赤志-6

「ここがお前の部屋か。いい場所に住んでいるな」

　夜景を堪能しているのか本郷は穏やかな表情だった。その隣にジニアが立っている。

「本郷さん」

「ん？」

「大丈夫？　気にしない方がいいよ。本郷さんが無能だなんて、誰も思ってないし」

「平気だ。ああいう手合いは慣れてる。ありがとう、ジニア」

　飯島がその後ろ姿を見つめながら「親子みたいだな」と小さく呟いた。

　一同は鶴見のタワーマンション、赤志の自宅に来ていた。

「贅沢だよなぁ。やっすいマンションに暮らしてんのが情けなくなってくらぁ」

　子猫の権三郎を撫でながら飯島は溜息を吐く。

「源さんのお隣さん、お子さんが生まれたんでしたっけ？」

「そうそう。6人目だぜ？　偉いよなぁ」

「んなことどうでもいいんだよ」

　世間話が始まりそうだったため会話を切るように口を挟む。

「あの柴田とかいうババアなんなんだよ」

「柴田警視はキャリア組の優秀な警察官だ。29歳にして警視。不祥事が嫌いな正義感溢れる、神奈川県警の中で注目を集めている女性管理官さ」

「ただの煽り屋だろ、あれ」

　本郷はスマホを手に取る。12月3日、土曜日。時刻は22時を回っていた。

　赤志は頭を掻きむしる。

「確かに魔法使ったのは悪かったけど、なんでこんなひっでぇ扱いされなきゃいけないわけ？」

「いいや、慈悲深いぜ。どっかの警察署でお泊まり会になってないだけな」

「お泊まり会？」

「情報共有という体で缶詰にされるぞ。問題児の本郷、異端児の赤志、違反者のジニアが相手だ。10時間は動けないだろうな」

「退屈で死ぬわ」

「小柳課長にはちゃんと話通しておいてるから、安心しろよ、本郷」

　本郷は小さく頭を下げた。

「つうか、あんたら落ち着いてんなぁ。優雅に茶ぁ飲みやがって」

「美味いよなぁ本郷」

「ええ」

「……入れちゃダメだった？」

　お茶を用意したジニアは悲し気に目を伏せた。

「尾上さんが来客の時はこうするんだって教えてくれたから」

「い、いや、ジニアは悪くねぇよ。気にしないで」

「赤志くん怖ーい」

「もっと心を広くするんだな、赤志」

「んがっ……くそ。俺だけイライラして馬鹿みてぇだ」

「俺らは大人だからなぁ。本郷」

「いえ。自分はまだまだガキです。心の中は、激怒してます」

「でもアカシーサムと本郷さんは、一番頑張ってたと思う。犯人は捕まえられなかったけど」

「その考えは改めた方がいいな、ジニア」

　本郷が言った。

「暴徒の鎮圧、現場の封鎖、野次馬の規制、報道関係者への説明、暴徒からの事情聴取……あの現場にいた者も、今働いている者も、全員が頑張ってる。俺が電車に乗れたこともキミたちが動けたのも、皆が援護してくれたからだ」

「……かも……だけど」

「まぁ結局は過程より結果が求められるんだ。だから目立つ者は矢面に立たされている。結果この体たらくだ」

「だから過程を認めている相手同士、愚痴をこぼしているってわけ」

　飯島がクツクツと笑う。

「赤志もジニアも頑張っていた。笑われる義理はない」

　本郷は力強く言った。ジニアはじっと、本郷を見上げた。

「ありがとう。本郷さん。元気出た」

　赤志は渋面になりソファに寝転がった。

「んじゃ仕事の話をしようか」

　まったりとした空気を正すように、飯島が手を鳴らした。

「何話しても大丈夫だから」

　赤志が天井を指差す。

「部屋の監視カメラと盗聴器は全部細工してある」

「そりゃありがたい。まず、たまプラーザ駅で電車が止まっていた件に関してだが」

　飯島は自身のタブレットを起動する。

「電車を止めた運転士は「グリモワール」の一員だった。意図的に止めて大事故を起こそうとしてたらしい。立派なテロ行為だよ。付近にいた「グリモワール」共は確保。誰一人逃げ出さなかった……主犯格だろう進藤と、獣人ジャギィフェザーは逃亡」

　全員が飯島の近くに集まっていた。

「ちょ、離れろ。これ外部出力するから。赤志。テレビをつけてくれ」

　モニターの電源を入れてると飯島がタブレットを操作する。大型モニターに捜査資料が映し出された。被害者や事故の規模が書かれており、昔捕まった時の進藤の顔写真も載せられていた。

「進藤は薬を売りたいのでしょうか。椿が持っていたバッグを持って逃亡したのを見るに」

「わかることは、野郎がトリプルMを所持して接種しているってことだ」

　赤志は確信を持って言った。

「紅血魔力(ビーギフト)が不自然に膨張したのを見た」

「あと暴徒の中にもいる。魔力測定器(テンプレート)を使ったから確かなはずだ。進藤は薬を連中に売り捌いていたのかもな」

「だから薬が足りなくなった？」

　本郷は顎に手を当てる。三鷹組がトリプルMを持っている痕跡はなかった。

　

「進藤は何故来た。あんなわかりやすいブラフに引っかかる奴か？　椿を殺すのが本当の目的か？」

「……もしかして、椿さんは持ってたのかな？　トリプルM」

　ジニアがボソッと言った。

「だから進藤って人は来たのかも。本当に薬を渡してくれると信じて」

　本郷はジニアの言葉に頷きかけた。

　椿は三鷹組の潜入捜査官であり、若頭の候補まで名と顔が通ってしまっていた。もしかしたら警察に話してないことがあるかもしれない。もう聞き出すことは叶わないが。

　飯島が苦い顔をする。

「次にお前たちの処分と、これからについてだ。まず、3人は本件から外される。ただ赤志とジニアちゃんは、まだ、警察と協力関係ではある。武中が擁護してくれてな」

「あの人か。見た目怖いけどいい人なのかな」

「義理人情に厚い男だぞ。お前に命を救われたと感謝していた。あと、楠美も」

「……マジで？」

「あいつの頭はそこまで固くない。赤志たちの力は必要だってちゃんと思ってるのさ」

　赤志は口に笑みを浮かべて首の後ろに手を回した。

「そして全員、謹慎処分にはなってない。だからお前たちは別件を担当してもらう」

「別件？」

「ある人物を探し出してほしい」

　飯島が声のトーンを落とす。

「さっきジニアちゃんが言っていたことな、”アタリ”かもしれないんだ。椿が進藤と同じクスリを持っている可能性が出てきた」

　顔の前で両手を重ねる。

「駅で椿が進藤と接触した時、胸ポケットに仕込んだピンマイクが奴の声を拾った。「クスリの在処を知ってるなら言え。お前の女を殺すぞ」ってな」

　あの時、椿が怒った理由はそれか。クスリを独占しようとしたのか、身内を守ろうとしたのか。

　それで抵抗の意思を示したから、殺してボストンバッグを奪ったのか。中にブツが入っていると信じて。

「警察は椿の彼女が、クスリの場所を知っているかもしれないと睨んでる。だからすぐに身柄を保護しようと住所に向かった。が一手遅かった。部屋はすでにもぬけの殻、荒らされていたよ。拉致されたかもしれん」

「それを見つけろと」

「それが最優先だ。もし調査中に進藤らを見つけたら」

　飯島が拳を見せる。

「ぶっ飛ばしてふんじばってやれ」

「承知いたしました」

「了解！　よし！　明日から動こうぜ」

「うん！」

「元気だねぇ。ただ、今日はもう休みな。ストレスも溜まってるだろ」

「源さん、俺は」

　駄目だ、というように頭を振った。

「今日はもう資料作成すら、お前に振る仕事はないよ。外だけじゃなくて、ちゃんと中身の傷も癒せ。じゃあな。あとは俺に任せな」

　飯島はそう言って、部屋を後にした。

　沈黙が流れ、本郷は無言でその場を去ろうとした。

「待てよ。本郷」

　赤志は呼び止めると立ち上がり、冷蔵庫に向かう。

　中から以前買ってきておいたビール缶を取り出す。

「ちょっと話そうぜ」

　本郷は、否定しなかった。