本郷-9
12月5日。昨夜からずっと雨が降っていた。
本郷は車を降りてアパートに行くと、201号室のインターホンを鳴らす。
『はい? どちら様でしょうか』
「こんにちは、藍島さん。昨日お邪魔した本郷と申します」
『……ああ』
しばらくするとドアが開き、暖かい空気と共に藍島が姿を見せた。
ブラウンのワンピースルームウェアに、ラウンド型の黒縁眼鏡をかけていた。髪の毛も流れるように整えられている。昨日と違い理知的な印象を受けた。
「すいません急に」
「いやいいけど。なに?」
藍島はもみあげを触る。
「もう少しお話を聞きたく、篠田さんの様子についてもお伝えしたいと思いまして」
「ふーん。そっか。長くなる?」
「ここでも大丈夫ですよ」
藍島はクスッと笑った。
「こんな寒い日に立ちっぱなしにさせたりしねぇよ。入りな」
「では、お邪魔します」
小さく頭を下げて家の中に入る。暖房がついていた。
「機械の風は嫌いでは?」
「それは騙すための設定だよ。部屋が寒かったら帰りたくなるだろ?」
「なるほど。賢いですね」
藍島が歯を見せて笑う。若干歯並びが悪く八重歯が尖っていた。
「澪、どんな感じ?」
「元気ですよ。監視役の女性警察官と仲良くなったみたいで」
「コミュ力高いなぁ。あ、適当に座ってて」
テーブルの上にある物を手に取る。
「この黄色いガラス瓶……香水ですよね? 藍島さんのですか?」
「ああ。それ? 澪の。私の家で匿ってるときに置いてちゃって。コーヒー飲む?」
「ありがとうございます。香水、届けましょうか?」
「いいよ。ゴタゴタが済んだら帰ってくるだろ? そん時渡す」
和室に行き椅子に座った。今日は作業場の襖が閉められていない。
ゲーミングデスクにはデュアルモニターとペンタブが置かれていた。
「仕事中でしたか。申し訳ございません」
「いいよ別に。テレワークだし。イラスト描きながらでいい?」
「ええ」
藍島は筆を動かし始めた。
「聞きたいことが。篠田さんのスマホはどこに?」
「椿がここに澪を連れてきたあと、私が捨てに行った。希望ヶ丘。あっちの最寄り駅。知ってんだぜ私。GPSとかで追跡されるんだろ」
「機転が利きますね」
「ヤクザとかくれんぼするんだぜ? ガチよガチ。椿はさっさと行っちまったからさぁ」
トントンと、ペンでタブレットを叩く。
「てか、あんた本当刑事に見えない。格闘家とか言われた方が説得力あるよ」
「よく言われます」
本郷は藍島のペンを見つめた。
「そちらはイラストレーターでしたか」
「そ。今はキャラのデザインしてんの」
「見てもよろしいでしょうか?」
「……構わねぇけど、もし流出したらあんたじゃなくてもあんたが犯人だって言ってやるから」
「気をつけましょう」
本郷はスマホの電源を切ってテーブルの上に置き、両手を上げた。
「その気になればパンツ一丁になりそうだね。どうぞ」
許可が出たため見に行く。
扇情的な衣装に身を包んだ少女が描かれていた。谷間を強調できる胸の大きさにスレンダーなボディ。顔の半分をフェイスベールで隠している。
「踊り子ですか」
「わかる感じ?」
「上手ですね。人気が出そうだ」
「お世辞はいらねぇよ」
「申し訳ございません。そんなつもりはなかったのですが」
「……うそ。ありがと。嬉しい」
藍島はペンを動かし違うイラストを出した。
「本当はこういうロボット的な物描きたいんだ」
「少年心を擽りますね」
「あまりこういうの見なかったタイプ?」
「いえ。変身するスーパーヒーローよりも、合体ロボ派でした」
「わかってんじゃん!!」
嬉しそうに声を上げて本郷の腕を一度叩いた。
「あんたも絵描くの?」
「私が繊細な風景画を描くとでも?」
「ふふ。お花の絵描いてそう」
「今度描いてきましょうか」
「連絡先教えろよ。あ、プライベート用な。進藤が来たら教えてやっから」
願ってもないことだった。本郷はスマホの電源を入れ、LienのIDを交換する。
「ん? 名前これ、えんもち、って読むの?」
「はい」
「本名? 本郷縁持ってこと?」
「ええ」
藍島がスマホで口許を隠し、目許を綻ばせた。
「人の名前で笑わないでいただきたい」
「ごめんごめん! ちげぇんだ。メッチャ似合ってると思っただけだよ、縁持くん」
「馬鹿にしてるでしょう」
「ぜ~んぜん。あ、そうだ。このソシャゲやってよ」
「暇があったら」
「うわ、ぜってぇやんねぇやつじゃん。ダウンロードだけでもしてけって」
本郷は告げられたゲームの名を検索することになった。
「DDDMG」。「ディープダウン・ディアマイゴースト」という名前だった。
「……藍島さん。最後にひとつだけ」
「ん?」
「「シシガミユウキ」という名に聞き覚えは?」
一瞬面食らったような表情をした後
「……今流行りのお笑い芸人、だっけ? それ」
首を傾げながら、はにかんだ。
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本郷は部屋を後にし、BMWに戻る。その横に傘を差して立つ巨漢がいた。
「武中」
「よぉ。問題児」
大男が2人睨み合う。立ち昇る熱は雨を蒸発させるようだった。
「睨むなよ。喧嘩売りに来たわけじゃない。赤志の奴はいないのか?」
「目的達成しているからな。自宅で待機中だ」
「そっか。もし会うなら感謝してたって伝えといてくれ」
「……要件はそれだけじゃないだろ」
「ああ。情報が欲しい。篠田を匿っていた女と会ったんだろう」
「篠田のスマホは希望ヶ丘に捨てられている。それ以外、情報はない」
武中が見透かすような視線を投げる。
「お前は相変わらずおっかねぇな、本郷」
「何を言ってる」
「あの女が「シシガミユウキ」かもしれないと思って行ったんだろ」
本郷は頭を振った。
「進藤たちが来てないか、それとも秘密裏に情報を取り合っているか探っただけだ」
「どうだか」
武中は肩をすくめた。
「乗せてけよ、車で。神奈川県警《本部》まで」
「5万だ」
「金取んのかよ」
2人は車に乗り込む。
雨が本降りになろうとしていた。




