうなことをしていると思って手を貸した。それだけだよ」


 獅子が歯を剥き出しにする。


「わかるだろ? アカシーサム。もうこの世界じゃ、僕たちは満足できない。キミだって、本当は異世界に帰りたいだろ?」


 赤志は何も言わなかった。


「……キミの望みが叶うことを祈るよ」


 ジニアが眉をひそめる。チラと見えた赤志の横顔は怒りに染まっていた。

 本郷は、言いようもない疎外感を喰らっていた。

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