表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/117

本郷-2

 向井が瞼を開けた。呆けるような瞳を動かし、ハッとしたように目を見開いた。


「よう」


 焦点のあった目が向けられると本郷は低い声を返した。

 向井の表情に怯えが浮かび始める。


「誰、ですか……? ここは、どこですか?」


 青い顔をする向井に対し、本郷は手を動かした。「どうぞご覧ください」というように。


 向井は周囲を見回す。

 立派な家具が並ぶ広い部屋だった。黒革のモダンなソファ。壁にはめられた大型テレビ。ダイニングテーブルに置かれたバカラグラス。窓から見える景色は美麗な横浜の夜景だった。


「……ホテル?」


 向井は腕を動かそうとした。そこでようやく、自分が椅子に固定されていることに気付いた。

 両手は後ろ手にされ、胴体と共に鎖で拘束されていた。


「自分の状況が理解できたか」


 向井は小さい悲鳴を上げ、救いを求めるように正面を見据える。本郷はそれを無視してタブレット端末を操作する。


向井正輝(むかいまさき)。24歳。函館出身。高校を卒業後東京の大学で薬物並びに生物学を学んで神奈川県の科学捜査研究所に就職」

「こんなこと、こんな、ことをしたら、警察が黙ってないですよ!」

「俺がその警察だ」


 テーブルにタブレットを置く。大きな月明かりが差し込み室内と本郷の顔を照らした。


「本郷、警部補……?」

「知ってるのか。そこまで有名だったか、俺は」

「なっ、なんで」

「無駄話をする気はない。こちらの質問に答えろ。悪いが俺も精神的に限界でな」


 本郷はソファから立ち上がりシャツの袖を捲る。丸太のような腕に血管が浮かぶ。


「黙秘や嘘は通用しないと思え」

「ま、待ってください。俺は、僕は何も知らないただの研究員で」

「じゃあなんで逃げたんだよ」


 向井の後方から声がした。首を必死に動かしているとフードを被った大きな影が姿を見せた。


「ジニアチェインに襲われていた時とは印象違うな。髪の毛黒色にしてるから?」

「何でそれを知って……」


 フードを取ると、狼の顔が晒された。


「これでわかるかい?」


 魔法で獣人の顔に変化した赤志を見て、向井は唇を震わせた。

 魔力酔い(ドランク)を避けるため、すぐフードを被り魔法を解除する。


「大人しく質問に答えてよ。命までは取りたくない」

「こ、答えられない。言ったら殺される」

「言わなくても殺されるよ。黙っていれば仲間が助けに来るとでも?」


 向井は自信なさげに視線を下に向けた。

 本郷が胸倉を掴む。


「最初の質問だ。逃げた理由を教えろ」

「こ、こんなことしていいと思っているんですか! 拉致監禁ですよ!!」


 本郷が拳を振り上げると、向井は叫んだ。


「ま、待って!! あ、あ、あの獣人を捕まえないと、小御門先生に迷惑がかかると思ったんだ!!」

「捕まえるだと?」

「猫を傷つけたのはどうしてだ」


 疑問符を浮かべる本郷のかわりに、赤志が聞く。


「ジ、ジニアチェインが、動物好きだと聞いていたから、挑発するために」

「で。返り討ちにされたと。勝てる算段があったのかよ……ちょっと待て。どうしてジニアを捕まえようとした?」

「それは……あ、あの」


 沈黙が広がると、本郷の鉄拳が向井の鼻に叩き込まれた。


「ぶあっ!!」

「黙っててもいいぞ。どうせ殺すんだからな」

「ま、待っで! 死にだくない! 死にたくないんでず!」

「だったらさっさと答えろ!!」


 本郷の怒号が木霊する。向井は全てを諦めたように顔を下に向けた。


「小御門先生の、命令だったんです……「シシガミ」さんが困るから、確保してこいって」


 赤志と本郷は顔を見合わせた。


「「シシガミユウキ」か。なぜ奴が困る。確保とはどういうことだ」

「それは、ジニアチェインは、必要な素材だからと」

「必要な素材? 何かに使おうとしてるのか?」


 向井が一度驚き、喉を鳴らした。


「どうなんだ?」

「……そ……そうです」

「何に使おうとしている」

「わ、わからないです! そこまで聞かされてません!!」


 嘘を言ってるようには思えない。本郷は別の質問を投げる。


「「シシガミ」はプレシオンの開発者なのか?」

「わ、か、わかりません」

「「シシガミ」と会ったことは?」

「直接お会いしたことはないです……。ただ、「プレシオンの失敗作であるワクチン」を提供して欲しいとかで……運び人はライオンの獣人とか、僕と年が近い大学生っぽい人とかでした」


 獣人はジャギィフェザー。大学生は、浅田栄治だろう。


「失敗作のワクチン?」

「……今、若い子たちに広まっているクスリ、の原料、になってます」


 トリプルMだ。赤志は腕を組む。


「ってことは、トリプルMはプレシオンの失敗作ってこと?」

「推測だがレイラ・ホワイトシールに頼らず、プレシオンと同じ効果のワクチンを開発していたんじゃないか?」


 本郷の言葉に、向井は反射的に頷いた。


「なるほど。一定値まで魔力を増幅させ、一定値まで留めておくということはできたが……減少させることができなかったと」


 再び頷きが返される。

 魔力をパンクさせて返還させることがどうしても不可能だったのだ。

 単純に考えればトリプルMとプレシオンの効果は確かに似ていた。尾上から貰ったデータにトリプルMについて書いてあったのは、そういうことか。


「「シシガミ」はトリプルMで金儲けしたいのかな?」

「いや、違う、と思います。トリプルMを売って手に入れた金は、全額関係者に渡してました」

「関係者だぁ?」


 赤志が呆れた笑い声を出す。


「警察連中とか?」

「ワクチン開発に携わってた人、とか……」

「小御門もか」


 本郷の問いに頷く。


「まさか……警察関係者の中に裏切者が複数いるとしたら……」

「朝日さんの、妹の死を偽造できる?」

「いや、そこまでは飛躍しすぎだ……」


 どれだけの裏切者がいるのか不明な時点で、この考察は後回しだ。

 それよりも一番重要なのは。


「黄瀬悠馬も絡んでいるのか」


 向井が目を見開き、奥歯を揺らした。それが答えだった。

 その瞬間赤志が本郷と入れ替わるように前に出る。


「ちょっと待てっ! 尾上さんは? ノット・シークレット所長の、尾上正孝は絡んでんのか!?」

「そ、それはないです。尾上所長は真面目な人で、「帰ってくる家族のために働いている」と言ってました。小御門先生とか他の人は、尾上さんを「カタブツ」だと言ってて。巻き込んだら裏商売がリークされるんじゃないかと、彼を除け者に……」


 赤志は安堵の溜息を吐いた。尾上は不法な薬物取引も行っていないらしい。


「よかったな赤志」

「ああ。マジで心臓止まるかと思った」


 本郷はスマートフォンを取り出し、隣の部屋で待機している楠美に連絡を入れる。


「聞いたな。小御門と黄瀬悠馬を引っ張るぞ」


 黄瀬の方は遠くに行っているためすぐには無理だが、小御門は即座に確保できるだろう。

 再び向井に視線を向ける。ガックリと肩を落としていた。


「続きだ。ジニアチェインの母親は「シシガミ」と関係しているのか」

「……そうっすよ。彼女もプレシオンの開発に協力してくれたんす」


 やけくそになったのか、口調がぶっきらぼうになっていた。


「彼女はどうしてる」

「知らない。開発途中で死んだんじゃないっすか? レイラさんの力がないと無理だと判断したから」


 クソっ、と赤志は舌打ちするように呟いた。


「……本郷朝日に関しては何か知っているのか」


 向井は口角を上げた。


「完成したプレシオンは監禁した本郷朝日さんに投与してたよ。黄瀬悠馬社長の指示で。ついでに失敗作もね。併用したらどうなるのかの実験も兼ねてた」


 黄瀬が黒幕であることが露呈した。そして朝日の死因も。


「死んだ、のか?」

「……死体は見たでしょ。ならそれが答えだって」


 向井が鼻で笑った瞬間、本郷が前蹴りを放った。


「本郷!!」


 本郷は椅子ごと横向きに倒れた向井の腹を蹴り上げた。

 赤志は後ろから羽交い締めにし、暴力を止める。


「本郷! 待て!!! 待てって! コイツ殺すのは全部終わってからにしようぜ!!」


 じりじりと後ろに下げ距離を置く。荒い呼吸音が響く中、向井は笑っていた。

 その時、玄関の扉が開いた。大きな足音と共に入ってきたのはジニアだった。

 その顔は怒りに染まっていた。


「ジ、ジニア。おい。ちょっと待って」


 ジニアは真っ直ぐ向井に近づくと爪を縦に振り下ろした。


「ぎゃああああああ!!」


 向井の顔が引き裂かれ鮮血が巻かれる。


「殺してやる!!」

「ああもう!! どいつもこいつも!!」


 本郷を突き飛ばし今度はジニアの襟首を掴んだ。


「離してっ!! 離せっ!!!」

「重要な人間を八つ裂きにすんじゃねぇよ!!」


 向井の悲鳴が笑声に変わる。


「あはははは。終わりだよ。俺もお前らも! みんな、みんな死ぬんだ!」


 眼球までザックリと引き裂かれているが彼は笑い続けた。

 その様子に本郷もジニアも、暴れる気が失せたらしい。赤志だけが向井に近づく。


「そうか。殺される、ってのは小御門や黄瀬にじゃないな。いるんだな、黒幕が」


 声色が違う赤志に気付き、笑い声が止んだ。


「車に防御魔法をかけるような器用な真似をした奴がいる」


 赤志は膝を曲げ口を開く。




「いるんだな。()()()()が」




 瞬間、向井は恐怖心が戻ったのか痛みが戻ったのか、この世の終わりを嘆くように絶叫した。




ΠΠΠΠΠ─────────ΠΠΠΠΠ




 12月16日。夕陽も落ちた時刻。

 飯島は建物を見上げる。


「考えたな。襲撃されてぶっ壊れたタワーマンションの部屋を使うなんて」

「立ち入り禁止区域だかね。獣人も警察も誰も近づかないよ」


 赤志は得意げに鼻を鳴らした。


「赤志」


 本郷が呼んだ。足下には両膝を抱えて蹲っている向井がいた。顔には雑な手当てが施されている。拘束もされてないが逃げる気力はなくなっているらしい。


「ドラクルがいるのは確かなのか?」


 異世界に疎い本郷でも、その単語は知っていた。


「本当かどうか確かめたい。だから飯島さん、狩人に連絡しといて。あとは、向井の発言が本当かどうか裏を取る」


 その時、スマホを耳に当てていた楠美が赤志に手を振った。


「進藤とジャギィフェザーが目を覚ましたわ」

「タイミングばっちりじゃん。連中から話を聞こうか」


 飯島が本郷の肩を叩く。


「よし。腕の見せ所だぜ、本郷」

「ええ。もうすぐ、「シシガミユウキ」の正体が判明する気がします」


 全員の感情が高ぶる中、遠くから救急車のサイレンが聞こえて来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ