本郷-7
車を停める。運転席と助手席の間から顔を出し、カーナビの時刻を確認する。
12月4日。12時51分だった。
「着いたぞ」
「うん、わかった」
後部座席にいるジニアは小さく丸まり、紙を折り始めた。
「……よし。できた」
「行こうぜ」
フードを被り赤志は外に出る。2人が後を追う。
ジニアは折った紙飛行機を空に飛ばした。勢いよく一気に上昇していく。
本郷は眉間に皺を寄せる。
「なんで風もないのに垂直に上昇してるんだ、あれ」
「魔法の飛行機。簡単に言うと、センサーかな。魔力を探知すると私に教えてくれる」
「目には見えてねぇけどドーム状の結界を展開していると思えばいいよ。白空魔力に干渉しないよう細工しているから精度はかなり低いけど、大量の魔力を持つジャギィフェザーが入ってきたら余裕でわかる」
赤志が補足した。
「範囲は?」
「半径1キロくらい」
「ジャギィフェザーが来たらバレるんじゃないか?」
「かもな。でもそしたらあいつは逃げる。俺とは戦いたくないだろうし」
「なるほど。しかし便利だな。魔法は」
「誰かさんみたいに使うなって言わないの?」
「便利な物は使う主義だ」
一同は六浦駅近辺にある3階建ての木造アパートに近づいていく。
篠田澪の情報は朝方、飯島から共有されていた。
篠田は椿の彼女であり、結婚を間近に控えていたらしい。荒らされた自宅からは婚姻届と指輪が見つかっている。
『社会人2年目の会社員。交友関係も広くない』
顔写真が渡される。たぬき顔で目許がクリッとして可愛らしく、アヒル口だった。
『マッチングアプリを使って椿と出会ったらしい。出会って半年で結婚だから、相当べた惚れだな』
『で、どこを調べればいいんすか?』
『高校時代から仲のいい友人がひとりいてな。その人から話を聞いて欲しい』
本郷は郵便受けを確認する。203に目的の人物の苗字があった。
階段を上がり203号室の前に立つとインターホンを鳴らす。
『……はい』
随分と声が籠っていた。
「お忙しいところ申し訳ございません。私、神奈川県警の者です」
インターホンに備え付けられているカメラに手帳を見せる。
「篠田澪さんの件でお聞きしたいことが」
通話が切れた。拒否されたのかと思ったが玄関が開いた。
相手の恰好を見て、本郷は思わず目を剥いた。
大きいサングラスに黒いマスク。
明らかにサイズのあってないダボダボのダッフルコート。しかも袖はボロボロ。
茶色に染めた長髪はグシャグシャで、適当に結んだサイドテールが虚しく揺れている。身長は165センチほど。
一言で表すなら変人だった。
「だれ」
甲高い。女性の声だ。
「藍島恵香さんですか?」
「そうだけど? また警察?」
相手は本郷を見て失笑した。
「その見た目で刑事って」
「よく言われます」
女性は赤志に対し顎をしゃくる。
「そっちの怪しい奴と……子供、はなに?」
「協力者です」
「協力者だ? 怪しすぎんだろ」
「ごもっともです。ですが決して怪しい者ではありません」
「信用したくねぇなぁ……まぁいいよ。話せることないし。澪とは就職してから会ってない。連絡も取ってない」
「それ以外のことも聞きたいのですが、よろしいですか?」
藍島は舌打ちした。
「5分だけだ。入れよ」
本郷は小さく頭を下げ中に入る。
殺風景な室内は冷えきっていた。テーブル、座布団、カーペット以外何もない。エアコンも起動していない。
体重のある赤志や本郷が一歩踏み出すたびに床が軋んだ。
リビングと繋がっている襖に目を向ける。微かに光が漏れていた。
「そっちは私の作業部屋の和室だから。覗いたらぶっ殺す」
「警察(私)に使わない方がいいですよ。その言葉」
藍島は「知るか」と言って座布団に座った。本郷も対面に座る。赤志は座らず、壁に寄りかかり腕を組んだ。
「キミは?」
ジニアに向けた声色は優しかった。
「え、えっと」
ジニアは本郷の隣に正座した。
「床冷たいだろ。ほら。足崩していいから」
「あ、ありがとうございます!」
座布団を渡す。ジニアは嬉しそうに礼を言った。
「……随分と可愛い協力者だな」
「そして優秀です。暖房はつけないのですか?」
「嫌いなんだよ。機械から出る風はなんか気持ち悪い。筆が鈍る」
「物書きなんですか?」
「どうでもいいだろ。聞きてぇのはそういうのか?」
「単刀直入に。篠田澪さんはどこに」
「あぁ!?」
藍島が片膝を立てた。
「だから知らねぇっつってんだろ。それ以外聞くんじゃなかったのかよ」
「篠田さんの事情は知っておりますか?」
「……知らねぇけど」
本郷はテーブルに目を向ける。ライターとティッシュ。それと香水が置かれていた。
「連絡も取ってないらしいですね」
「見せようか? 2年前で止まってるから」
スマホを差し出してくるが無視する。
「私が来る前に誰か来ましたか?」
「神奈川県警の連中だけだよ。あんたと同じようなこと聞いてさっさと帰った」
本郷は一瞬眉根を寄せる。
「同じようなことを聞く様で申し訳ございません。篠田さんとは仲が良かったんですよね?」
「高校と大学同じだったからな」
「なるほど。もう一度聞きますが、篠田さんが今どんな状況か知らないと」
「しつけぇな。知らねぇって」
「私たちの前に来た警察の者たちは何も言ってないと」
「ああ」
「このままだと殺されますよ。彼女」
赤志が目を見開いた。
「え!? 言っていいのかそれ」
声が室内に反響した。
藍島の動作が止まる。サングラスにマスクをしているため表情はわからないが、絶句しているようだ。
「どうやら裏社会の者と深く関わっているらしく」
「だからか。くそっ。なんで澪も関わってんだよ」
不快感を露にした瞳を本郷に向ける。
「けど私が喋れることは本当にねぇんだ。悪いけど」
「いえもう結構です」
本郷がすっと立ち上がる。
「隣の202号室にいますね? 篠田澪さん」




