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赤志-13

「アカシーサム!!」

「な、なに!? どしたの!? 大丈夫!?」

 

 2人の方に手の平を向けた。


「出てくるな!! そこにいろっ!!」

【勇。敵は天窓にいる】


 顔を上に向けると雷鳴が轟いた。漆黒に白が混ざり、ガラス張りの天井に足をつけ逆さまになっている獣人を映し出した。


 マントを羽織っているような獣人。その外套は、奴の両腕。

 蝙蝠人(ムルシエンテ)蝙蝠(こうもり)の獣人だ。

 暗闇の中、黄金の如く輝く2つの瞳が赤志を捉えていた。


【この魔力は】

「スフィアソニード? お前なのか?」


 呟くような呼びかけだったが獣人には聞こえていた。

 高いサイレンのような音が轟き、徐々に変形し声に変わる。


『アカシーサム。君が相手にいるのはわかっていた。弟の恩人を手にかけるのは、とても心が痛む』

バビロンヘイム(向こう)でさんざん世話してやった礼がこれか?」


 相変わらず印象に残る低い声だった。


【勇。損傷具合が激しい。肉ごと爆ぜて橈骨(とうこつ)が見えてる。止血は済んでるが再生には時間がかかるぞ】

「お前何してんだ? 2年前日本に行ったよな? 弟のかわりに約束果たしたか?」


 ようやく赤志は、このマンションに暴徒を送り込んだ理由がわかった。


 時間稼ぎだ。

 最後に獣人がいるかもしれないと思っていたが、それはジャギィフェザーが待ち構えていると予測していた。

 結果は大ハズレだ。まさか罠師として異世界で名を馳せた相手が来るとは。すでにこの場は奴の罠に支配されているだろう。


「馬鹿な連中と手を組んで人殺しか。弟が知ったら嘆くぞ」

『こちらにも事情がある。君と戦いたくはない。藍島景香を差し出してくれ』


 赤志は中指を立てた。


「ざけんな、コウモリ野郎。叩き落としてやっから動くんじゃねぇぞ」

『君に何がわかる。私の気持ちが理解できるものか』

「泣き言ほざいてんじゃねぇ!」

『こんなことになるなら』


 羽を翻す音が聞こえ。


『ここに来たのは間違いだった。()()()()()()()()()()、私は』


 一瞬で赤志の背後に回ったスフィアソニードは大口を開け、尖った歯を首に突き立てた。

 噛みついたスフィアソニードはすぐに違和感に気付き、跳躍した。直後、噛まれた赤志の体が発光し周囲に電撃を飛ばした。


 両腕を動かしながら耳まで裂けている大きな口を限界まで開き、金切り声を発す。

 ラウンジ中に響き渡る超音波は1階にあるソファやテーブル。死体。無数の柱と壁。瓦礫に割れたガラス。それらの位置を割り出した。

 

 そして、3階に異物を見つけた。

 両腕を素早く動かし空中で方向転換すると、3階の非常扉前に突進した。轟音と共に砂塵が舞う。


「あっぶねぇなチクショウ!!」


 塵の中から赤志が転がるように出てくる。


『逃がすか』


 赤志の周囲が歪み、収縮音と共に爆発した。

 爆炎の中から赤志が飛び出し手摺を超える。落下しつつ2階の手摺を掴み速度を落とすと1階へ。着地地点にあったソファに降り立ち柱に隠れる。

 再び音もない暗闇が訪れる。


『君の弱点だ。アカシーサム。ここがバビロンヘイムだったら、キミはもう私を殺していただろう。この深淵曇天(エンティティ)牢爆獄(バレストフレア)も。君が指先ひとつ振れば消し飛ぶだろう』


 赤志は荒い呼吸を繰り返す。


『だが現世界(ここ)では違う。通常のキミの身体的能力値は、ただの人間だ。魔法を使う隙を与えなければ封殺できる。魔力を活性化させればこの場に仕掛けた6万8000の空間爆破魔法が起動するぞ』

「はっ。デカい数字言うと逆に馬鹿っぽく聞こえるぞ。脅すにしても程度を考えろ」


 冷汗が背を伝う。冗談を言う相手ではないからだ。奴はこの周辺を更地にする覚悟があるらしい。


『使うか? ()()()()()()を。だがそれも弱点だ』


 ポケットからスマホを取り出しLienを起動する。


『キミの力は最強だろう。このマンションが1秒で消失する。手首、いや、小指一本展開しただけでそうなる。故に使えない。使ったら君以外死滅するからだ』

「……やりづれぇなぁ」


 呟きながら指を這わせる。


『諦めろ。空間を掌握している私の敵ではない』

「かもな。怠くて仕方ねぇよ」


 スフィアソニードは眉をひそめる。簡単に諦めの言葉を吐く相手ではないからだ。

 

 何かを狙っている。口を開き再び超音波をラウンジに飛び交わせる。赤志の輪郭に線がくっきりと描かれる。柱の陰にいた。

 その手にスマートフォンが握られていることに気付き、爆弾を起爆しようとした時だった。


 ラウンジ内に異物が紛れ込んだ。それは急速に近づいている。高さ5階付近。

 空中待機していたスフィアソニードは視線を横に向けた。

 

猫人(ケットシー)


 獣人の少女が雄叫びと共に腕を振り上げた。

 スフィアソニードはまず、赤志の周囲を爆破した後、両腕を体の前に出し攻撃を防ごうとした。

 だが遅かった。ガードが間に合わない。さらに追い打ちをかけるように、少女の魔力が膨張した。


『なんっ────』


 掲げた腕が肥大化し一気に魔力を帯びその姿を変える。大剣のような獣の腕と爪が暗闇の中に浮かぶ。

 紫色の靄を纏っていた。


『ブリューナク……だがこれは』


 腕が振り下ろされた。体が引き裂かれ血が飛び散る。両者は4階の廊下に落ちた。

 衝撃で顔を歪めながらも素早く翼を広げ再び飛び立つ。


『ジャギィフェザーめ。黙っていたな』


 だがこれは好機だった。藍島景香は今1人だ。

 仕留めようと両腕を翻し方向を切り替える。瞬間、首が誰かに掴まれた。


「どこ行くんだよ!!」


 赤志だ。血塗れになり服の所々が破け焦げ跡がついているが楽しげな笑みを浮かべている。

 魔法で跳躍した赤志はスフィアソニードを掴むと、1階の床に叩きつけた。


「一瞬しかなかったから、身体強化魔法しか使えなかったが」

『アカシーサム……!!』

「これで戦える」


 赤志は白い歯を見せた。やせこけた老人を彷彿とさせるスフィアソニードの頬に赤い血がポタポタと落ちる。


「昔のよしみだ。優しくぶっ殺してやるよ」


 両者は闘争心から歯を剥き出しにした。



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