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藍島-1

 スマホが震えた。画面に本郷のメッセージが浮かぶ。


『またSSRだ』

『マジで引き運強いな。0.3%なんだけど、確率』

『藍島のデザインしたキャラが欲しいと思うと出てきやすい』

『物欲センサーぶっ壊れてんな』


 他愛のない会話だった。敬語を止めているため、やり取りはすでに友達のようだ。


『変わったことはないか?』

『何もない。毎回聞くな。心配しすぎだよ』

『悪い。何かあったら、少しでも怪しいと思ったら警察に連絡しろ。警護している刑事の連絡先も知っているだろう』


 テーブルに目を向ける。護衛をしている警察官の名刺が置かれていた。

 軽く言葉を返すとインターホンが鳴った。PCモニターの右下を確認する。


 2022/12/9。20:00。1時間前に頼んだデリバリーが来たのだろう。


 スマホをポケットに入れテレビインターホンに向かう。ピザ屋の配達員が映っていた。合羽を着てずぶ濡れだ。


『ぴ、ピザーノです』


 随分と顔色が悪い男性だった。藍島は返事をして用意した金を握りしめると玄関へ向かう。

 一応自分の格好を確認する。グレーパーカーにスウェットパンツ。色気もへったくれもないが人前に出てもおかしくない。


 ドアスコープを覗き込む。配達員がいた。


「はい、お疲れ────」


 ドアを開けた時だった。

 バン。という音が鳴った。

 視線を上に向けると、毛深く太い腕と鋭い爪がドアの内側に差し込まれていた。


「────っ!!!」


 目を白黒させながらも、一気にドアを閉めようとした。だが向こうの力は圧倒的だった。

 ドアが力任せに開かれ後ずさりしてしまう。


 巨大な影が頭を少し下げて部屋に入ってきた。ドアのサイズよりも大きく、天井に頭がつきそうなほど巨大な獅子が、こちらを見下ろしている。


「はいお疲れ~」


 獅子の後ろにいたスーツの男が配達員の肩に手を回した。


「進藤……!」

「これ。ピザの代金と口止め料。ピザは置いておいて。気をつけて帰ってね」


 真っ青な顔の配達員は藍島を一瞥すると踵を返して走り去った。遠ざかる足音と強くなる雨音を遮断するように、進藤がドアを閉める。


「やぁやぁ、藍島ちゃん」


 藍島は背を向け駆け出す。リビングに到達したところで獅子に腕を掴まれた。

 鋭い爪が細い腕に食い込む。


「いっ!! 痛い! 痛いっ!!! 離してっ!!」


 叫び声を上げながら身をよじり続ける。血が吹き出し痛みが全身を駆けた。

 抵抗は無意味だ。藍島は膝を折った。


「いやぁ結構やるなぁ。以前あんたに篠田澪の居所を聞いた時は見事に騙されたよ」


 肩で息をしながら視線を進藤に向ける。


 本郷たちが、神奈川県警の者が来る前に、進藤が来たことは伏せていた。理由は単純だ。自分が犯罪に加担しているのではと疑われるのが億劫だったからだ。

 仕事も立て込んでいたため職場に迷惑をかけるのは避けたかったというのもある。


 ピザを持っていた進藤は床に座って箱を開けた。


「ジャギィフェザー。ピザ食うか?」

「いらない。チーズが苦手なんだ」

「シーフードミックスだから平気だって。お、生意気にも低糖質生地。健康に気を付けるならピザなんか食べんなよ」


 進藤は笑いながら一枚頬張った。


 藍島は深く呼吸をする。

 派手に体を動かし、頭も振った甲斐があったというものだ。

 連中はポケットからスマホを取り出したことに気付いてない。


 スマホを体に隠しつつ画面を触る。画面ロックしなかったため本郷との会話ログが表示されていた。

 メッセージはダメだ。書く暇がないし返信が来たらバイブレーションでバレる。


 本郷のアイコンをタップし通話ボタンを押すと、スマホを尻の下に。これで音漏れも防げる。


「残念だ。正直に喋っていたら、こんなことをしなくて済んだのに」


 進藤に視線を戻す。


「……残念? 何が?」

「見た目がいいから店に沈めることも考えたけど、ダメだ。私をコケにしてくれた礼をしないと」

「殺すってこと?」


 頷きが返される。


「じゃあ……ひとつ言っておこうかな」


 ひとつ、と限定することで興味を引かせ会話させる。時間をかければ事態は好転する。その準備はしてある。大量のワードが脳内で渦巻く中、本郷との会話の中であったワードを掴む。


「「シシガミユウキ」だよ」

「あ?」


 相手の飄然(ひょうぜん)とした態度が一変する。


「何だ、突然」

「いいの? 私を殺して。澪がなんていうかな」

「あの小娘と「シシガミ」さんは何も関係がない」

「あるでしょ? だってあの子は「シシガミユウキ」のお気に入りなんだから。知らなかったの? じゃあ知れてよかったね。「シシガミ」さんに怒られちゃえ。ただでさえ椿って人殺されて、あの人怒ってんだから」

「お前、何を言っているんだ」

「来たよ。「シシガミユウキ」。ウチに」

「馬鹿言ってんじゃねぇ!!」


 進藤が前蹴りを放った。藍島の顔に革靴が減り込む。


「ぶあっ!?」


 悲鳴を上げ後ろに倒れるとジャギィフェザーの拘束が解けた。

 顔を押さえて身をよじる。


「幸一!! 何してるんだ!」


 ジャギィフェザーが困惑した眼を進藤に向ける。

 好機だ。体を動かし少しでも窓に近づく。


「お前みたいな小娘が「シシガミ」さんの名前を出すんじゃねぇ! 虫唾が走んだよ!」


 跨った進藤が胸倉を掴み右頬を殴る。


「がっ! う、うぇ……」


 鼻血がボタボタと零れ落ちる。腰の下からスマホの感触が伝わる。


「う……嘘じゃ、ない」

「あの人が他人を気に入るわけねぇんだよ!」


 明らかに反応がおかしい。ここまで激昂するとは予想外だった。次のワードは慎重に選ばなければ殺される。


「……自分も、含めて?」

「……なに?」

「あんたは、会ってたんでしょ? 「シシガミ」さんと。意外といい人間に見えたけど」


 藍島は「シシガミユウキ」と会ったことはない。ゆえに今の発言は賭けだった。


 人間、と言ってしまったからだ。


 もし「シシガミ」が獣人だった場合アウトである。


「……は。あれがいい人に見えんのか?」


 藍島は息を吐いた。本郷が探している「シシガミユウキ」は人間だ。


「そりゃそうか……ヤクザと、つるんでるくらいだもんね」

「違う。ヤクザだとか組だとかは関係ない。ただ私が、惹かれたんだ」

「惹かれてる?」

「目だよ。あの人の目は純粋で透明だった。透き通るあの瞳に惹かれたんだ」


 ヤクザである彼ですら魅了するような闇を抱えた人物。

 そこまでわかれば。


「充分ね」

「なに?」


 進藤は、藍島の視線が自分の背に向けられていることに気付く。


「本郷さん!! 今だ!!」


 進藤とジャギィが玄関に目を向けた。

 誰もいない。静かな空間があるだけだった。


「このアマ────」


 一瞬の隙。そこを突くように藍島の足が動く。


「どけクソ男ォ!!」


 膝蹴りが進藤の股間を強襲した。相手の体が硬直した。

 両手で押し飛ばし、拘束を逃れると窓へ向かう。後方にいる獅子は進藤が邪魔で距離を詰められない。


 窓の鍵は開けてある。藍島は窓を開けてベランダに足をかけ跳躍した。

 目の前に生えている木に飛び込む。雨のせいか緊張のせいか痛みのせいか。枝を掴む手が滑った。そのまま派手な音を立てて落下していく。

 地面に着地すると藍島は痛みを堪え、フェンスを越えて一般道に降り立つ。


「逃がすなジャギィ!!」


 背中にかかる声に恐怖心を覚えながら、おぼつかない足取りで逃げ出す。荒い呼吸を繰り返しながら大雨が降る夜を駆ける。


 裸足にパーカー、下はジャージ。スマホもなければ防寒具もなく金すらない。冷たい雨はこの絶望的な状況に相応しい。


 藍島はそれでも必死に頭を働かせた。

 脳内に真っ先に思い浮かんだのは、本郷の大きな、緑色のモッズコートだけだった。

 


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