本郷-10
BMWのライトが、スーツ姿で突っ伏している人間を照らした。
アパート近くで車を停め外に出ると激しい雨が頬を打った。
「大丈夫か!」
抱え起こす。顔が腫れ上がっており服が所々破けていた。
「しっかりしろ!」
「ほ……本郷、警部補……? すいません……」
刺し傷のような致命傷はない。本郷は刑事を抱きかかえ、アパートのエントランスに入る。
「安心しろ。傷は酷くない。気をしっかり持て」
「はい……」
「誰に襲われた?」
「……骸骨、マスク被ってて……集団で襲われました」
「「グリモワール」じゃないのか? 他には?」
エントランスの自動ドアが動く音がした。本郷は素早く振り返る。
「オラァ!! こっち来やがれ!!」
見知った大男が入ってきた。何者かの後ろ襟を掴み引っ張っていた。
「武中」
「あ? 本郷。お前来たのか。正直助かる。今は猫の手も借りたい状況だしな」
「周囲の護衛は」
「情けねぇことに全滅だ! 何人かは意識不明の重症。救急車を呼んでいるが数がいくつか必要か。今んところ死人が出てねぇことが救いだ」
「誰に襲われた」
「それはコイツが知ってる!!」
武中は右手を振った。放り投げられるように男が本郷の前に倒れ込む。
男は怯えた目で見上げた。顔は若く、金髪。服装もチェスターコートにチノパンとシンプルだった。
「マスクを被って襲って来やがった連中の一人だ」
本郷は膝を折る。
「なんでここを襲撃した? お前は「グリモワール」なのか?」
金髪はニヤッと笑った。小馬鹿にしたような瞳だった。恐らく、武中よりも話が通じる相手だと認識したらしい。
それは大きな間違いであることを教えてやる必要があった。
本郷は拳を振り被り、金髪の鼻尖目掛け真っ直ぐに突き出した。
「ぶっ!!」
岩石のような拳が骨を砕いた。
「次は右目だ」
「ま、待って! 喋ります! 喋らせてください! あ、あんたらが刑事だとかそんなの知らなかったんだ! 同じように動いてるチームだと思って……」
「チームだと?」
鼻を両手で隠しながら金髪が壊れた人形のように何度も頷く。
近年、不良やら半グレやらが徒党を組んで裏社会で活動していることを本郷は把握していた。魔法や薬物を使った不良チームは、反ワクチン団体と同じかそれ以上に厄介な存在である。
「そんで、藍島恵香って奴をその……」
言葉が止まった。本郷が胸倉を掴む。
「コ、コロすか攫うかしたら金が貰えるって話だったんだ! ウォンテッドで見たんだよ!」
「ウォンテッド?」
「懸賞金サイトのことだ。だが4年前に管理者が捕まって閉鎖したはずだろ」
武中は疑いの目を向ける。
「それが、最近復活して……そこに新しい標的が出てきて」
本郷は金髪にウォンテッドに接続するよう命令した。鼻血で真っ赤になった手を震わせながら金髪がスマホを操作する。
「藍島と篠田か」
表示された画面を見つめる。懸賞金、5億と書かれてあった。
「両方仕留めれば10億だぜ? 誰だってやるよ。しかもどっちも可愛いからさ────」
武中が金髪の顔を蹴り飛ばした。本郷は悶える相手の手からスマホを奪い取る。
「篠田の方は無事か」
「さぁな。まぁ連中も警察署を襲撃することはねぇだろ。今のところ連絡はない」
楽観視しすぎだと思っていると金髪がクスクスと笑っている。
「なにがおかしい」
「いや。藍島の方はもう終わりだと思ってな。あの女の場所はもう仲間にバレてる。鶴見にいんだろ? 今、俺の仲間が殺しに向かってる……これで、5億は俺らのもんだ」
「手に入れても使えないぞ」
武中は冷ややかに言った。
「鶴見には」
「赤志がいる」
「ほぉ……おい、よく聞け若いの」
男の前で足を大きく広げしゃがんだ武中は、金色の胸倉を掴む。カツアゲしているような絵面だった。
「お前らハズレくじ引いたぞ」
「あ?」
本郷は赤志に電話を入れた。すぐに出た。
「襲撃されてるらしいな」
『ああ。とりあえず脱出するわ。すげぇよ。首から上がドクロだったりガスマスクだったり、魔法使いの格好した連中がさ、釘バットやら包丁持ってゾロゾロ入って来やがる。見ててめっちゃ面白い』
「ちょっと遅めのハロウィンだな」
『こんな物騒なハロウィン俺は知らねぇよ』
「時と場所を弁えないではしゃぐ奴は言葉で言っても伝わらん。思いっきり暴れろ。責任は警察が持つ」
『んなこと言っちゃって~。頑張っちゃうよ俺。あんたの分も取っておくから増援と一緒に来いよ』
通話が切れた。
「武中。俺と一緒に動いてくれ。生意気な奴から呼び出しがかかってな」
武中は鼻で笑うと倒れている金髪に手錠をかけた。
「大人しくしてろ。夜が明けるまで、いや、明けても震え続けてな」
本郷はその場を任せ雷雨を掻き分けるように走りだした。




