赤志-9
本郷が通話に出た。
「あんたどこにいんだよ!!」
『落ち着け。だいたいの状況は把握してる。メッセージも見た。警察を呼ぶか最寄りの警察署、それか本部に行け』
淡々とした口調が妙に腹立たしかった。窓の外に目を向ける。雨脚が強くなっているだけでなく霧まで出てきた。
「それは悪手だ。電車事故を起こした獅子人だぞ? ”ブリューナク”があるし、警察相手だろうがあいつは容赦がない。だから俺が近くにいる方が安全だ」
『お前のマンションに警備員は?』
「フルで待機。研究員だけ、みんな外」
『セキュリティ面は優れている、か』
「で? あんたどこにいんの」
最初の質問に戻ると空が瞬いた。轟雷が耳をつんざく。
『六浦だ。藍島の家に向かっている。護衛していた者たちと連絡がつかないから現場の状況を確認する』
【もしかしたらやられてるかもな】
『本部には応援要請をしているから増援が送られるだろう。ただ来るまでは、一番近くにいるお前を頼るしかない。頼むぞ赤志』
「了解。いい子にお留守番してるよ」
通話を切り尾上のアイコンをタップする。
藍島を助ける直前の時刻にメッセージが送られていた。
『すまん。ワクチン関係でまたトラブルだ。明日には帰れる。家にいるよな? 猫の餌をあげておいてくれ』
『いるし、ジニアがもうあげたよ。慌てなくていい。俺はずっとお留守番してるよ』
返信してスマホをテーブルに置く。事情は詳しく説明しない。多忙な彼に余計な心配をさせたくなかった。
ソファに座るジニアに近づく。怪我らしい怪我はしていないが、蹴られた腹部を撫でていた。
「痛むか?」
「ううん。だいじょうぶ」
相手は顔を上げ首を横に振る。
「ごめん、アカシーサム。私……」
「謝ることはない。ジニアがいたおかげで藍島は殺されずに済んだんだから」
少女の頭を撫でる。彼女のフワフワとした獣耳が形を変えた。
「で? あんたは大丈夫か?」
椅子に座る藍島が疲れ切った顔を赤志に向けた。
傷の手当は行ったが、血液を失ったことと冬の雨で随分と弱っていた。
「まさかフード野郎が……異世界の英雄さんだとはね」
青ざめた顔で無理やり笑みを作る。
「この子に感謝しな。割り込んでなかったら確実に死んでたぞ」
「……そうだね」
藍島は目許を柔らかくして、ジニアに頭を下げた。
「ありがとう。助かった。本当に」
「う、ううん。別に私は……それより怪我が」
今は増援とやらが来るのを待つしかない。ジャギィフェザーを仕留めに行ってもいいが、数分はかかってしまう。
その間にここを攻め込まれ、2人が危険な目に遭うのは避けたかった。
【だけど警備は厳重だぜ? 木原にも話は通してるし獣人一匹仕留める時間はあるだろ】
時間が問題なのではない。
一番の問題は、場所だ。
戦いとなったら相手は恐らく人の多いところを選ぶだろう。そして平気で人間を傷つける戦いをする。
対し赤志は、人間を守る戦い方をせざるを得ない。これでは後手に回ってしまい、勝てる戦いも勝てない。
【お前の”ブリューナク”はこのままだと使えないしなぁ】
「で、藍島、さんはなんで襲われたわけ?」
藍島は神妙な面持ちになった。
「進藤に、嘘吐きまくってたからかもね」
「あんた度胸あるな。ヤクザ相手に大立ち回りかよ」
「まぁね。転んでもタダじゃ起きねぇぞって思ってさ。だから、いい情報持って来たよ」
「情報?」
力のこもった瞳を向けられる。
「「シシガミユウキ」は、人間だ」
「……なるほど」
【大きな情報だぞ。獣人じゃないって情報は大きい。欲を言えば魔法が使えるかどうかも聞ければよかったな】
藍島のくしゃみが木霊する。
「うぁ、さみぃ」
「体暖めないと」
ジニアが新しいタオルを持ってくる。暖房だけでは彼女の失った体温を取り戻せそうにない。
何か温かい飲み物でも入れようとしたところ、インターホンが鳴った。
飯島か。本郷が爆速で来たのか。画面を見る。映っていたのは木原だった。神妙な面持ちで片手を上げている。
「木原? どうしたんだよ」
『マズいぞ。赤志』
「なにが」
『とにかくマズいことが起きてる。すぐに相談したい。中の二人に関わっている。開けてくれるか?』
赤志は「わかった」と返す。リビングにいた2人が心配そうに見つめてくる。
「ジニア。絶対にリビングから出るなよ」
「うん、わかった」
返事を聞いて語ら玄関へ行きドアのカギを開け、ゆっくりドアを押す。
「赤志」
ドアの隙間から木原が顔をのぞかせた。
「マズい状況ってなんだ」
「それがこの部屋にさ、ある物が仕掛けられたんだ。ほら。お前の後ろの壁にもある」
「あ?」
赤志が振り返った。白い壁があるだけ。
その隙に木原は懐に手を入れた。
「悪いな」
譫言のように呟いた木原は銃を取り出し、銃口を赤志の後頭部に押し付け、引き金を引いた。




