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進藤-1

 12月4日。朝。

 目を覚ましたら即座にコーヒー。これが優雅な朝を過ごす絶対条件だ。


「映画とかドラマって異世界にあるのか?」


 湯気が立ち上るコップを唇に持っていきながら、進藤は聞いた。


「あるよ」


 白煙の向こう側にいる獅子は淡々と答えた。


「なんでそんなこと聞くの」

「興味さ。俺は異世界に行きたかった”難民”のひとりだったからね」


 窓際に立ち、日の光で鬣を照らす獅子は”いい絵”だった。写真に撮ってスマホの壁紙にしたいくらいだ。


「そんなに行きたかったんだ」

「まったくの別世界だぞ? 行きたくなるだろぉ。ワクワクしかない」

「あなたは子供みたいだ」

「褒めてくれるな。だがジャギィフェザー。キミには少しガッカリだ。赤志勇が来た途端、尻尾を巻いて逃げるだなんて」

「赤志は強い」


 獅子は噛みつくように言った。


「もし異世界で彼と対峙したら、僕は腹を見せて謝って命乞いをするよ。昨日は市民を盾にするっていう彼の弱みに付け込んだから、逃げることができたんだ」

「随分と肩を持つじゃないか」

「彼は獣人(僕ら)を救ってくれた恩人だからね」

「……敵対していること、忘れてないよな」


 薄い笑みを獅子に向ける。瞳には微かに怒りが込められている。


「安心して。その時が来たら首を噛み砕く。切り替えはしっかりする。”今残っている獣人たち”も、同じ気持ちだよ」

「そうかい。期待しているよ。”兄弟”」


 リモコンを手に取りテレビをつける。左上に表示された時刻は8時2分だった。


『昨日起こった列車暴走テロ事件に関して、警察当局は暴力団関係者並びに反ワク団体「グリモワール」が主犯格であることを明らかにしました。警察関係者は「グリモワール」をテロ組織と同等の扱いとする、と発表し、各地でのデモを禁止し、組織を解体するよう呼び掛けております』


 画面が切り替わり昨日のたまプラーザ駅上空映像が映される。多くの野次馬に救急車や消防車が待機していた。


『騙されないでくれ!! こいつら国家の犬はワクチンの危険性を隠蔽している!!

 打った者は3年後に確実に死ぬんだぞ!!!』


 再び映像が切り替わる。機動隊と魔法使いのコスチュームに身を包んだ男同士が怒鳴りあっていた。


「シュールな絵面だ」


 一歩間違えれば漫才をやっているようだ。ただ、本人たちはいたって真面目であり、その表情は鬼気迫るものがある。


『暴れるな!!』

『おいなんだよこれ! 頼むよ話を聞いてくれ!! なぁ! なんで、なんでことに……どうして……!?』


 制圧姿勢で取り押さえられながら、「グリモワール」の男が泣き喚いていた。ずり落ちたトンガリ帽子が変な笑いを誘った。

 映像がスタジオに戻る。


『常軌を逸した反ワクチン団体「グリモワール」の活動に、世間からは怒りの声が上がっております』


 続いて「グリモワール」に対する批判的な声がピックアップされ、インタビューを受ける一般人の映像が流れていた。全員が腹を立てているのが鋭い目付きになっている。中には声を荒げる者もいた。


「最高の見世物だな。反ワクの連中はすぐに宗教にハマりそうな奴ばかりだ。Lien(リアン)にいる医者やら有名人やらが少しワクチンを疑っただけで、奴らはイナゴのように集まって危険性を説く。これほど有能な”スピーカー”はそういない」

「ただ今回はやり過ぎだったんじゃない? これだけの大事件だ。もう表立っての活動はできないでしょ」

「使える手駒はまだ残ってるさ」


 画面が切り替わり、ワクチンの破壊活動問題に関する報道が流れた。その後スタジオに映像が戻る。


『プレシオンなのですが、それほど危険なワクチンではないと黄瀬悠馬氏は発表してますね』


 キャスターがスタジオにいる、魔術研究所「ノット・シークレット」に勤める女性の専門家に聞いた。


『はい。前回のワクチンと違い、重篤な副作用が発生する心配はありません。接種した直後、体が一瞬火照るくらいですね』

『発熱するとか、吐き気が襲うなどは』

『ありませんね。アナフィラキシーショック症状が出るといった問題も確認されてません』


 進藤は鼻で笑うとワークデスクに近づきノートパソコンを開く。日差しが強くなった。進藤の部屋が明るく照らされる。


 山手本通りにある一軒家は豪邸と言っても差し支えない。一歩部屋に入れば、いの一番に「綺麗」という感想が飛び出るだろう。白を基調とした清潔感漂う優雅な空間は、進藤ひとりで住むには広すぎるくらいだ。


「準備は整っているな。いい子たちだ」


 メールボックスの中身を見て口許に薄い笑みを浮かべた。


「そういえば「シシガミ」さんは何て言ってるの?」


 進藤は自嘲気味な笑みを浮かべた。


「「自由に動け」と指示されてから、それっきりだ。これだけ派手に動いても連絡ひとつない。まぁ、計画が上手く行けば自然と落ちあえるさ」

「何も言ってこないけど、彼が裏切りとか」

「するわけがない。向こうが裏切る意味が無い」

「たいした信頼関係だね」

「お前と赤志みたいなものだ。私も「シシガミユウキ」には尊敬の念を抱いている」


 タッチパッドを触りカーソルを動かす。メールを開き貼られていたURLをクリックする。


「やっぱり一目でわかりやすいデザインはいいな」


 満足そうに頷く。ジャギィフェザーは首を傾げた。


「見たいか? 見ればわかる。だがその前に、ジャギィ。キミに質問がある」

「ん?」


 進藤は自分の首元にトントンと、軽く手刀を当てた。


「自分の命に値段をつけられるか?」

「難しいけど日本円で1000万くらいにして欲しいな」

「あはは!! 安いな! インパクトにかける! いや、キミが殊勝なのかな」

「なら、幸一はいくらにするの?」

「そうだな。自分の命に値段をつけるなら」


 進藤が再びパソコンに向き直り、キーボードを叩く。


「10億だ」

 

 パソコンを持って画面をジャギィフェザーに見せる。


 獅子の瞳に「懸賞金」という文字が映った。


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