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ジニア-1

 赤志と出会う前は、イルミネーションをゆっくり見ることなどできないと思っていた。

 ジニアは横浜駅周囲を歩き続ける。


「あ~! ちょっといいかな。君、暇? ちょっとお話だけでもしない?」


 若い男が声をかけてきた。


 ジニアの服装は黒いカーディガンジャケットに白のニットワンピース、黒ニーソとキャスケットとなっている。

 赤志と出会った時と違い、みすぼらしさの欠片もない。ボサボサだった髪も絹のように流れている。


「どうしたの?」

「え? ああ、えっと、ナンパ? みたいな」


 ジニアはニコリと微笑む。


「ナンパ? 新しい魔法?」

「は? え、いや」

「どんなの? ナンパって」

「あ~……あー! やっぱいいや! ごめんね!」


 男はそそくさと離れていってしまった。ジニアはちょっとショックを受けた。結局ナンパなるものが不明だったからだ。

 あとで赤志に聞こうと思いつつ横浜駅西口についた時、スマートフォンのアラームが鳴った。


「えっと、えっと」


 わたわたと両の親指で画面を撫でアラームを止める。自由時間終了の合図だった。

 Lienを起動し唯一友達登録している赤志のアイコンを見つめる。


「……えへへ」


 顔が綻ぶ。そろそろ見ている時間だろうか。何かメッセージを打ち込もうとした時だった。

 

 悲鳴が、ジニアの耳を劈いた。顔を上げ、尻尾を立たせる。声色は恐怖に染められていた。


 襲われている。音のする方に顔を向けると、人を押しのけながら走る獅子人(レオリエント)がいた。


 ジニアは先回りするように駆け出した。

 相手の視線の先に女性がいる。女性は短い悲鳴を上げて倒れた。周囲の人々は腫れ物でも扱うように、女性から距離を取り始めた。


 流れに逆らうのはジニアただひとり。


「だ、誰か! 誰か助けてぇ!!」


 獅子が腕を振り上げた。同時にジニアも跳躍。キャスケットが飛び、耳が晒される。

 人々の頭を軽々と超え、倒れる女性の上で獅子の顔目掛け足を伸ばす。

 反応した獅子が防ごうとしたがタッチの差でジニアの蹴りが減り込む。


「ぐあっ!」


 獅子が倒れた。ジニアは相手を警戒しつつ素早くLienを起動し文字を打ち込む。


『しゅけきゆこはま』


 フリック入力に慣れてないため変な文章になってしまったが仕方ない。

 ジニアは倒れている女性にスマホを投げ渡す。


「持ってて」


 直後電話がかかってきた。赤志からだろう。


「出て!! その人が助けてくれる!!」


 ジニアは獅子から視線を切らずに言った。

 瞬間、獅子の巨体が消えた。


「えっ」


 呆けていると、脇腹に衝撃が走り、ジニアの小柄な体が浮き上がった。


「あっ────」


 吹っ飛んだジニアはデジタルサイネージが動く柱に背中からぶつかる。


「ぐあっ……!!」


 口から血を吐き出す。

 柱を支えになんとか立ち続ける。


「誰だ、君? 猫人(ケットシー)か」


 拳を振り抜いた獅子が凝視する。


「子供じゃないか。でもわかるはずだろ。僕の邪魔を出来るような────」

「っ!」


 ジニアは立ち上がり右腕を変化させた。一瞬で姿を見せた太い獣の腕と強靭な爪に、人々が悲鳴を上げた。

 叫びながら飛び掛かる。獅子は冷めきった表情でそれを見ていた。

 爪を立て、顔を引き裂くように真下に振り下ろす。


「────力は無いって」


 それより早く、腹部に衝撃が走る。無造作な前蹴りが鳩尾に突き刺さっていた。


「ぶっ!?」


 後方に吹き飛び壁に叩きつけられる。受け身を取ることさえできない。力の差は歴然だった。

 ズルズルと下がり尻餅をつく。


「次は魔法勝負かい? いいことを教えてあげよう。僕は魔術が苦手だ。キミにも勝ち目はあるかもよ?」


 ジニアは激しく呼吸しながら女性を見る。

 呼吸が浅く、ぐったりとしていた。気を失っているかもしれない。


 事態は悪化の一途を辿っている。周囲はスマートフォンを構えてばかりで誰も助けに入ってくれない。近くの交番にいた警察官たちですら尻込みしていた。


 牽制の魔法を撃って離脱するしかないとジニアが手を前に出した。


「はい、残念」


 眼前に槍のように尖った爪が迫りくる。

 距離が一瞬で潰された。それを理解した直後、ジニアの顔が鮮血に染まった。


「……え?」

「へぇ?」


 ”別の血”で、顔が紅に染まったジニアは顔を強張らせ、唇を震わせた。


 間に割り込んできた人物の腕が、切り裂かれていた。


「やぁ。こんばんは。赤志勇」

「よぉ。こんばんは。死ねよ」


 赤志の左正拳が獅子の腹に突き刺さった。


「うぉぉるぁぁ!!!」


 咆哮と共に拳を振り抜き獅子を吹き飛ばす。獅子は外まで吹っ飛んでいった。

 赤志がジニアを抱える。


「逃げるぞ!」

「待って! あの人も! 殺されちゃう!!」


 人差し指を女性に向ける。赤志は舌打ちして駆け寄り、女性を抱えた。


「生きてるか!? 生きてるな!?」


 虚ろな目で女性は首を盾に動かした。

 赤志はジニアと手を繋ぎ、女性を抱きかかえる。

 そして放電するような音の直後、赤志は人々の前から姿を消した。




ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ




 雨が降る中、仰向けに倒れていたジャギィフェザーはゆっくりと起き上がる。


「お、おい! お前何をしていたのかわかっているのか!」


 交番にいただろう警察官を無視して携帯を取り出す。


「もしもし? うん。ごめん、逃がしちゃった。でもさ、怪我の功名っていうのかな? いや、棚から牡丹餅?」


 ジャギィがニヤリと笑みを浮かべる。


「標的は今、赤志勇と一緒だ。隠れ家にいると思うから一気に潰しちゃおうよ。”あいつ”も使ってさ」

「と、止まれ!! 止まらんと撃つ────」


 警官は銃を取り出そうと腰に手を伸ばす。その手が空を切った。


「……あ、あれ」

「はいこれ」


 獅子が人差し指と親指で摘まんでいた銃を見せる。


「これでよく……獣人と戦おうなんて思えるよね」


 ジャギィの手のひらの中に、拳銃がすっぽりと入った。

 そのまま握る。メキメキと音を立てたあと広げると、砂になった拳銃が姿を見せた。


「10年前からキミ達は何も成長してない。本当……呆れちゃうよ」


 警官の頭の上に砂をまぶすと、ジャギィは高笑いしながら4番線へ向かった。


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