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本郷-3

　医師が言うには、まだ取り調べが行えるような状態じゃないらしい。だからと言って止まるわけにはいかない。

　本郷のすることは決まっていた。取調室に入ると、椅子に座る進藤が顔を上げた。

「やぁ。こんにちは。誰かさん」

　顔の上半分に包帯を巻いている進藤は両手を挙げた。手錠の鎖が音を鳴らす。

　本郷は無言で近づくと進藤の椅子を蹴り飛ばした。

　バランスを保てず突っ伏した進藤の頭を踏みつける。

「っ……酷いな。目も見えてない相手に、今時こんな取り調べする？」

　襟を掴み引き起こすと机に顔面を叩きつける。

「時間を無駄にしたくない。質問に答えろ」

「本郷刑事か……」

　相手はクツクツと笑う。

「この、痛めつけている時間は……無駄じゃないのか？」

「無駄だな。だが、結局無駄になる可能性が高いんだよ。お前はクズのヤクザだ。だから楽しもうと思ってな」

　胸倉を掴むと拳を振り被り頬を打ち抜いた。

　進藤はもんどりうって倒れる。

「ごはっ……！」

「ゴミ以下の下っ端ヤクザだから大した情報なんて持ってないだろう？　詳しい話はジャギィフェザーから聞き続けるさ」

「聞き、続ける？」

　進藤の声が動揺で揺れる。

「トリプルMがプレシオンの失敗作だとか。黄瀬悠馬が「シシガミユウキ」と絡んでいるとか。色々喋ってくれたよ。今も、優しく、聞いてる」

　優しくという部分を強調していった。

　進藤が口を閉ざす。本当に兄弟分が謳ったのかと不安になっているのだろう。

「あの獣人、「シシガミユウキ」に対する忠誠心は薄いな。口が軽くて助かるよ。お前より賢い」

「待て、待ってくれ」

「待つか。チンピラに有益な情報を渡すほど、「シシガミ」もアホじゃないだろう」

　仰向けに倒れる相手の腹を踏みつける。口から胃液を吐く相手に跨り拳を振り上げる。

　その瞬間、勢いよくドアが開けられた。

「本郷！！　何やってんだあんた！」

　赤志は本郷の剛腕を掴み、進藤の上から引きはがす。

「毎回毎回！　暴力ばっかじゃねぇか！　取り調べもまともにできねぇとか警察官かよ本当に！」

　本郷の巨大な胸板を手で押すと、赤志は進藤に手を伸ばす。

「悪いな。ウチの単細胞ゴリラが。立てるか？」

　進藤は顔を向けるだけだった。

「……あ、見えねぇか。手伸ばせよ」

　進藤は何も言わずに手を伸ばす。フワフワと漂っていた両手が赤志の手を掴んだ。

　一気に腕を引いて立たせ、設置しなおした椅子に座らせる。

「ハンカチ使う？　鼻血出てるぞ」

　正面に座った赤志はハンカチを差し出す。

「……いや。いい」

　手の甲で鼻を拭う。

「……光栄だね。英雄に救われるとは」

「そういやあんた俺のファンなんだっけ？」

「ああ。異世界で活躍する青年の話は、聞いてるだけで心が踊ったよ」

「意外と子供っぽいな」

「こう見えても、ファンタジー系の創作物が好きでね」

　少しだけ緊迫した空気が和らいだ気がした。

「本郷。俺が話してみるよ。あんたは調書だっけ？　記録してくれ」

　本郷は鼻を鳴らし離れた机に向かった。

「さてと、まず。あんたはどうして「シシガミ」に協力してたんだ？」

「……金が欲しかったのと、魔法の力を存分に使いたかったからだ。そして、魔法は素晴らしいということを、未来ある若者たちに知ってもらおうと、薬をばら撒いた」

「あんたが元締めなのか？」

「私は支店長みたいなものだな」

　進藤がクックと笑う。

「じゃあ「シシガミユウキ」のことは？　なんか話す気ある？」

「君たちに負けた身だが、話す気はない」

「まだ「シシガミ」の味方すんの？」

　口許に笑みを浮かべた。

「ああ。組長よりも尊敬している人だからね」

「へ～。けどお前、裏切られたじゃん」

　即座に笑みが消える。

「両眼が潰れたのは「シシガミ」の魔法が原因だ。あの場で、「シシガミ」を見てしまったから。だろ？」

　沈黙が流れる。赤志は肯定と受け取った。

「そんな相手に命懸けるの？　義理人情で生きるような人間でもないだろ？」

「傷つくな。それなりに仁義という物を重んじているぞ」

「カッコいいこと言うなよ。我欲で生きているだけのくせに」

　赤志の声色が変わる。

「けどそっちの方がいいと思うよ。道を極めるなら欲望に忠実に生きたら？」

「欲望？　俺の欲望が、キミにわかるのか？」

「わかるよ。あんたは俺のファンだ。なら、俺と「シシガミ」、どっちが強いか知りたい。そうだろ？」

　間髪入れずにあるワードをねじ込む。

「ドラクル」

　進藤が息を呑んだのを見逃さなかった。

　赤志は足を組み、自身の毛先を摘まむ。

「どう？　合ってる？　俺の希望としてはハズレであってほしいんだけど」

　本音だった。ドラクルとこの世界で戦うことは避けたかった。

　だがそんな思いを砕くように歯抜けの笑みが向けられる。

「常套手段」

「あ？　なんだと？」

「強面の警察官が相手に恐怖心を与えたあと、優しい警察官と入れ替わる。飴と鞭の要領だ。それで口を柔らかくする。狙いはいいが」

　進藤は血の塊を吐いた。

「ジャギィは喋ってないな。誰か別の……例えばグリモワールの連中が喋ったのかな？」

「どうしてそう思う」

「ジャギィはドラクルの存在を知らないんだよ。人間側の一部しか知らされてない。獣人の天敵だからな、ドラクルは」

　進藤は背もたれに体重を預ける。

「キミの言っていることは正しい。そこまで知っているなら……先に聞こう。キミたちはここにいていいのか？」

「ドラクルがそう簡単に暴れるかよ」

「違う。プ(・)レ(・)シ(・)オ(・)ン(・)を(・)回(・)収(・)し(・)な(・)く(・)て(・)い(・)い(・)の(・)か(・)と聞いているんだ」

　本郷と赤志が目を開く。

「あ？　どういう意味だ？」

「……なんだ、その反応は。まさかそっちの情報は聞いてないのか？」

　進藤はニッと笑う。

「そうか。なるほど。少しだけ優位に立てるかな？」

　本郷が立ち上がり机を叩くと進藤は両手を挙げた。

「さっさと喋るんだ」

　飄々とした雰囲気を纏いながら口許に笑みを蓄えている。

「プレシオン自体はまともなワクチンだ。それは確かだ。だ(・)が(・)違(・)う(・)。「シシガミ」さんはあれで何かしようとしている。詳細は教えてくれなかったがね」

　思いを馳せるように進藤は鼻を鳴らした。

「まぁ今更回収しても間に合わないだろう。メディアも政治家の志摩も、なにも疑わず宣伝しているし」

　進藤は本郷の方に頭を向けた。

「いくら殴られても、これ以上何も出てこないよ」

「「シシガミユウキ」には会ってるんだよな？」

「ああ」

「外見を教えろ」

　進藤は肩を竦めた。

「タダで教えるのはちょっと悔しい。だからさ、こっちの我儘をひとつ聞いてもらいたい」

　進藤の手錠が音を立てる。

「ジャギィフェザーを殺さないでやってくれ。私の、兄弟だからね」

「……わかった。約束しよう」

　本郷が頷くと、進藤は口角を上げた。

「「シシガミユウキ」は女性だ。疑うならジャギィにも聞け。同じことを言うさ」