武中-2
「進藤はあざみ野駅周辺にいるんだな!? 馬鹿野郎! 恐らくとか言ってんじゃねぇぞ!」
助手席に座る武中は弾を込めながら声を荒げた。車のアクセルを踏んでいるのは境だ。
車が鶴見川を越える。
「相手は徒歩で逃亡中だな。わかった。無理すんな。不用意に仕掛けんなよ」
無線を切り変え各警察署に応援要請をする。すぐに来るのは難しいと返答された。暴走列車と暴徒鎮圧の方を重視しているからだ。
境が片眉を上げる。
「進藤の野郎。獣人と動いてるってことは……三鷹組の”兵器”って」
「恐らくそうだろうな。極道(バカ共)の新たな武器は獣人だ。海外から仕入れる粗悪なコピー銃よりよっぽどタチが悪い。だが、どうやって手に入れやがった?」
「「シシガミユウキ」ですかね? 魔力を増強させる麻薬を持っているということは、獣人とツテを持っているかもしれない、って言われてるじゃないですか」
「三鷹は「シシガミユウキ」と繋がりがあるのか? それとも進藤自身が」
通信が入った。
『ボス! 進藤と獅子人があざみ野ガーデンズを越えました!』
「わかった。重ねて言うが先に発砲するなよ。住民がいる場所と住宅街でチャカぶっぱなしたら始末書と請求書こっち持ちだ」
銃弾がマンションや住宅の壁を傷つけた場合、修理費は警察負担になる。ただでさえ金がない組織なのだ。無駄な出費はしたくない。
「横浜総合病院の方から回り込んで挟み撃ちする形にしろ」
パトライトの赤い光が周囲を照らしサイレンが鳴り響く。武中はバックミラーを確認する。クラウンパトカーが追従するように4台。
「こりゃ足りねぇな」
苦笑いを浮かべる。車両4台で獣人は止められない。応援が来るまで命懸けで時間を稼ぐ必要ができた。
「境。俺に何かあったら」
「わかりました。一目散に逃げます」
「……そこは一緒に死にますとか、死んでも援護するとか」
「武中さんと心中とか何の冗談ですか。俺は愛する奥さんの隣で死にます」
横浜総合病院を右手に通過し大通りに出る。視線の先にパトカーの姿が確認できた。ボストンバッグを持つ進藤と、報告にあった獅子の獣人の姿も。悠々と横断歩道を渡っている。
信号を堂々と無視しすすき野公園前交差点に差し掛かろうとしている。幸いだったのは通行人や一般車の姿がなかったことだ。
「停車しろ。車を遮蔽物にして銃構えて呼びかけを────」
指示していた時だった。向かいから、一台のパトカーが突出しているのが見える。猛スピードで進藤たちに迫っていた。
武中は無線を手に取り怒号を飛ばす。
「馬鹿野郎! やめろ!! 轢き殺せると思うな! 距離を取れ!!」
必死の訴えも届かず、パトカーは止まらず獅子と接触した。
轟音と共にボンネットがひしゃげ後輪が浮き上がる。電柱にぶつかったような挙動だった。
武中は舌打ちした。進藤の隣にいる獣人が、遠目からでも目立つ獅子が、車を止めていた。
片手で。
獅子はクラウンパトカーを持ち上げた。空の2リットルペットボトルを持ち上げるように軽々と。
呆気に取られていると獣の眼光が射貫いてきた。
全身の細胞と神経が震え上がる。
「境!! 飛び降りろ!」
「は、はい!!」
車を止めると獅子が車を放り投げた。
総重量1500キログラム以上の鉄の塊が迫りくる。
動転しながらも2人は外に飛び出す。直後、停車した車にパトカーが突き刺さるように衝突した。轟音と共に破片が散らばる。追従していたパトカーは巻き添えを食らわないよう急停止する。
「バケモンが……!」
「撃て!! 撃つんだ!!」
怒気を含めた声が木霊する。パトカーから下りた警察官たちが車体に隠れながら銃を構える。
誰かが引き金を引いた。それを皮切りに発砲音が輪唱するかの如く重なる。
獅子は涼しい表情と哀れみを込めた瞳を向けながら右腕を上げた。
それが合図だったように、突風が吹いた。銃弾を掃った風は、目も開けられないほど圧を増し、折り重なり、渦を巻いて暗雲垂れ込める天に昇る。
武中含める警察官、遮蔽物であった車が浮き始める。
「……っ!!」
武中は近くの電柱にしがみついた。
街路樹や電柱も音を立て地中から引き抜かれんばかりに揺れ動く。
武中の両足が浮いたがそれでも離さなかった。後方から警察官たちの叫び声が聞こえ、遠ざかっていく。
突然発生したトルネードに巻き込まれないよう声も上げずに堪えていると獅子が腕を下ろした。
途端に重力が戻る。武中は突っ伏すように落下した。
「うわぁあああ!!」
「ぎゃあっ!!」
悲鳴と車のひしゃげる音が重なる。振り返ると、落下する車に押しつぶされる警察官の姿が映った。
進藤と獅子は悠々と佇んでいた。包囲は瓦解、部隊は壊滅。動ける車も人員もいない。
進藤が踵を返し、すすき野公園へと向かった。獅子もそれに続く。
一瞬しか見えなかったが、うすら笑いを進藤は浮かべていた。それが武中の逆鱗に触れた。
「待ちやがれっ!!」
単身後を追い公園内に足を踏み入れる。武中は背を向ける進藤に銃口を向ける。
「止まれ進藤ぉ!!!」
ハンドグリップを前後に動かし弾を装填する。今度は実弾が入っている。
12ゲージのフォスター型スラグ弾。大型の熊すら一撃で殺せる威力の弾だ。人間などひとたまりもない。
進藤と獅子は足を止め振り返った。
「武中警部じゃない。お疲れ」
「キサマ……隣にいる奴はなんだ。随分と風変わりなチンピラ連れてるじゃねぇか」
「あはは。武中警部の目はガラス玉かな? 百獣の王がハイエナに見えるらしい」
「幸一。もういいでしょ。早く逃げよう」
進藤が大きく息を吐き出し項垂れる。
「ジャギィフェザー。お前は無駄話の妙味って奴を知らないから駄目だ」
「醍醐味のこと? どうでもいいよ、そんなの」
獅子が両手を広げて武中に近づく。
「止まれ! 動くな!」
銃口を向ける。
「わかってるでしょ。僕にそんなものは通用しない」
「最後の警告だ! 止まれ!」
「やめよう。意味がない」
一歩、一歩と肩で風を切るように近づいてくる。
ショットガンの引き金を引く。銃弾が獅子の大胸筋に減り込む。
だけだった。
最強の破壊力と貫通力と飛距離を持つ弾丸は、獅子のスーツとワイシャツを破いただけに終わった。
武中は何発も弾を打ち込むが無駄だった。
「やめよう。ね?」
獅子が銃身を掴む。グニャリと、ショットガンの銃身が90度曲がった。
武中は呆然とそれを見つめるしかなかった。
獅子が目を細める。仕留めた獲物を吟味するようであった。
「へぇ。結構あるんだね」
「どうだい、ジャギィ。私の出番かな?」
「まぁ、いいんじゃない?」
武中は視線を切れなかった。指一本も動かせない。僅かな動作で相手がこちらを仕留められることを察していたからだ。
そんな武中を嘲笑うように、進藤が寄ってくる。
「追いかけなければ殺さない。けど、そういう人間じゃないだろ、あんた。仕事熱心なのも考えものだねぇ」
進藤の手が広げられ武中の顔を掴もうとした。
その時だった。
曇天が出血したように真っ赤に染まった。
進藤の腕を掴みジャギィフェザーが飛び退いた。かと思うと武中の隣に砂塵が舞った。
「うぉ!!?」
両手で顔を隠す。何かが落ちてくる影だけは見えた。腕を下ろし原因を確認する。
「あ……赤志、勇」
拳を握り、怒りの眼を獅子に向ける赤志がいた。血のように赤い髪が、風で炎のように揺らめいていた。




