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池谷-1

 12月14日、水曜日。


「1番か」


 ワクチン接種優先券を見つめながら、池谷は呟いた。

 池谷は生涯で"1番"というものを取ったことがない。運動でも勉強でも、トップという栄光を掴んだ経験はない。どれもこれも優秀で終わる。

 それはそれで構わないと思っていたが、男として生まれたからにはやはり、1番というものに憧れを抱いていた。


「このタイミングは違うだろうよ」


 接種券をポケットに押し込み正面入口に近づく。病院前にはすでに長蛇の列が出来ていた。


『優先権をお持ちの方はこちらにお並びください。一般の方は並ばないでください』


 医療関係者、政治関係者のみに渡される特別なチケットを持つ池谷は誘導を行う警備員とすれ違う。


「あの、これ」


 列を整理していた看護師に接種券を見せる。


「確認いたしました。ご案内────」

「ちょっと!! 列に割り込まないでちょうだい!!」


 池谷は肩を上げた。声を荒げたのは別の列の先頭にいた中年女性だった。皺が濃く非常に背が低い。花柄のワンピースにニットカーディガンを着ている。


「こっちは2時間前から並んでいるのよ!? 10時ギリギリにきた人が1番に入るってどういうこと!?」


 目くじらを立てて池谷を睨む。周囲の視線が集まり舌打ちしそうになる。目立つわけにはいかないのに。

 池谷が少し眉間に皺を寄せると、女性はさらに憤慨した。


「なにその顔! 警備員さん呼ぶわよ!」

「まぁまぁ。お姉さん。落ち着いて」


 後ろに並んでいた男が女性の肩に手を置く。


「なに!? 触らないで」

「そんな眉間に皺寄せないで。綺麗な顔が台無しですよ」


 来栖だった。眩しい笑みを向ける。

 すると、中年女性が照れ臭そうに頬を染めた。


「そ、そうかしら……や、やだ私ったら」


 来栖が池谷にウインクする。流石オバチャンキラーの異名を持つ男だ。

 親指を立てて感謝すると、池谷は看護師の誘導に従い病院に入る。

 その様子を見ていた赤志と本郷は車を降りた。


「すぐに戦闘が始まる。避難誘導は病院内の者たちと協力して当たってくれ」


 インカムを押さえながら本郷は喋り続ける。


「院内の職員とは事前連絡を行っていない。医療関係者が進藤と組んでいたら、こちらの作戦が筒抜けになるからな。ここ以外で奴を仕留めるチャンスはないと思え」


 裏口から中に入る。


「尾上所長含む研究員のメンバーを中に入れる際は、安全が確保されてからだ。……助っ人も到着したんだな。わかった、よろしく伝えておいてくれ」


 閑散とした通路を抜けエレベーターに乗ると本郷は通話を切った。


「とりあえず機動隊は外で待機させとけよ。いらねぇから」

「彼らも足を引っ張らないよう尽力するさ」

「死にそうになっても助けねぇからな」

「わかってる」


 赤志は不服そうに鼻を鳴らした。

 3階に着いた。物陰に隠れ接種会場入口に目を向ける。池谷がちょうど中に入るところが見えた。


 接種会場は体育館を彷彿とさせる広々とした空間に設けられている。パイプ椅子が多く並び、接種エリア用に作られた仮設小部屋が6つある。

 池谷は「A」と紙が貼られた小部屋の前に案内され、問診表を書き込んだ。


 緊張を解すため息を吐き出す。ふと、来栖が今回の任務を受けたがっていたのを思い出す。

 彼は既にワクチンを接種していた。そのため池谷に白羽の矢が立った。


「ワクチン、受けときゃよかった」


 受けなかった理由は単純に自分の魔力量が少なかったからだ。暴走事故を起こしても致命的なものにはならないだろうと高を括っていた。


 後悔していると看護師から名前を呼ばれた。小部屋に入り、白衣を着た初老の男に会釈する。


「接種は初めてということで」

「はい」

「お体に不調は」

「ないです」

「では利き腕じゃない方を出してください。少しチクっとしますよ」


 左腕に針が刺さる。


「はい。終わりました」


 打ち込まれた個所から熱を感じる。すると全身が熱を帯び始めた。体温が上がっていることを感じていると、室内に誰かが入ってきた。


「最初はオッサンか。まぁでも、いい体してんじゃん」


 来た。池谷はグッと奥歯を噛む。

 黒いスーツを着た進藤は池谷の前に来る。白衣の男は我関せずといった面持ちだ。看護師も外に出て行く。


「えっと、新しい、お医者さん、でしょうか?」

「悪いね。深くは聞かないで。どうせ聞いても次に目を覚ましたら忘れてるんだから」

「……忘れませんよ」


 進藤が片眉を上げる。


「なに?」

「あなたの悔しそうな顔。しっかり目に焼きつけておきます」


 池谷が鋭く睨みながら言った。

 直後、轟音と共に何かが小部屋の薄い壁を貫いた。

 それは丸太のような腕だった。腕は進藤の首に蛇のように纏わりつく。


「なっ、がっ!!」


 力任せに引っ張られる。目を丸くしていた進藤は抵抗もできず壁を突き破り、外に放り出された。


「よぉ、進藤」


 本郷は仰向けに倒れている進藤の喉を掴む。


「言ったよな。必ず俺が、お前の喉を掴むって」


 進藤の視界が赤く染まる。耳の奥には、肉が潰れる音が届いていた。


「……っ! ジャ……ギィ!!!」


 声を絞り出すと、隣の「B」部屋の壁が爆ぜた。破片と共に獅子が姿を見せる。鬣が猛り狂うように逆立っている。

 牙を見せ、獣が吠えようとした瞬間だった。


「テメェの相手は俺だ!!」


 赤志の飛び蹴りがジャギィフェザーを捉えた。獅子の巨躯が「く」の時に曲がる。

 それだけでは留まらず、獅子は壁まで吹っ飛んだ。

 衝突音が木霊する中、池谷はその場から離脱しスマホを取り出した。


「突入!!! 突入しろ!!」


 号令と共に接種会場の扉が開き、盾と重火器をを装備した機動隊が中になだれ込む。その中には一課と暴対課の捜査員もいた。


 本郷は鬼の形相で進藤を見ながら唇を動かす。


「ケリつけようぜ。クズ野郎」


 戦いの火蓋が切られた。



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