赤志-1
11月26日、土曜日、夕方。
『あの魔法は警察の訓練であり、赤志さんは監視役だったと』
『その通りです。あの少女と魔法に危険はありません』
記者からの質問に対し、神奈川県警警視総監の神宮が答えた。
真実と嘘を交えながら。
『海外にならい獣人を警察組織などの行政機関に組み込めるかどうか。日本ではその試験運用が始まっております。昨日はその試験運用です。近々、横浜では「レイラ・ホワイトシール」さんのイベントもあるので』
神宮はカメラ目線になる。
『今回の一件を見てわかる通り、赤志勇さんはレイラ・ホワイトシールさんとは違うアプローチで積極的に人類のために働くと意思表示しております。どうか見守っていただければと思います』
画面が切り替わった。
『昨日の詳細を知り、立てこもり事件を解決した赤志勇さんの活躍に、SNS上では賞賛の声が集まっております』
好意的な言葉の数々が紹介される。このうちの何割がサクラなのかは知りたくない。
画面が切り替わった。赤志は目を見開く。
【お】
雑誌発売のインタビューを受けている獣人が頭を下げる映像が流れる。
金剛石すら劣るような輝きを放つ、美しい銀のウルフボブが目に入る。後ろ髪が長く一本に纏められており、毛先にはパーマがかけられていた。
顔立ちは精緻な人形のように整っている。くりっとした目許に薄い桃色が艶めく唇。
宝石が埋め込まれているような見事なサファイアとルビーのオッドアイ。
両世界の架け橋であり、”異世界の歌姫”。
天国に至れる歌声と称されるアイドル。
レイラ・ホワイトシールがそこにはいた。
記者からの質問に対し、鈴が転がるような可愛らしく、それでいて凛とした声でレイラは答えた。
『赤志勇さんは、私の住んでいた世界を守ってくれた英雄です。こちらの世界でも彼は、いつも通り、世界を救うような活躍をしてくれると信じてます』
レイラは一度息を呑んだ。
『彼は、とても優しいので』
微笑みながら言った。
赤志はテレビから視線を切った。
LienLivreのタイムラインを確認する。
賞賛が相次ぐコメントの影で、立てこもり犯に対する容赦のない誹謗中傷も集まっていた。
『後日には問題ないよう処理する』
飯島の横顔が脳裏を過ぎった。
隣に目を移す。ジニアが子猫と遊んでいた。少し疲れているようだ。昨日あんなことがあったから当然か。
タキサイキアの爆発を避けたあと、奇妙なことが起こった。
公園に降り立つと、肉片はおろか血も服の欠片も見当たらなかった。
戦闘の痕跡があったため幻だったということはない。
あの爆発は逃げるためのものだったのか。それとも本当に死んだのか。
渋面になる。もし瞬間的に死体が回収されたと考えても、誰が、何の目的で。
心当たりは、”ある”。
だが”それはありえない”。
”絶対にだ”。
結局、タキサイキアの生死は不明という事実に帰着する。
「あ」
ジニアが声を上げた。子猫が赤志の膝の上に乗った。顎を撫でると目を細めた。
「そういや名前は?」
「権次郎にすることにした。だからゴンちゃん」
「じゃあ最初からゴンちゃんでいいじゃん」
子猫がニャーと鳴いた。
『───病院内保管庫に警備員が侵入し、プレシオンを強奪、破壊したという事件が発生しました。これにより病院側はワクチン20バイアル、200回分を廃棄処理すると発表しました』
男性のニュースキャスターが言葉を止めると画面が切り替わる。
『「プレシオン」開発の協力会社である六面共産社長、黄瀬悠馬氏は、以前のワクチンよりも安心で副作用に関しても問題がないことをアピールしております』
画面にグレーのスーツを着た男が映る。
癖毛風パーマの黒髪に口許と顎にある髭。酷い目の隈。
清潔感がなく研究員には見えない。ただ少し丸っとした顔にそのスタイルはよく似合っていた。
『国民の皆様がワクチンに対し懐疑的であることは把握しております。ですが「プレシオン」は製薬大手会社である「六面共産」、並びに政府が運営する魔法研究所「ノット・シークレット」の共同で開発された最新ワクチンです。臨床実験を繰り返し安全であることは証明されております』
黄瀬は息を深く吸った。
『プレシオンは紅血魔力を一時活性化させ、白空魔力に変換し、呼吸と共に体外に放出します。その後、魔力を吸引できなくなり、増えることはありません。完全に紅血魔力を消すことは不可能ですが、魔力暴走事故が起きるほどの量を溜めることは不可能になります』
拳を握って力強く発言した。まるで演歌歌手のようだ。
画面がワクチン接種者のグラフを映す。
『全国の接種率は4割以下。特に若い年代の方々が摂取しておりません。摂取しやすいよう、今後ワクチンを様々な形に変え対処していこうと思います。まずは錠剤型を計画しており────』
玄関のドアが開いた。買い物袋を持った尾上が入ってくる。
その後ろには、見知った男がいた。
「ただいま」
「おかえり、尾上さん。それと、飯島」
「やぁ。こんにちは、赤志さん」
相変わらず悪巧みしているような、ニヤついてた笑みを浮かべていた。
ΘΘΘΘΘ─────────ΘΘΘΘΘ
「お前の監視員担当、頭にきてたぞ」
尾上が鋭い視線を投げた。テーブルを挟んで対面に赤志は負けじと睨み返す。
「魔法は極力使ってないし、あんたに学んだことも活かしたんだけど」
「まず争うな」
尾上は額に手を当て溜息を吐いた。
「いやぁ。それにしても広い」
ソファに座る飯島は部屋を見回していた。
「角部屋から3部屋ぶち抜きだなんて。贅沢なことで」
「あんたは何の用で来たんだ」
「昨夜未明、通報がありましてね。緑丘公園を閉鎖しろとかなんとか。男性の声でした」
視線が赤志を捉える。
「駆けつけた警察官が到着したところ、「魔力充満中、入るな」と張り紙が貼られた三角コーンが置いてあったらしく。それを無視した警官が数秒で気分を悪くし意識不明の重体になりました」
「馬鹿だな」
「ええまったく。おかげで公園を封鎖し付近の住民を避難させるのに手間はかかりませんでしたよ」
ジニアが子猫をぎゅっと抱きしめる。
「獣人と戦ったのですか?」
「相手が襲ってきたんだよ。監視カメラもあるだろ。確認してくれ」
「すでに確認済みです。ちょうどその時間帯だけ、影が覆い被さったように真っ暗でして」
お手上げです、と言って肩をすくめた。
「誤解しないでください。赤志さんやジニアさんをどうこうするつもりはありません。赤志さんの言葉を信じます。ですが、赤志さんに相談したいことがありまして」
「さっさと言えよ。「黙っててほしけりゃ仕事手伝え」だろ?」
「話が早くて助かります。単刀直入に申し上げますと、一緒に「シシガミユウキ」を追いませんか? 警察は全面的に協力しますよ」
赤志とジニアは互いに視線を合わせる。
「断る選択肢はないですよね。真実をバラ撒いたら自由ではなくなりますし」
「なら最初から命令しろ」
「相手の意見を尊重するのが神奈川県警の美学ですので」
「脅しじゃないですか」
黙っていた尾上が声を上げた。
「そんなこと言われたら勇は────」
「いや、尾上さん。大丈夫。本音を言うと、悪くない、と思ってる」
ワインレッドの髪の毛を掻き上げる。
「受けるよ。その仕事」
「いいですね。では月曜からさっそく動いてもらいたいのですが、準備はよろしいですか」
赤志は鼻で笑って両手を広げた。
「こちとらニートだぜ? 24時間いつでも準備万端よ。いいからさっさと仕事寄越せ」




