赤志-7
異世界が持って来たのは光の駅と獣人だけではない。
"ギフト"と呼ばれる魔力である。
魔力は新たな物質として大気中に混ざり込んだ。結果、地球上の生物は呼吸をするだけで魔力を体内に取り込むことができた。
そして取り込まれた魔力は血液中に混ざり、その後はずっと体内に存在し続けてしまうことが解明された。
最初は誰もが不安になったが、ある研究結果が発表されると手のひらを返して喜んだ。
それが魔法である。
魔法の発動条件は、2つの魔力を操作すること。
大気中の魔力こと白空魔力。
血液中の魔力こと紅血魔力。
これらを操作できれば、術式や詠唱などせずとも、誰でも発動することができる。
つまり異世界と融合した結果、人間は皆、魔法を使う権利も才能もあることが判明したのだ。
御伽噺の力が誰でも使えるようになる。
誰もが魔力に、魔法に浸透した。
だがその熱は最初の1年で冷めてしまった。
魔力暴走事件が発生したからだ。
「"発症"報告は2件。1件目は男子中学生。遊び半分で炎魔法を使用した結果、血液中魔力────紅血魔力が暴走。全身発火を起こし死亡した」
「もう1件は?」
「学生寮に住む女子大生。朝方寮が停電し、その学生が寝ている部屋から放電現象が発見された。その影響で寮は丸一日停電」
「学生はどうなった?」
「魔力枯渇で死亡した」
尾上は目を伏せた。
「顔の上半分が黒焦げで、両眼球が破裂していたのを見るに、発生源は目だ」
人間に限った話であり個人差もあるのだが、人間は体内に魔力を取り込む量には限界がある。
だが呼吸をすれば魔力を取り込んでしまうため、紅血魔力は常に増え続ける。
許容量を超えると己の意思を問わず、強制的に魔法が発動してしまう。当然制御できず、術者を襲い、周囲を巻き込んで暴れまわる。
それが暴走事故と呼ばれる所以だ。
現世界はすぐに、魔力は綺麗な毒の華であるとし、根絶させるために動き出した。常に毒を吸い続けているという切迫した状況に対処するため、各国は魔法の研究を行いながら白空魔力を排除しようとした。
だが、無尽蔵に増え続けるこの魔力を消すことは不可能だった。
次に行ったのが、魔力をウイルスとして扱う「魔力抑制ワクチン開発」だ。
簡単な物だと紅血魔力を増えないようにする。これだけでも非常に効果的であり、ワクチンを接種していれば事故を未然に防ぐことができる。
しかし魔力暴走事故は絶えず発生している。効果的なワクチンはあるのに減らない。
なぜか。
「はやく国民全員にワクチンを打って欲しいよ」
「無理だろ。誰も打ちたがらねぇって。漫画やゲームが好きな人は特に。だって魔法が使えるんだぜ? しかもそれの才能があるかもしれない。新しい生き方ができるかもしれない。うだつの上がらない人生を歩んできた奴らにとっては光明でしかない。人生が変わるきっかけになる力を、誰が手放すかよ」
それに、と言葉を紡ぐ。
「魔力暴走事故はブレ幅が大きい。発症率や発症する魔力量、発生した際の被害度に関しては個人差がありすぎる。魔力暴走しても髪の毛が燃えただけ、とか、床が凍ったとかそういう報告の方が多い」
そして暴走した後は体内の魔力量が減るため命に別状はない。と言っても、暴走しているのは変わりないためワクチンを打つ。
だから打たないのだ。自分だけは大丈夫。発生しても死にはしない。楽観的に考えている。
「……被害が大きくなってからでは遅いんだ。プレシオンの効果は確かなんだ。副作用だって微熱が出るくらいなのに」
尾上は都内の魔法専門研究所の所長であり、現在日本で出回っているワクチン「プレシオン」の開発に携わった人物でもある。
そして赤志の監視役であり、唯一の家族だ。
赤志を異世界に送り見送ったのも彼であり、帰還したとき最初に出迎えたのも彼だ。
「まぁ手伝いたい気持ちはあるけどさ。ていうか手伝ったじゃん、俺」
赤志は両手を広げた。
「血とか抜かれたり、体にメス入れたり、皮膚も採取されたけど、結局人間と相違ないって結果だったろ。ただ全人類の中で魔力量が最も多いだろうってだけで、獣人の血が入っているわけでもない」
「そうだ。だが一番欲しいのは、お前の豊富な魔法に関する知識と技術だ。そして異世界の情報も」
赤志は溜息を吐いた。
だいたいだ、と言って、尾上が目を細める。
「お前は帰還して、ひと月で「体力の限界」とか言って東京の研究所から脱走。アメリカの狩人専用会社に入社するも、ひと月で「方向性の違い」とかバンドマンみたいな言い訳をして退社」
「逆じゃなかったっけ?」
「どっちでもいい。それで日本に戻ってからは仕事をせず国からの保護費を使ってタワーマンションで生活を送っていると」
「いやぁ、その通り。耳が痛いね」
得意げに鼻を鳴らす。
「端的に言えばニートだ。それで今日は見た目14、5歳の、しかも女の子の獣人を連れこんで、やれ素性調べろだの住ませろだの。王様かお前は」
「そんなつもりはないっすけどねぇ」
「恥ずかしくないのか?」
「言葉強いわぁ。傷つくわぁ。まぁ事実だから受け入れるしかないけど」
「それと前から言ってるが、その赤い髪もさっさと黒染めしろ」
「前から言ってるけど、染めても無駄なんだって」
ヘラヘラと笑いながら言った。
「ていうか俺だって別に遊んでいるわけじゃない。今日だってちゃんと動いてんだよ」
「知ってるとも。有益な情報は聞けたのかい? 違法薬物売人の」
頭を振る。赤志が「シシガミユウキ」を追っていることは尾上も監視員も知っている。
誰も止めはしない。相手が獣人である可能性と、売っている薬物を考慮した結果だ。
もっとも、尾上に関しては四六時中赤志の行動をカメラで監視しているわけではない。たまに家に顔を出して報告を聞くくらいだ。
ワクチンや魔法の研究で忙しい研究所の所長がニートのために割ける時間はわずかしかない。
「魔力を増強させる薬物なんかばら撒きやがって。しかも若い子たちが主な買手ときた。その2件の魔力暴走事故もコイツのせいかもしれない」
パン、と拳を手の平に当てる。
「正体が人間だろうが獣人だろうが、魔法と"ブリューナク"を使う恐れがある」
「だから勇が動くしかないと」
「俺以外に誰か対抗できんのか? 狩人なんて雇うだけ金の無駄だぞ」
「獣人と戦えるのか?」
赤志は「異世界からの帰還者」という二つ名のほかに、もうひとつ名を持っている。
「むしろ獣人だったら余計に倒さないとな。何の罪もない人間や獣人たちを苦しめているのは、英雄として許せねぇし」
「異世界の英雄」とも呼ばれていた彼は、これまでと打って変わって、覚悟が決まっている神妙な面持ちになっていた。
その時、リビングに小さな影が入ってきた。
ジニアだった。頭はずぶぬれで体の前でバスタオルを握りしめている。尾上はすぐに視線を逸らした。
「お前服着ろよ! 着替え置いといただろ!」
ジニアは無言だった。無言で鋭い視線を赤志に向けている。
「なんだよ。どうした?」
ただならぬ気配に疑問符を浮かべると、眉を吊り上げた。
「「シシガミユウキ」って、言葉が聞こえた」
「……知ってんのか?」
頷きが返される。
「私も探してる。「シシガミユウキ」は、私のお母さんを殺したんだ」
バスタオルを握りしめる拳に力が込められる。
彼女の黒い感情が溢れるかのように、金の髪から透明な水滴が落ちた。
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