表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/117

本郷-3

 赤志はキャスター付きの椅子を動かし本郷に近づく。


「何あの美人さん。一日署長的なモデルさん?」

「モデルではありません」


 美女が赤志に切れ長の目を向ける。

 艶のある長い黒髪。力強いシャープな目許とシュッとした顔立ちが特徴的な、高身長の美人。


「捜査一課の楠美です。初めまして、赤志勇さん」

「……はじめまして」

「そう固くならないでください。年も近いので」

「ん? 年が近い?」

「ええ。確か、22歳でしたよね? 私も今年で25なので」

「マジかよ。30近いと思った」


 本郷の肘鉄が赤志の腹に叩き込まれる。


「うごっ!!」

「悪い。こいつ、礼儀知らずでな」

「……構いませんよ。年増に見られるのは慣れてますので」

「楠美、なんでここに来た? 情報共有なら俺の方から────」

「調査の協力者と顔合わせできればと思いまして」


 楠美が鋭い視線をジニアに向けていた。


「は、はじめまして……」


 楠美はジニアの挨拶を無視した。険悪な雰囲気が漂うと飯島がそれを裂くように口を開く。

 

「一課は三鷹組だけじゃなく、福澤組の方も危険視してる。まずこの事件、何が原因で引き起こされたか。金銭関係の物は紛失していない。が、近場にはスマホが砕かれて捨てられてた」

「あと、ある物がない」


 楠美が続けた。


「……なにそれ?」


 気付いていない赤志とジニアは資料を覗き込むように見る。


「別所と鈴木はどちらも薬物の”常習犯”だ。致死量というものを熟知してる。死ぬくらいの量を接種するとは思えないんだよ」


 本郷は司法解剖の結果に目を通す。


「使用された薬物の詳細は”不明”。似たような薬物は候補に挙がってるが、新薬かもしれん」

「なぁなぁ。紛失した物ってなに?」

「考えてみろ」

「んなぶっきらぼうに言うなよ」


 赤志はふてくされながらも現場写真をジッと見つめ始めた。

 テーブルと床に散らばった注射器、粉、血痕。

 傷ついた被害者たち。財布あり。

 スマホは粉砕されている。


「ヒントだ。薬物は副作用が辛いから使い続ける」

「なんだよそれ。クイズじゃねぇんだぞ」

「あ」


 ジニアが声を上げた。


「”薬”……? 紛失したものって」

「そうだ」


 本郷が渋い顔になる。


「薬物使用者……特に使用歴が酷い連中は、禁断症状を抑えるために、薬を持ち歩くことが多い。精神的余裕をもつためにもな。そして現場は家の中で見知った者同士しかいない。警戒することなく薬を使える。だが別所や鈴木は麻薬常習犯なのに薬が見つからなかった」

「部屋の中からもです」


 楠美が補足した。

 車の中や知り合いの家は、薬物を隠しておく絶好の場所だ。何も出てこないというのはおかしい。本郷はジニアに資料を向け、テーブルの上に人差し指を置いた。赤志も立ち上がり、覗き込む。


「ここを見ろ。粉の部分。直角になっているだろ」

「本当だ」

「”何か”がここに置かれていた。考えられるのは箱状の物……アタッシュケースとかだな」

「ってことは、現場に別の誰かがいて、それを持ってったってこと? じゃあこれってもしかして、何かの取引の最中だった?」

「その可能性が高いです」


 楠美が口を挟む。


「頭髪や指紋などは見当たりませんが、真犯人がいてもおかしくありません。その者は3名の殺害と薬物の回収を目的としていた、と考えられます」


 赤志は顎に手を当てた。


「別所と鈴木はヤクザだからわかるけど、浅田は? コイツも薬物を使っていたの? 楠美……さんはどう考えてんすか?」

「交友関係を漁りましたが接点がありません。なので浅田は売り子、というのが考えられます。浅田の経歴は神奈川大学に通う大学生で、父親が病気で入院中です。入院費を稼ぐために薬物を受け渡すバイトをしていたのでしょう」

「母親は?」

「幼い頃に他界して以来、父親と2人暮らしです。金を稼ぐ動機は充分にあります。また、浅田は薬物の使用歴がありません、無理やり薬を打たれながらも逃走、薬で生命活動を維持し切れたと同時に死亡した。などが考えられます」


 資料には、浅田の紅血魔力(ビーギフト)量が過剰な数値を示している旨が書かれていた。


「魔力暴走か」

「使用された薬物は恐らく紅血魔力(ビーギフト)を増幅させる「トリプルM」。ケースの中身がそれだとしたら、迅速に犯人を確保しなければなりません」


 楠美が眉根を寄せた。


「政府がなぜ、人間から魔力を無くそうとしているのか。「魔力暴走事故」を防ぐためというの一般的な考えです。ですが本当の理由は、魔法を兵器にした新たな戦争を引き起こさせないためです。魔法の力は、この世界のバランスを崩します」


 赤志は冷たい目を楠美に向ける。


「だからアメリカには、魔力が多く暴走も起きない魔法の才能がある者たち……狩人(ヤークト)を管理する施設がある、か」


 吐き捨てるように言って椅子に座る。


「赤志、本郷。そしてジニアチェイン。3人には、犯人確保ならびに紛失した薬物の確保を手伝ってもらいたい。これを追えば「シシガミユウキ」に近づけるはずだ」

「犯人の目星は?」

「もちろんつけてる。名は進藤幸一(しんどうこういち)。三鷹組の若頭補佐。過去に違法薬物売買で逮捕されている」

「そいつをとっ捕まえればいいんだな。了解」

「……赤志。ひとつ聞いていいか?」

「んだよ本郷」

「もしだ。もし、魔力(ギフト)が増幅して、強力な魔法が扱えるようになったらどうなる」

「……あ~、発動しちまうかもな」


 赤志は溜息を吐くようにその名を呟いた。


「”ブリューナク”」


 普通に生きていれば聞きなれない単語。

 しかしこの言葉は今、この世界において、禁句とも呼ぶべき単語だ。


「赤志、ジニアは”ブリューナク”と魔法はなるべく使用しないでくれよ」

「わかってる。前者に関してはおいそれと使えないですし」

「もし使ったらどうなる? お前たちだったら魔力暴走もしないだろ?」


 飯島が興味深そうに聞いてきた。この世で”ブリューナク”を扱えるのは獣人と、赤志と、狩人(ヤークト)の一部だけ。


「わ、私はまだ、全力で使ったことがないからわからないです」

「俺もだ。異世界ですら全力で使ったことはないっす。けど、もし全力出したら────」


 小首を傾げる。


「地球、真っ二つに割れるかもな」


 大それたことを、あっけからんと言った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ