赤志-4
12月15日、時刻は20時を回っていた。
指定された店は平沼橋付近にあるスナックだった。店のドアには「予約客だけ入店可」と書かれた看板が下げられていた。
中に入るとカウンターにいる、黒い花柄のワンピースを着た人物が振り返った。狸人だ。
「いらっしゃい。待ち合わせよね、アカシーサムさん」
ニコリと口許を緩める相手をジッと見つめる。赤志の両眼は狸人の魔力量を捉えていた。
量が多く、いつでも"ブリューナク"を発動できるほど活性化していた。
「獣人がやってる店、ね」
呟いてカウンター席に座る。
「お前は俺を便利屋か何かと勘違いしてないか?」
隣にいる尾上が呆れた口調だけを赤志に向けた。壁に立てかけてあるテレビモニターは野球中継を映していた。解説の声が嫌に大きく聞こえた。
「尾上さん。獣人の店なんて来るんだ」
「この店には一度しか来たことがないよ。彼女の開店祝いにね」
赤志は獣人に目を向ける。
「ウロングナンバーよ。よろしく」
「赤志、勇だ。それで? なんでここを待ち合わせ場所にしたんだよ」
「ここなら誰にも見られる心配もない。店の誰かが外部に漏らす心配もない」
尾上はスーツの内ポケットからUSBを出し、テーブルに置いた。
「中身のデータを確認するときはネットに繋がってないパソコンを使え」
要求したのは「プレシオン」の詳細なデータだった。開発計画から公にされてない開発工程など、全てを含めた情報。
「副作用に関して疑っているのか?」
「だとしたら?」
「無駄な労力を使うことになるぞ。一瞬魔力が増幅するという特徴以外は本当にないんだからな」
「そう? 俺は結構この薬を疑ってるんだけど」
ウロングナンバーが何か飲むかと聞いてきたが、赤志は断った。
「おかしいだろ。今まで歌と回復魔法だけで異世界と現世界を繋いできた「レイラ・ホワイトシール」が、なんでこのワクチン開発に協力してんだ?」
「全世界のワクチン開発に彼女は協力している。海外よりも早くプレシオンが完成した。それだけだよ」
「でも海外には出回ってないんだろ? これ」
「国内優先にしているからね」
「またまたー。国の人間使って実験してるだけじゃねぇの?」
「……そうかもしれないな」
尾上は自嘲気味に笑った。
「海外のワクチンより、プレシオンの方が効果は上だ。この調子なら海外に売りつけて一儲け、ひいては国を助ける魔法の薬ができあがる」
「人じゃなくて、国を救うってことか」
「嫌になるよ。金がなによりも優先されてる。つくづく、嫌になる」
「辞めればよかったじゃん」
「一度は辞めようとした。けど続けるしかなかった」
「なんで?」
尾上はフッと笑った。
「遠いところから帰ってくる奴のために、立派な寝床くらいは用意してやろうと思ってな」
赤志は尾上に視線を向けた。相手は微笑みを浮かべている。優しさに満ち溢れていた。
赤志は気恥ずかしさから頭を掻いた。
「あ~……ウロングナンバー、だっけ? あんたも協力してんの? ワクチン開発に」
「ええ。獣人にも効果があるのか、とか調べながら」
「そうかい」
赤志は席を立った。
「悪かった、尾上さん。色々と言っちゃってさ。あんたを責めるつもりはなかった」
「気にするな。お前のそういう言葉に救われているところもあるんだ」
赤志は財布を取り出した。
「いくら? 情報料。前回の分含めてもいいし、ついでにここも奢るぜ?」
「いらないさ」
尾上はグラスを見せた。
「こいつ1杯くらい、払える金は持っている」
ΠΠΠΠΠ─────────ΠΠΠΠΠ
赤志と楠美は本郷の家に戻った。以前まで住んでいたタワーマンションは襲撃の影響で人が住めるような場所ではなくなっている。今ではここが赤志たちの拠点である。
家の前には本郷のBMWが停まっていた。先に帰っているらしい。
「きゃぁあああ!」
玄関を開けると悲鳴が聞こえた。顔を見合わせた2人は顔を険しくする。
「俺が先に行く」
「はい!」
先行した赤志は足音を鳴らしながらリビングに入った。
「どうしたっ!? 大丈────」
「カワイいぃぃ! ジニアちゃん可愛い!! めっちゃ可愛い! 洒落にならんわ!」
そこにはカメラを構える藍島と、
「……これでいいの?」
メイド服を着たジニアがいた。
「ああ! いい! 超いい! 片膝曲げて、後ろに! そうそう! そんでハートマーク作ってみ!」
「……えっと、こう?」
「やっべぇ。高値で売れるわこれ。二次元から出てきてんじゃん。ゲームキャラが。ちょっともう……異世界マジでサンキュー。じゃあ次は一回転してみよう。スカートがこう、フワリと浮く感じで。それオカズにするだけで白飯3杯食える────」
「やめんか」
口をあんぐりと開けている楠美に代わって突っ込む。
ジニアがパッと顔を明るくし2人に頭を下げる。
「おかえり……じゃなかった。おかえりなさいませ、ご主人様、と、お嬢様」
「……」
たどたどしくも笑顔を向けて出迎えたジニアに赤志は無言で頷く。
「非の打ち所がない可愛さだ」
【思わず拍手したくなっちゃうほどのきゃわいさだ】
親指も立てちゃう。ジニアは満足そうに小首を傾げ尻尾を立てた。
シャッター音が響く。
「え?」
横に目を向けると楠美が携帯をしまっていた。
「お前何してんの?」
「何が?」
「いや……いや今キミ撮ったよね?」
「は? 何が?」
「スマホ見せてみ?」
「任意の事情聴取には応じられませんしスマホ確認はプライバシーの侵害になるので拒否します。家具を撮っていただけです」
「他人の家の中勝手に撮ってるだけでもダメだろ!」
あれ、つうかコイツ獣人嫌いじゃ。
赤志は頭を振る。こんな小ボケに応じている場合じゃない。
「つうかなんで藍島さんいんの?」
キョトンとした視線が向けられる。
「そりゃ仕事のために。ジニアちゃんにはモデルになってもらってました」
「はい。モデルです」
ジニアが手を挙げた。
「だってせっかく獣人いんだよ!? そらキャラデザのモデルにするでしょ。超可愛い美少女じゃん! 意外とスタイルもいいし」
「オッサンかよ」
「ゲーム関係の仕事している連中なんて男女問わずオッサンみたいになるんだよ」
「謝れ! 真面目なゲームクリエイターに!」
「それになんか、寂しかったし」
「それが本音だろ」
藍島は赤志に舌を出すと「次はこの服着ようか!」とコスプレ用の学生服を見せている。ジニアもジニアで乗り気だった。迷惑しているなら助けようと思ったが必要ないらしい。
確かにヤクザやら獣人やらに襲われたりしているのだ。賑やかな方がいいだろうと赤志は思い、口を挟むのを止めた。
「可愛いわね。ジニアちゃん」
「写真は1枚500円な」
「私だったら2000円獲るわ」
「お前本当は獣人好きなんだろ」
「……」
その時だった。リビングに足音が飛び込んできた。
目を向けると飯島と、
「おい、しっかりしろって、本郷」
随分と暗い雰囲気の本郷がそこにはいた。




