赤志-10
赤志は前屈みになり銃弾を避けると後ろ足で蹴り上げを行った。
躰道の海老蹴りには遠く及ばないが、充分な威力を持った蹴りはドアを吹き飛ばした。
木原はドアごと吹っ飛び壁に叩きつけられた。
「ぐおっ────!!」
木原はドアをどかし銃口を向け引き金に指をかける。
細長い銃口から2発弾丸が放たれる。赤志は横にステップし避けると木原の人中目掛け縦拳を放つ。
木原の後頭部が壁に叩きつけられた。首から上をサンドイッチにされ、手から銃が零れ落ちる。
「消音機ってすげぇな。全然音がしねぇ」
木原の髪を掴む。そのまま後頭部を壁に叩きつける。
何度も。何度も。何度も。何度も。何度も。
鼻から大量に出血しながら白目を剥いたところで木原を離した。木原はズルズルと腰を下ろした。
気絶したことを確認すると銃を玄関に蹴飛ばす。次いで、赤志は木原の両足を掴みリビングまで引きずった。
藍島がぎょっと目を剥いた。
「誰これ!?」
「警備員だよ。このマンションの。ジニア。その棚からバンド取って」
ジニアは弾かれたように動き始めた。チェストボックスから結束バンドを見つけ、手渡す。
「サンキュ」
両手両足を拘束し相手のスマホを奪い取る。ロックがかけられていた。
「クソ。どうっすかな」
「ロック解除できるかも。フェイスIDで」
ジニアのアドバイスに得心したような声を出し、画面を木原に向けた。
ロックが解けた。画面にはあるサイトが映っている。
「ウォンテッド……? 懸賞金サイトだぁ?」
映っていたのは藍島と篠田だった。
「ちょ。デカい。しゃがんで! 見えないだろ!」
藍島とジニアが覗こうと背伸びしていた。膝を折り画面を見せると藍島が息を呑んだ。
「私じゃん……つうか5億……5億!? 私が!?」
進藤が作ったのだろうか。
木原はこれを見て甘い汁を吸おうと考えたのか。
【あいつ……なんか金騙し取られたとか言ってなかったか? おまけにギャンブル狂いだったしよ】
「クソ。他にも裏切り者がいるかもな。さっさとあの筋肉刑事と合流しねぇと」
その時だった。ズン、という地響きがし、部屋が少し揺れた。
突然のことに藍島は息を呑む。
「なに今の? 地震?」
次の瞬間、部屋の中に甲高い警報が鳴り響いた。
「きゃぁあ! な、なに!?」
ジニアが表情を厳しくする。
リビングの電球が赤色に発光し始めた。赤志はカメラインターホンに近づく。
部屋にある基盤は特別製で、エントランス全体に設置されているカメラを、それぞれ切り替えて確認することができる。
赤志が住んでいるタワーマンションのエントランスは警備員が常に6人配備されている。木原を抜いても最低5人はいるはずだった。おまけに今日は人数をその倍に増やしていた。
「嘘だろ」
エントランスが黒煙に包まれていた。煙に紛れ微かに見えたのは、床に突っ伏すひとりの警備員。
片腕が無かった。
「まさか────」
ボタンを押しカメラのマイクをオンにする。黒煙の中から複数の笑い声が聞こえたかと思うと、カーテンから出てくるように煙を払いながら、人影が次々となだれ込んできた。
マスクを被りバットやナイフといった凶器を持っていた。全員パーカーだったりダウンジャケットを着たラフな格好をしている。
その中には「グリモワール」の姿もある。
「な、なにこれ!?」
覗き込みに来た藍島が声を上げた。
「みんな、藍島さんを狙ってるのかな」
「バッ、ふざけ……! こちとらただの真面目なイラストレーターだぞ!」
金属バットを持ったひとりが、カメラに向かって先端を向けた。
「なんでこの場所がバレた? 尾けられたのか? 2人共、位置がバレるもの持ってたりする?」
2人が慌てて上着やズボンのポケットに手を入れる。
ジャケットのポケットに手を当てた藍島が短い悲鳴を上げ、中の物を取った。黒いカバーのスマホだった。
「最悪……! あの野郎!!」
「それは?」
「進藤のスマホ、だと思う! まさか電車内で触った時にポケットに入れたわけ!?」
それでこちらの位置がバレたということか。進藤は多くの兵隊を使い、ここを潰す気らしい。
【どうする? 籠城するか?】
赤志はベランダに出て階下を見る。視力を魔法で強化する。下を歩く者たちの顔を認識できるくらいに。
「くそ」
獰猛な野犬の群れが待機しているようだった。この大雨に、傘も差さず、こちらを見つめている。
【降りて速攻制圧は? それか瞬間移動だ】
赤志は頭を振った。後者は問題がある。
藍島の魔力量が怪我も相まって非常に少ない。これでは極度の魔力酔い(ドランク)状態になって飛んだ瞬間にショック死してしまう。
再び警報が鳴り響いた。
「ちょっと、これヤバいんじゃないの!?」
ジニアがボタンを操作しカメラ画面をマップに切り替える。赤外線センサーで探知された人間の赤点が次々に表示される。
「……赤い点が侵入者? もう20階まで来てるよ」
「エレベーターとか止めろよ! 私の命かかってんだけど!」
「階段を使ってるみたい」
【この短時間で20階を駆け上るか。魔法だな。間違いなく】
となると敵はただの雑魚じゃない。
【余裕かましている場合じゃないぞ】
「ジニア。出るぞ。一緒に戦ってくれるか?」
ジニアは一瞬面食らったが、すぐに笑みを浮かべた。
「もちろん」
「え? 出る? 戦うってこと!? ま、まさか、え?」
「藍島さん。進藤のスマホは持っててな。あ、そうだ。権三郎連れて行かなきゃ」
ジニアはハッとしてペットキャリーバッグに白猫を入れた。
「持ってて」
「えぇ? マジで? この状況で猫?」
藍島に渡す。彼女は困惑しながらそれを受け取る。
「しっかりついてきて。遅れたら助けないから、そのつもりで」
藍島はわなわなと口を震わせながら頭を掻きむしった。




