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赤志-終

 タキサイキアは大きな変貌を遂げていた。


 右腕の肘から先が西洋剣の如く、両刃の(つるぎ)と化している。

 両足には白銀の具足が装備され、白銀の甲冑が、体の右半分だけを覆っていた。


【ああ……しまった。なんて不格好なんだ。白空魔力(エーギフト)が少なすぎる……。詠唱(えいしょう)が必要だったが」


 タキサイキアは肩を落とす。


【一気に”ブリューナク”を全身展開できないだなんて……恥晒しもいいところだよ」

 

 赤志は奥歯を噛み締める。


「”ブリューナク”をしまえ」

【ん? どうして?」

「異世界の争いでも、最後の手段として使う代物だ!! この世界で使っていいものじゃないことくらい────」

【わかってるよ。だから安心して。赤志勇。お前を殺したら二度と”ブリューナク”は使わないから」


 相手は赤志が答える前に脚に力を込め夜空に飛んだ。


【ああ。とんでもねぇクソ馬鹿野郎が来たな】

「あの馬鹿の鎧を砕くぞ。二度と立てねぇようにしてやらぁ」


 赤志は右構えになり空を睨む。

 腕に紅血魔力(ビーギフト)を集中させる。細胞が活性化し傷が一気に塞がる。

 失われた血は戻らないがこれで元通りだ。


「来い!!」


 夜空を纏う相手が星のような輝きを発し、刃と共に落下した。

 赤志は半身になり最小限の動きで攻撃を見切る。


「ッ!!」


 大地を蹴り相手の顔面目掛け膝蹴りを放った。膝が敵の顔を潰した。

 剣が触れる前に相手にダメージを与えることに成功。スローモーションになろうが防ぎようがないカウンターが功を奏した。


 そのまま体重をかけつつ肘を相手の顔面に振り下ろす。顔面に対する攻撃に、100キロ近い体重が圧し掛かっている。

 だがエルボースタンプでは相手は倒れなかった。膝を90度に曲げ仰向けの状態のまま制止する。


「クソッ」


 飛び退くように相手から離れる。さきほどまで赤志がいた場所に刃が強襲した。


 腕を振った相手は素早く体勢を整え無骨な前蹴りを放つ。赤志は着地と同時に体の前でバツ印を描くように腕を重ねる。距離の取り方が甘かったため、鎧を纏った足底がめり込んだ。


 勢いを止められないこともわかっていた。自分から後ろに飛び衝撃を散らす。

 大きく後ろに下がると、息を吐き両腕を振り、痛みを飛ばす。


「ざけやがって」


 狼の咆哮が向けられる。脳を揺さぶられるような衝撃だった。

 赤志は靴の踵を潰す。


【一気に片を付けるぞ。野郎は目に頼り過ぎてる】


 靴を飛ばした。

 タキサイキアは軽く刃を振って対処する。


 刃が触れた瞬間、靴が弾けた。


【!?」


 粘着性のある緑色の液体が刃にかかり周囲に飛び散る。

 魔法による目くらましだったが狼は慌てず鼻をスンと鳴らす。

 視界には赤志が側面に回り込む情景が映っている。


【見えてるよ!!」


 タキサイキアは自身の剣の刀身を伸ばした。身の丈ほどの大剣に一瞬で変化する。


【死ねっ!!」


 横薙ぎの一閃。刃は赤志の体を真っ二つに両断した。

 目に角を立てる。

 ありえない。赤志だったらこの程度の攻撃避けられる。


 獣の鼻が、強烈な血の臭いと危険を感じ取った。


「そういうことか!」


 振り向きざまに左腕を突き出す。


 ”両刃の剣に変わっていた左腕”が、背後に回っていた赤志の体を貫いた。


「がっ……」

【あはっ!! はははっ!!」


 確かな手応え。タキサイキアは勝利を確信した。


「て……てめぇ……」

【ざまぁみろ」


 血を吐き出す赤志を見下ろしたまま、右手の刃で首を切り落とした。


【勝った……!」


 ゴロンと地面に転がった赤志の顔をジッと見つめる。


「こんな古典的な罠に引っかかるなよ。ええ?」


 その唇が動いた。タキサイキアの顔から笑みが消える。

 周囲を警戒するが遅かった。


 右足が掴まれた。下を見る。

 地中から出ている赤志の手が足首を掴んでいた。


 握力が強まり骨が(ひしゃ)げる音が鳴る。同時に、タキサイキアが悲鳴のような遠吠えを上げた。


「目に頼り過ぎなんだよ。だからこんな手に引っかかる」


 落ちた首と貫かれて倒れた体が緑色の液体になり、それが一箇所に集まる。

 地中から現れた手も同様だった。弾け飛び、流体と合流する。


「っぐ……う……!」


 タキサイキアは眼球に魔力を流し、緑の液体を睨む。

 スライム状のそれは、やがて透明な水になり、人型になっていく。


「こ、こ……殺してやる!!」


 タキサイキアが立ち上がり両腕を振った。

 バツ字を描く剣撃は水を引き裂く。

 バシャン、と水が地面に散らばった。


「残念。あれはただのオブジェクトだ」


 衝撃。屈強な狼男の体が傾ぐ。

 背後から肝臓に拳を叩き込まれたタキサイキアの視界は一瞬ブラックアウトする。


「う……がぁああぁぁぁあ!!」


 呼吸もままならないままバックハンドブローを放つ。誰もいなかった。

 今度は後頭部に衝撃。狼が顔を下げた。


 肘で後頭部を突いた赤志はもう一度脇腹に拳を叩きこむ。

 タキサイキアはよろめきながらも、正面を向いて反撃しようとした。

 隙だらけだ。赤志は掌底を胸部に叩き込む。


 獣人(ヴォルフ)は耐久度が高いため、人間の打撃では簡単に倒れない。

 ゆえに。


【チャンスだ。叩き込んでやれ】


 赤志は縦拳を鳩尾に叩き込み、顎を弧拳(こけん)()ち上げ噛みつきを封じる。

 胸毛を掴み足を払う。タキサイキアの体が宙に浮く。

 スローモーションになろうが空中では避けようがない。

 

「ふっ!!」


 顎へ両手を当て、押すように力を込めて勢いよく地面に叩きつける。後頭部を強打した相手の口から、舌と息が吐き出された。


 寝技へは移行せず、体に靴の脱げた足をズンと置く。

 右足を軸に左の足底を天に向け、


「ッラァッ!!」


 何のためらいもなく倒れている相手の”喉”に踵を振り落とした。

 100キロ近い体重を持つ男の、全力の踵落とし。獣人(ヴォルフ)を無力化するには充分な一撃だった。


 相手の体が一瞬跳ね上がる。目が点になり、明らかな支障を来たす。


「安心しろ。身体強化魔法は使ってない。お前には聞きたいことがあるからな」


 赤志は相手の体から降りて、爪先で地面を2度叩く。

 すると地面が水のように柔らかくなった。砂がみるみるうちにタキサイキアの両腕絡まる。


 固さを取り戻した時には、獣人の両腕は、完全に地中に沈んでしまっていた。


「……ク……志の……ナ……」

「なぁに言ってかわかんねぇよ」


 赤志は肥大化した右足に手を当て、


「ふっ……!!」


 全身に力を流し、放出した。

 ただの掌底下突きが銀色の具足を豆腐のように砕いた。それどころか足の脛から先が天を向いた。


「ぐっ!! ががっががかっがぁかかかぁかっ……!!」


 喉が潰れているタキサイキアは満足に叫べもしない。


「片方だけじゃカッコつかねぇだろ? しっかり両足砕いてやるよ」


 もう片方は踏み潰した。こちらの方が威力が高かったのか、太い骨が筋肉を突き破り外気に晒された。


「ぶあっ!! がっ!!」


 無敵の瞳を持つタキサイキアは、ゆっくりと雲が流れる夜空を眺め、声にならない叫びを上げるだけだった。


「バカがよ。現世界(こっち)の魔力が薄いのに、大量に魔力を消費し続けないといけない”ブリューナク”を使ったらこうなることくらい、わかってただろ。スローモーションになろうが、見えてないと対処もできやしねぇ」

「かっかはっ……」

「是非とも檻の中で反省してくれ。「シシガミユウキ」に関してはそこでたっぷり聞いてやる」

「へも……がばい……」

「あ?」


 赤志が目に角を立てた時だった。

 タキサイキアが奥歯を噛んだ。


 次の瞬間、獣人の首から上が炎に包まれた。


「なっ……!」


 次いでタキサイキアの体が膨張し始めた。


「あ、アカ……」

「ジニア!! 離れろ!!」


 赤志は駆け出しジニアを抱え、その場から跳躍する。


 直後、夜の世界に真っ赤な花火が、地面で咲き乱れた。


お読みいただきありがとうございした。

今回で起パートは終了となります。

次回もよろしくお願いします。

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