本郷-15
「まだ見つからないの。進藤がどこに隠れているのか」
「申し訳ございません。目下捜索中です」
ドブネズミめ、と柴田が唇を動かした。
「もっと必死になって探し出してちょうだい。こうしている間にまたテロが起こったらどうするつもりですか」
柴田は報告を行った楠美を鋭く睨んだ。
楠美は嫌気が差し始めていた。交渉人として優秀な柴田だが、人の上に立っている状態だと何もしない。典型的な個人プレイだけが得意な人種だった。
謝罪と共に頭を下げる。捜査本部は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「進藤はおろか一緒にいる獣人も見つからないとはね」
柴田は喉を鳴らした。
「引き続き三鷹組の内部を洗い出してちょうだい。奴らが匿っている可能性は非常に高い。手の空いている警察官たちは充分注意して捜査に当たるように。有益な情報が手に入ったら緊急会議を────」
「あの、柴田管理官」
口を挟む。楠美とて遊んでいたわけではないのだ。有益な情報を掴んでいる。
それを喋ろうとした時、扉が開いた。近くにいた捜査員のひとりが「うおっ」と声を出した。
中に入ってきたのは本郷だった。
「……本郷刑事」
柴田が睨みながら呟いた。
本郷が柴田に近づく。捜査資料を確認していた捜査員は顔を上げ、退出しようとしていた者たちも視線を本郷と、一緒に入室した飯島に向けた。
「柴田管理官」
「あなたと話すことは何もないわ。本件から外されている者に発言権はない。出て行け」
「進藤の潜伏先について共有します」
柴田が目に角を立てたが唇を結んだ。聞く気はあるということだ。
本郷は集めた情報を共有し、進藤は人員補充のためワクチン接種会場に潜んでいる可能性が高いと言った。
一部の捜査員は「そんな馬鹿な」と含み笑いを隠せずにいた。柴田も同じだったのか「くだらない」と鼻で笑う。
「魔法で何でもありになってるわね、その話。そんなもの信用に値しないわ」
「何でもありの世界に変わりつつあるんだよ、この世界は」
本郷はテーブルに手をつく。
「柴田。お前は頭が固いが、決して馬鹿じゃない。今の話も完全に否定できないだろう。この報告をしたのが仮に楠美だったら一蹴しなかったはずだ」
「あ、あの」
楠美がおずおずと口を挟んだ。
「柴田管理官。今の話は……聞くべきだと思います」
「あなたまで何を」
「さきほど話そうとしたことです。知人からある情報を手に入れて、裏を取ろうと思ってます」
楠美は白山飛燕から受け取った写真のことを喋った。当然、白山のことは濁している。
「小金井の……社長秘書?」
「裏さえ取れれば、彼女がグリモワールの一員で、先日の鶴見タワーマンション襲撃に関わっていることが判明するかもしれません」
「そんな人間が反ワクなんかに関わって、おまけに暴れまわるわけが────」
「写真も、あります」
柴田の顔から笑みが消えた。
「あなたがどこからその写真を手に入れたのかは、後で聞きましょう。それで……仮に。仮に、本郷警部補。あなたの話が本当だとして目星は」
「これから集中的にワクチンが補充される横浜市内。それも被害に遭った病院の優先度は高い。だが俺の立場だと捜査員を動かせない。だからお前に頼んでいる。捜査員を潜伏させてくれ」
「馬鹿なの? 空振りして進藤を逃したらどう責任を取るつもり。あなたの妄言を信じるだけの価値がどこに」
言葉を終える前に本郷は内ポケットから紙を出した。
「今時こんなものは古臭いだろうが覚悟だと見てくれればいい。"俺たち"の予測が外れていたらこの場に手錠を置いていこう」
「駄目っ!!」
楠美が大声を上げた。集まる視線も気にせず必死の形相で本郷を見つめる。
本郷だけは瞳を動かさなかった。
「職を失うのは怖くない。この事件の手柄もお前にすべて渡そう」
「……思い上がらないでくれる。お前のクビ程度じゃ責任にならな────」
「じゃあ私も」
飯島が頬を上げる。
「長い休暇をいただきますよ」
「なっ────正気ですか! 飯島警部!」
憮然とした態度だった柴田も流石に表情を変えた。目を見開き声を荒げる。
「本気ですよ、管理官。この後神宮警視正にも話を通す予定です。私は本郷と赤志に賭けてみたいと思いまして」
楠美に視線を向ける。
「というわけだ。悪いな楠美。出世コースを淡々と突き進んでくれ」
「そ、そんな勝手な」
言葉を失っていた柴田は唇を震わせる。
「……価値はあると? あの異世界から帰ってきたチンピラみたいな見た目をした奴の言うことを聞く価値は」
「ある」
「本郷警部補。あなたの標的は「シシガミユウキ」では?」
「それに近づくためにも進藤を捕らえる必要がある。それに奴も許せん。善良な市民を、魔法を無くしたいと願う一般人を食い物にし犯罪に加担させている。薬をばら撒き世間を混乱に陥れている。放っておいたら俺は、妹の前で手を合わせることができなくなる」
本郷が頭を下げる。
「お願いします。柴田管理官。私を信じていただけませんか」
室内に沈黙が走る。紙ひとつ擦れる音はしなかった。
「私からも、お願いします。管理官。無下にするには早計です」
楠美が口を開くと柴田は立ち上がった。
「……大至急、捜査員を集めてください」




