赤志-6
「どうっすかなぁ」
時刻は日付けが変わりそうになっていた。
藍島はリビングをうろつく赤志を凝視する。
「今度は赤志の方が様子おかしくなっちゃったね、ジニアちゃん」
「……落ち着けないよ」
「あれ。ジニアちゃんも何か、顔色悪いね」
青い顔の2人を見て困惑していると、玄関が開いた。
赤志は帰ってきた飯島と本郷、楠美に期待のこもった視線を向ける。
だが飯島が首を振ったのを見ると、大きな溜息を零した。
「ダメだったか」
「事情は説明したんだけどな。やはり、突拍子もなく現実的でもないから無理だと」
がっくりと肩を落としソファに座る。
「くそっ。どうする。考えろ……考えろ……」
だがすぐにうろつき始めた。藍島は首を傾げた。
「あいつ、どうしてあんな悩んでるのさ」
「ドラクルとやらが出たのが問題らしい」
「ドラクルって……え?」
藍島が目を丸くする。
「獣人の、天敵の?」
「ああ」
本郷が頷く。
異世界の情報は、獣人から聞かされているのがほとんどだ。この14年誰も異世界から帰ってきてないのだから当然のことだが。
ゆえに現世界側は異世界にはどんな街があるのか、どんな世界が広がっているのか。赤志勇以外誰も知らない。
だがそんな現世界側でもたびたび耳にする単語があった。
魔法、魔力、獣人、光煌駅。
そして、ドラクル。
獣人を喰らう悪魔の如き生物。
「赤志、頭を落ち着けるために軽く喋ったらどうだ?」
「……気分転換も必要かね。じゃあ藍島さんに質問。ドラクルのこと、どこまで知ってる?」
帰ってきた面々が好きな場所に座る。
ソファに座った藍島は唇に人差し指を当てる。
「ん~、獣人の天敵ってこと。あと、人間のような見た目で、大量の魔力が必要じゃないと死んじゃうってことくらい?」
「名前からどんなイメージを持った? 直感でいい」
「ドラキュラ。結構当たってるでしょ」
藍島が白い歯を見せた。赤志もニッと笑う。
「ドラクルは、血液中にある紅血魔力を主食にする種族だ。というより、栄養にできるのはそれだけしかない。だから異世界では獣人の天敵として扱われている」
「ドラクルって獣人じゃないんだよね?」
赤志は首を縦に振る。
「モンスターだな。魔人とか神だとか悪魔だとか、異世界でも色々と言われていたけど。とにかくイレギュラーな存在だよ。けど、確かなのは、獣人はドラクルの餌だってこと」
本郷と藍島の脳裏にジャギィフェザーが思い浮かぶ。あれが餌扱いだ。
「そんなのが現世界に来てるってこと?」
「それはありえないんだよ。絶対に。考えられない」
「どうして?」
「藍島さんも言ってたでしょ? 大量の魔力が必要なんだ。だから現世界だとドラクルは立つことすらできない」
藍島が相槌を打つ。
「魔力量の多い獣人を食わないとすぐに餓死する欠点もある。だから現世界に来る意味がない」
「環境としては劣悪すぎるわな」
飯島が納得するように言った。
「んで? そのドラクルってのは脅威なの? そんな悩むほどに」
「脅威だ」
「脅威だよ」
赤志とジニアが一緒に言った。
「……えっと、こう単純な質問だけど、強いの?」
「「強い」」
藍島の質問に、2人は迷うことなく即答した。
「この世界なんか、ドラクル1体で滅ぼせる。奴らの魔法はレベルが違う。指先ひとつで天変地異を起こすことだってできるんだよ」
本郷は天井を見上げる。想像がつかなかった。
「異世界なら奴らに対抗できる手段があるが、現世界にはない」
「打つ手無しってこと?」
「シルバーバレットの狩人全員かき集めて、獣人にも協力を求めれば、何とか1体と戦えるレベル……って感じかな」
「あんたはどうなのよ。英雄さん」
藍島が聞いた。赤志は息を長く吐いた。
「1対1なら対抗できる。だからドラクルが複数体いることを考慮して、狩人大量に寄越して一区間を閉鎖できるよう準備してくれって飯島さんに言ったんだけど」
「んなことできやしねぇよ」
飯島は呆れたように言った。
「ドラクル云々の正体が不明で、本当にいるかもハッキリしてないのに、10キロ圏内をいつでも封鎖して住民を逃がす、なんてできるか。草原の集落じゃねぇんだぞ。ただ柴田管理官や警視正は話を聞いてくれた。容疑者確保の際は特殊急襲部隊であるSATの出動も認めてくれたぞ」
「……なにもないよりマシか」
赤志は髪を掻き上げた。
「それより。疑問なのはプレシオンだ」
本郷が口を挟んだ。
「進藤はプレシオンが計画の一部だと言っていた。だがプレシオンは「人間の紅血魔力を死滅させる」ワクチンだ」
「だよな。人間を食おうにも、餌を減らす行為をして自分の首を絞めてるだけだ」
赤志が同意する。
「獣人を無暗に殺したりもしないだろう。獣人の死亡事故が発生したら、すぐ大規模な捜査が開始される。狩人だって出て来る。敵は自分の首を絞めるだけだ」
「うん。だからわからないんだよね。ドラクルとプレシオンが結びつかない」
赤志と本郷は首を傾げたところで飯島が口を開いた。
「共有しとくか。まず、先程科捜研の小御門を確保した。そこから薬物ばら撒いた金で遊んでる馬鹿共の名前を知ることができたよ」
だが。飯島は眉根を寄せる。
「どいつもこいつも、プレシオンに関する計画や「シシガミユウキ」の話に関しては情報を持ってなかった。小御門だけは「その計画の詳細は黄瀬悠馬が知っている」と供述した。黄瀬悠馬を確保すれば明らかになる可能性が高い」
「野郎は忙しいんだろ?」
「だから柴田管理官は、小御門を使って呼び出そうとしている」
「へ~なるほどね。黄瀬確保する時は、俺も連れてってくださいよ」
「当たり前だ。今更お前を除け者にするかよ」
「飯島さん。連れて行くのは俺だけじゃなく、ジニアもっす。黄瀬悠馬がドラクルだとしたら。もしくは、奴の近くにドラクルがいたら、必ず戦闘になる」
本郷は息を呑んだ。
「もし魔法で偽造していても、俺が一瞬で看破するから安心していい。ただ俺とジニアで────」
赤志はそこで、はたと気付いた。
「そういや篠田守ってた狩人がいたよな」
「柴田管理官は一応声をかけているらしい」
「ん~。あいつなら来てくれると思うな。ウザいけど、自分のやるべきことはわかってるはずだし」
赤志は天井を見上げた。そのまま視線を窓の方に向ける。
カーテンの隙間からは、大きな月がこちらを見つめていた。
「黄瀬悠馬確保に関しては詳細が決まり次第動いてもらう。各自即座に行動できるよう準備は整えておいてくれ」
飯島の指示に対しても、赤志は返事をせず月を見続けていた。




