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楠美-3

 12月16日の正午。歩行者と車の数が多い時間帯になっていた。


「逃走中の車は青のスカイライン! 現在、山下高砂線を走行中! 付近の警察車両は道路を封鎖するよう動いてください!」


 近くの高速道路の出入口を止めるよう指示を出した後、楠美はハンドルを叩いた。


 あの段階で声をかけたのは失敗だったかもしれない。赤志が余計な口を挟まなければ、スムーズに確保することだってできたかもしれない。


 そこまで考え、楠美は頭を振る。そのおかげで向井が「自分は怪しい人間だ」と自白するような行動を取ってくれたのだ。良しとしなければならない。

 横目で赤志を見る。眉を寄せ何か考え事しているようだった。

 

「ちょっと、集中して! あの研究員を捕まえます!」

「ん? ああ」


 生返事が返され舌打ちする。

 楠美はアクセルペダルをベタ踏みする。だが、差は縮まるどころか広まるばかりだ。馬力が違い過ぎるせいだ。

 時速はすでに70キロに到達している。


「赤志さん! ハンドル持ってください!」

「え、いや俺、運転とかできねぇぞ!?」

「ハンドル持ってるだけでいいので!」


 言いながらハンドルから手を離し、懐からオートマチック拳銃を取り出す。通常の警察官はリボルバーだが楠美はこの銃の携帯を認められていた。

 窓を開け赤志の方に体を向け窓枠に腰かける。窓から大きく身を乗り出すと9ミリ拳銃をウィーバー・グリップで構える。


「後輪……」


 静かに呟く。冬の冷たい風が頬を刺すが、眉をピクリとも動かさず引き金を引く。

 銃声が響くと、左後輪に銃弾が接触する。


 瞬間、バキン、という不自然な音が鳴り響いた。


 一瞬、防弾仕様という言葉が楠美の脳裏を駆ける。

 ありえない。若い研究員が自身の車にそんな装備を施すわけがない。だが結果としてタイヤはパンクしていない。

 しかし撃たれたことに驚いたためか、スカイラインの速度が落ちていた。


「ダメだ楠美! あの車は銃弾じゃ貫けない!」

「どういうことですかっ」


 楠美はいったん運転席に戻った。赤志がハンドルから手を離す。

 アクセルから足を離していたため速度が落ちていた。


「あの車、魔法でコーティングされてる。防御魔法が付与されてんだよ」

「エンチャントって奴ですね」


 楠美はアクセルを踏みながら言った。


「いや、そんな専門用語みたいなもんはないけど」

「え……ないんですか……って違う。そんなことはどうでもいいです。貫くにはどうすれば?」

「俺なら砕ける。けどちょっと硬すぎるから」

「魔法を使う必要があると」

「強めにな」


 楠美は頭を振った。


「それだと魔力酔い(ドランク)被害者が出るだけです」

「つっても、このままじゃ止められないぞ」


 その時、横浜スタジアム前交差点に警察車両が停車しているのが見えた。

 赤い外灯を照らすクラウンが数台重なるように停車し行く手を阻んでいる。これで停車するはずだと楠美は確信した。

 しかしスカイラインの速度が再び上がった。


「ぶつける気か」


 接触の衝撃で運転手(向井)が被害に遭わなければいいがと心配していると、スカイラインのフロントバンパーが接触する。


 轟音が鳴り響き、クラウンが宙を舞った。


 楠美は口を開ける。続けざまに警察車両が紙吹雪のように吹き飛ばされ横転する。2人の耳に鈍い衝突音が届いた。


「嘘っ!?」


 横浜公園出入口ICをスルーし車は直進し続ける。高速道路に入ったのであれば赤志の魔法に頼ってもよかったが、人通りの多い街中では許可できない。


 スカイラインは赤信号を無視して交差点に突入した。新横浜通りに進入してくる多くの車がブレーキを踏む。衝突を避けようとした車がスピンし、ブレーキ音が重なる。それが開始の合図だったかのように、交差点内で多重の衝突事故が起きた。


 怒声のようなクラクションの合間をスカイラインとRAIZEが縫うように突き抜ける。


「おいおいおい。被害が大きくなるだけじゃねぇか!?」

「大丈夫です。車より相手のメンタルの方がもたないみたいですよ」


 スカイラインの速度は目に見えて落ちていた。向井自身も思考がしっかりしてないのか、ただ道をまっすぐ進んでいるだけだった。


「これならいずれ停まるはずです!」


 楠美はアクセルを踏み込み隣に立つように車体を入れる。

 その時だった。いきなりスカイラインが幅寄せした。派手に火花が散り衝撃で楠美は悲鳴を上げた。

 それが相手の自信を取り戻したのか。再び距離が開く。


「あ~、あの野郎吹っ切れたか? 楠美さんよ、やっぱり俺が一発かまし……て……」


 赤志は言葉を止めた。ハンドルを力強く握りしめた楠美が、顔を真っ赤にし、プルプルと肩を震わせていたからだ。


「……わかった。よぉくわかった。そこまでやるならこっちも本気で行きます」

「く、楠美?」

「赤志!!」

「あ、はい」

「もっかい運転かわって! 今度は運転席に座って、右ペダルベタ踏みで!!」

「う、うっす」


 楠美は再び窓枠に腰を下ろす。赤志も、体を運転席側に滑り込ませた。

 楠美はルーフに乗せていた黒い袋を開け、中からある物を取り出す。赤志はチラとサイドミラーに映った()()を見て目を丸くする。


「おま、お前────お前それ」


 長い銃身に巨大なスコープが装着された迷彩柄のスナイパーライフルだった。


「なに持ってんだよお前!!」

「AWM……L115A1。 ボルトアクション式のライフルでL96A1の寒冷地対応改修モデル────」

「細かい説明なんかいらねぇよ馬鹿! それぶっ放すつもりか!?」

「真っ直ぐ運転してください!」

「魔法使うのがダメでライフル弾使うのはいいのかよ!?」


 楠美は答えずライフルを構えた。

 マガジンを確認し相談数を確認すると戻し、ボルトハンドルを起こし後ろに引く。


「絶対に揺らさないでくださいね」

「無茶言うな! こちとら無免許っ!」


 スコープを覗き込み狙いを定める。一呼吸後、尾を引くような長い銃声が鳴り響いた。

 スカイラインのバッグドアガラスに接触するが金属音が鳴るだけだった。ボルトハンドルを起こし後ろに引き空薬莢を排出する。


「待て楠美! 銃弾かせ!」


 赤志が片手を伸ばす。車が大きく揺れた。楠美の体が激しくルーフの角にぶつかる。


「ハ、ハンドルは両手で……」

「うるせぇ! 早くしろ!」


 マガジンを渡すと赤志の手の平が銀色に光った。光はマガジンを一瞬包み込むと霧散した。


「おまじないをかけてやった。これで貫けるはずだ」

「魔法使うなって────」

「言ってる場合かよ!! いいか? 爆発的に威力があがってるわけじゃないから一点に集中して連続でぶち込め!」

「簡単に言ってくれますね……!」


 マガジンを入れボルトを戻し装填する。スカイラインが車を弾いているため問題なく追跡できてはいる。


「逃がすか」


 再び銃声が鳴る。左後輪に銃弾が当たり弾かれる。

 再び引き金を絞る。左後輪に当たった。間髪入れずボルトを操作し次弾を装填すると弾丸を放つ。再びタイヤに当たった時だった。


 ガラスが砕けるような音ともに左後輪が弾けた。

 スカイラインが揺らぎ、急ブレーキを踏んだのか速度が落ち、車体が横を向いた。


「行って!! 赤志!! 突っ込んで!! ペダル思いっきり踏んで!!」

「よっしゃ行ったらぁああ!!」


 赤志はアクセルを踏みしめた。スカイラインの側面にRAIZEを激突させる。

 1800キロ以上の巨体が大きく持ち上がり亀のように裏返る。


 次いで衝撃音が響く。スカイラインは完全に横転した。シャーシを上に向け、千歳公園前の交差点中央で動かなくなった。


「やったぜおい!!」

「ばかっ!! ブレーキブレーキ!!」

「お、おお!!?」


 慌ててブレーキを踏む。甲高い音と共にブレーキ痕を残しながらRAIZEがその速度を落とす。

 が、フロントバンパーが信号柱に衝突した。


 しがみついていた楠美は悲鳴を上げ、泣きたい思いをグッと堪えた。


「わ、悪い、楠美」


 楠美は謝罪を無視し車を降りると、スナイパーライフルを投げ捨て拳銃を取り出す。


 白煙を上げる車の運転席近づき、向井を引きずり出した。怯えた顔を涙と汗で濡らしていた。フロントガラスの破片が刺さったのか、頬が切れ、血を流していた。


 平手打ちをかました後、銃口を頭に当てる。


「ちょっと一緒にお茶でもしましょうか……!」


 世界一恐ろしい逆ナンパに向井は呻くと、何を言うでもなく気絶してしまった。

 この男から色々と聞き出す必要がある。楠美は怒気を混ぜた瞳で相手を睨み続けた。

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