赤志-3
RAIZEの助手席にいる赤志は楠美の横顔を凝視する。
「どうかされましたか？」
「いや、美人さんだと思って」
楠美が不快そうに眉をひそめる。
「迂闊に人の見た目を褒めない方がいいですよ。今の時代、すぐセクハラになりますから」
「セクハラ？ なんでよ。美人に美人って言って何が悪いんだ？」
「それを不愉快に思う本人や第三者がいるんです」
「本人はまだいいとしても第三者は関係なくね？」
「容姿で優劣を生むなって騒ぐんです」
赤志は小馬鹿にするように笑った。
「くだらね～。容姿がいい、悪いなんて、本人の努力次第で変えられるじゃん。騒いでいる連中は中身がブサイクだな。人も獣もまず見た目。そっから中身を知って足りない部分を補強するのさ。異世界にいた美人さんからのありがたいお言葉だ」
「獣人は容姿がいい人が多い印象ですね」
「いやぁ。ひっでぇ面の奴もいるよ。そういうのは大抵卑屈で暗い」
【容赦ねぇなぁ】
楠美が左にハンドルを切ったところで、目的地に到着したことを告げる音声がカーナビから鳴った。
12月15日、木曜日の昼を回っていた。赤志は11インチのモニターから前方に視線を移す。他の建物よりも一際大きいビルが、こちらを見下ろしてくる。
「でけぇな。六面共産。儲かってんだろうな」
「隣にあるの旧本社ビルよ。そこでも事業を行っているらしいわ」
六面共産は東京都中央区に存在する大手製薬会社だ。国内で最も果敢にワクチン開発を行っている企業でもある。
国内ワクチン開発プロジェクトは3回行われており、この会社はプロジェクト初期から参加している。
最初に開発した薬は競合他社が開発した。名前は「ルートエンド」。白空魔力と電気成分を利用して魔力を撲滅するワクチンだったが、効果は薄かった。
次のワクチンは六面共産が開発した。名前は「シールート」。
発汗作用を利用し紅血魔力を強制的に体外に放出するというものだった。
多少の効果はあったものの、しばらく時間が経つと、熱、頭痛、悪心、メニエール病にも似た眩暈。脱毛や歯が抜けるといった重篤な副作用が発生したため即座に使用が禁止された。
「六面共産の信頼度は、低いです。今回の「プレシオン」接種率が悪いのも過去の行いが原因です」
「まぁ針ぶっ刺された挙句ハゲにされちゃ、たまったもんじゃねぇわな」
駐車場に車を停める。
「ですから、今回の事件みたいにまだ解明されてない副作用があるのか聞く必要があります」
「開発者に聞くつもりか？」
「はい。社長でもある黄瀬悠馬氏に話を聞ければ一番です」
車を降りてビルの正面口へ。広々としたエントランスはまるで高級ホテルのようだった。
行き交う人々を掻き分け受付カウンターへ向かう。フードを被る赤志に警備員たちの視線が刺さる。
【見てんじゃねぇっつうの】
「失礼します。先日お電話した楠美と申します」
楠美は手慣れた口調で受付の女性と会話し、警察手帳を見せた。
「楠美様ですね。少々お待ちください」
受付は綺麗な笑みで応対する。受話器を手に取り、2、3言葉を交わした受付は受話器を置いた。
「大変申し訳ございません。黄瀬はこの後、大阪の病院にてワクチンの管理作業を行う話になっておりまして。その後は政府関係の仕事が入っており、今日中に時間が取れないと……」
さきほどとは打って変わって、受付は笑みを消し、申し訳なさそうに頭を下げた。
「アポイントは取ったはずです。5分程度なら話せるとお返事をいただいております」
「申し訳ございません。反ワクチン問題が解決した影響で、こういった突発的な仕事が頻繁に飛び込んできておりまして……」
【運が無いな。事前に手続きは踏んでいたのに】
楠美は不服そうに再び来る旨を伝え、踵を返した。
「いない者を待つために粘っても仕方ありません」
駐車場に戻ると楠美は運転席のドアを開けながら言った。
赤志は助手席側のルーフに腕を置く。ルーフには黒い棒が2本置かれていた。
「で？ この後はどう動く？」
「横浜に戻って「ノット・シークレット」を尋ねます」
「お。なら俺に任せとけよ」
赤志は半笑いで返し尾上にメッセージを飛ばす。
即座に電話がかかってきた。
『お前ふざけるなよ。本当に』
「頼むよ。あんたが頼りなんだ」
『お前、ちょっと頼めばすぐに俺が何とかすると思っているだろう。そうは行くか。今回に関しては流石に無理だ』
「へ～？ あっそう～？ じゃあこのデッカイビルの窓ガラス全部割るわ」
『……待て、勇。お前今どこにいる？』
「ん～？ あっ！！ ヘイ彼女！！」
赤志は楠美に笑みを向け、わざとらしく大きな声を出す。
「誰が彼女ですか」
「芝公園行ってさ、あれ見ようぜ！ 光煌駅。東京タワー近くに浮いてるキングスクロス駅だよ」
楠美は片目を細めた。
『……お前……六面共産の前にいるんだな』
尾上ががっくりと肩を落とすのが見える気がした。
「どうする？ 俺は別にいいんだぜ？ 尾上さん。黄瀬悠馬に迷惑かけても」
『馬鹿！ やめろ！ 黄瀬社長はおろか六面共産の重役は全員、俺が勇を保護していることを知っている！ お前が暴れればこっちの……あぁ～もう……』
「とりあえず今日中に頼むわ」
『……なんとかしてみよう。その代わり二度と六面共産に行くな。わかったな』
尾上が乱暴に通話を切った。
赤志は助手席に座る。
「どうよ。俺の交渉術。警察でも使えそう？」
「サイテーサイアクです」
【褒め言葉だな】
赤志はカラカラと笑った。
