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赤志-14

『5階だ。"ブリューナク"を使っていいから相手を落とせ。攻撃したら、すぐ藍島の方に戻って』


 ジニアにはそれしか支持を出してないが彼女は予想以上の働きをしてくれた。心の中で礼を述べ、スフィアソニードの頬に拳を叩きこむ。


 相手が顔を歪めながら翼を広げた。肌が引き延ばされ、人間の腕から外套が突き出ているような歪な翼に魔力が溜まる。


 両翼を動かし、跳躍。赤志と共に宙に浮く。

 スフィアソニードは空気を蹴ってさらに跳躍しようとした。赤志は一度離れ、壁面に降り立つように着地。それと同時に脚部を強化する。


 スフィアソニードが手の平を赤志に向かってかざした。赤志は周囲から熱を感じ取る。爆弾魔法が炸裂しようとしている。恐らく、1秒後に。


 つまり爆破まではラグが生じている。

 それは決定的な隙である。


 赤志は壁を蹴った。直後壁が爆ぜ飛んだ。爆風に乗ってスピードを増した赤志は漆黒を掴む。

 

 頭突きをかましつつ相手の胸倉を掴みながら落下。激しい音が鳴り響く。

 下敷きになったスフィアソニードの鎖骨を踏みつけた。相手の両腕が痙攣するように震え始めた。


【打たれ弱いのは相変わらずだな】


 相手が両腕を振った。

 バク転で攻撃を避ける。外套のような翼が床を切り付けた。近接戦闘時には硬質化し刃と化すことを赤志は見抜いていた。


【あの切れ味は防ぎきれないぞ】

「わかってるよ」

『アカシィ!!』


 刃と化した両腕を振ってきた。

 倒れていたソファを蹴飛ばす。相手が腕を振り真っ二つにした。牽制にもならない。


『無駄だ! 諦めて────』


 ポタリ、と。

 スフィアソニードの頬が濡れた。

 ハッとして相手は上空を見上げた。


 黒一色の世界は彼の魔法が作り出したものだ。その魔法の正体は大きな箱を作るようなものであり、ラウンジ全体を囲っている。

 そのため異物が紛れれば一瞬で察知ができる。はずだった。


『……なぜ』


 暗雲が天井を覆いつくしていた。


『あの少女の魔法? なぜ……なぜあの子の魔法は察知できなかった』


 瞠目(どうもく)せざるを得なかった。不可解な現象による動揺。

 その決定的な隙を見過ごす赤志ではない。


 バチンと電撃が弾ける音と共に、暗雲から雨が降り注いだ。赤志はすでに物陰に隠れている。スフィアソニードのみが雨を一身に浴びる羽目になる。


『こ、れは』


 雨が当たった箇所から、湯気が立ち上り始めた。床に当たった水が泡立ち床が沸騰する。濡れたソファからも湯気が上がり、やがて穴が空き始めた。

 降り注いでいるのは水ではない。強力な酸だった。


【ジニア、こんな魔法覚えてたのか】

「また藍島さんがドン引きしちゃうよ」


 鼻で笑って赤志は敵に狙いを定めた。


 酸を浴び続け、遮蔽物の下に向かった時には、スフィアソニードは血塗れになっていた。

 必死の表情を浮かべながら眉に皺を寄せる。全ての爆弾を使うつもりだ。

 そうはさせない。赤志はすでに、獣人すら敵わない程、極限にまで体を強化していた。


 相手が得意の超音波を発しようとした刹那。

 スフィアソニードの横顔に、赤志の紫電を帯びた拳が叩き込まれた。


 瞬間、一閃の煌めきを発し、蝙蝠の顎下を吹き飛び、世界が明滅する。


 爆音と共に雷が四散した。

 雷は壁を抉り柱を壊し、酸の雨も吹き飛ばし、暗雲すら消し飛ばした。


「っ────!!」


 7階にいたジニアは目を見開き、素早く階段に戻り扉を閉めた。直後、ペットキャリーバッグを持つ藍島に抱き着く。


「え、え?!」

「伏せて!!」


 轟音が鳴り響き扉が吹き飛ぶ


 電撃の熱量は各階にある手摺と扉を溶かした。


 数秒後、音が鳴り止み、微かに雨音が聞こえてきた。


「だ、大丈夫?」

「う、うん」


 ジニアは立ち上がると藍島を引き起こし、吹き飛んだ扉を一瞥すると、ラウンジに向かおうとした。

 が、足を止めた。あったはずの床がなかったからだ。


 階下を覗き込むと、全部の階にあった廊下が忽然と姿を消していた。最初から何もなかったように。各階には壁に張り付くように少数の扉が存在していた。 


「……な、なにこれ」

「全部、溶けちゃったみたい」


 乾いた笑い声をあげる藍島を無視して目的の人物を探す。


「いた」


 藍島の手を握り階段を下りる。一階に行くと、正面口前に赤志が座り込んでいた。その隣には蝙蝠人(ムルシエンテ)が仰向けで倒れていた。


 左腕と左足が無かった。顎下も消し飛んでおり、気絶しているのか両眼を閉じている。上下する腹部を見る限り生きてはいるが、死んだ方がマシだと言えるほどの傷の具合だった。


「大馬鹿野郎め。最初から全部起爆していれば勝てたのによ」


 ため息をついて仰向けになっている相手に対し冷ややかな視線を向ける。


「優しいあんたに悪役は似合わないさ」


 立ち上がり息を吐く。


「マジで助かったぜジニア」

「ううん。ごめん。私があの時仕留めていれば」

「いいんだ。気にすんな」


 赤志の服装はズタボロだった。全体的に焦げ跡があり、黒いダウンジャケットにべったりと付着した血は目立っていた。

 ただ傷自体は消えているため問題はない。赤志は藍島に笑みを向けた。


「もう少しで出れるから。安心してくれ」


 藍島は何も言えず、ただ頷くしかなかった。

 爆破された正面口から出ると冷たい雨が出迎えた。火照った体にちょうどいいと思っていると、大勢の足音が迫ってくる。


「勘弁してくれよ」


 暴徒が姿を見せた。数は50はいるだろうか。

 声にならない奇声と怒りの眼が赤志に向けられる。薬でハイになっているのか全員目が血走っていた。


「話し合いはできそうにないな」

【一瞬で片を付けるぞ】

「今日は厄日だな」


 赤志は腕に魔力を流した。その時だった。


 遠くからサイレンの音が聞こえた。見知った赤い灯が視界に飛び込んでくる。

 イカれた暴徒であってもその音は認識できるのか、一斉に視線が動いた。


「こういう時は安心するね」


 胸を撫で下ろすように呟いた。


 豪雨を切り裂くように多数の警察車両が迫りくる。その中から一両だけ車が飛び出した。車種はBMW。乗っている人物に当たりをつける。


 クラクションが鳴らされ群衆が蜘蛛の子を散らすように動き始めた。階段の前で止まったBMWの窓が開く。


「乗れ!!」

「おせぇよ来るのが!」


 手招きする本郷に罵声を飛ばし階段を上っていた暴徒を蹴り飛ばすと後部座席を開ける。


「入って! 入れ早く!」


 権三郎が入るバッグを抱えた藍島とジニアが入ったのを確認しドアを閉める。赤志は助手席の窓に、頭から突っ込んだ。

 暴徒のひとりが金属バットのフルスイングが本郷のBMWのサイドミラーを吹っ飛ばした。


「っの野郎……! ぶっ殺してやるっ!」

「あとで請求書書いとけ!」

「保険下りないぞこれ!」


 赤志が助手席に座ると「グリモワール」の一員がボンネットに飛び乗った。そして持っている金属バットをフロントガラスに叩きつけ始めた。


「うわぁ、超こえぇっ!」


 フロントガラスにヒビが入る。バキバキという音が一同の恐怖心を煽る。


「馬鹿野郎テメェ!! ふざけるな!」

「本郷ぶっ飛ばせよさっさと!」

「早く発進してっ!!!」


 藍島が後ろから本郷の肩を掴む。本郷はアクセルを全力で踏みしめた。

 エンジンが唸りを上げ車が動く。飛び乗っていた者はバランスが取れず転げ落ちた。


「武中!! 目標を保護した!! そっちは思う存分暴れろ!」


 インカムに向かって叫ぶ。警察車両が停車し、中から続々と警察官が姿を見せる。雨の中暴徒と衝突するのを尻目に、赤志たちはその場から離脱した。


 赤志は後部座席を確認する。

 必死の形相を浮かべる藍島と目を丸くしているジニア。ずぶ濡れの2人を見て息を吐く。


「赤志」

「あ? え、なんだよ」

「シートベルト」

「……あんた労いの言葉とかないの?」


 赤志は眉をひそめ、椅子に深く座り直した。


「よくやった。偉いぞ」

「うわ、キモ。褒められても嬉しくねぇわ」

「くたばれ」


 赤志は本郷の肩を拳で叩いたあと、シートベルトを引っ張りバックルに金具を入れた。


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