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本郷-11

 体が動かない。指一本も。眼球すら動かせない。

 呼吸ができていること。聴力と視力はあること。思考回路が働いていることだけはわかる。


 本郷は困惑しながらも見える範囲で状況を把握しようとした。

 機動隊は動いてない。一部、維持するには大変な体勢で固まっている。

 耳を澄ませる。さきほどまでの喧騒が嘘のように静まり返っている。風の音すらしない。


 まるで、動画を一時停止しているような異様な光景が広がっている。


 そんな静止した世界を練り歩く人間がいた。立てこもり犯だ。玄関から悠々と出て来た男は、怪しげな笑みを浮かべている。

 ナイフを握りしめる男は機動隊の合間を縫うように足を運ぶ。


 魔法知識に疎い本郷でも理解できた。

 この状況は犯人が作り出したのだ。これが犯人の魔法なのだ。


 "時間停止"。または"空間凍結"か。とにかく、時間が止まる魔法を発動している。


「馬鹿にしやがって……馬鹿にしやがって……」


 ナイフを逆手に持つ。ブツブツと、殺すと呟いている。表情は怒りに染まっていた。

 視線の先には赤志がいる。赤志は動いていない。


 マズい。本郷は全身に力を入れようと脳から命令を出す。

 だが筋肉が動かない。早く動かなければ赤志が殺される。


 犯人が赤志の目の前でナイフを掲げるのが見えた。


 ────待て!! やめろっ!!


 喉仏すら震えない。唇も動かない。それでも本郷は必死に叫ぼうとした。

 その時だった。


「ん?」


 男が疑問符を浮かべ、止まった。その白刃を振り下ろせば赤志が仕留められるというのに。


「ま……待て」


 犯人の表情が徐々に強張る。


「なんで────」

「もったいねぇな」


 赤志がギロリと相手を睨んだ。


「ひっ!!?」


 男は動揺して後退りする。表情が恐怖の色で染まっている。

 対し赤志は溜息を吐いて首を鳴らすと男を見下した。


「な、なんで。なんで動ける!!?」

「勉強不足に鍛錬不足。時間とかそういう天理(てんり)に干渉できる魔法は最強クラスなのに」

「なんで、じ、時間は止まってるはずなのに!」

「止まってるよ。ただ俺が同じ魔法使って相殺してるだけだ。その気になればお前の魔法上書きすることもできるが、それじゃあ面白くない」


 笑顔を浮かべた赤志が足を前に出す。


「う、動くな!!」


 切先を突きつけた時だった。赤志の蹴り上げがナイフを払った。天高く舞った刃物は数秒後地面に落ちた。


「次は何を見せてくれるんだ? お前の魔力ならあと15秒くらいもつだろ」

「……あ」

「好きに動いてみろ。まさかこれで終わりか?」

「あ……あぅ……あの……」

「ああ。そう。なんだぁ」

「た、たすけ────」


 赤志の鉄拳が顎下を抉った。顎が外れ、表情を歪めながら、相手は仰向けに倒れた。

 赤志は白い歯を見せた後、足を振り上げ。


「つまらねぇわ。お前」


 男の顔を踏み潰した。カエルが潰れたような音が鳴り響くと、世界が動き始めた。

 徐々に音が戻り、体の硬直が解け、本郷は息を吐き出した。耳に喧騒が戻ってくる。


「……!!? 被疑者は!! 犯人はどこ行った!!」


 機動隊が動揺している。野次馬も同じくだった。


「キャァアア!!」


 誰かが悲鳴を上げた。そこでようやく全員が、犯人を踏みつけている赤志の姿を捉えた。

 動揺と困惑が広がる中、本郷だけ素早く駆け寄り手錠を取り出す。赤志をどけ、倒れている相手をうつ伏せにし、手首に掛けた。


「殺してないな!?」

「俺を何だと思ってんの。気絶してるだけだよ」


 本郷は機動隊を呼ぶ。


「犯人確保!」


 周囲から声が上がった。


『た、たった今犯人を確保した模様です! は、ハッキリ申しますと、いったい、何が起こったのか理解できておりません! 突如犯人が消えて、次の瞬間には赤志勇に踏まれて撃退されており……えっと、しゅ、瞬間移動? でもしたのでしょうか!』


 カメラのレンズが倒れている犯人と集まる隊員。

 そして口許に笑みを浮かべる赤志に向けられた。




ααααα─────────ααααα




 民家にいた獣人の少年は保護された。

 犯人には魔法が使えないよう全身麻酔とプレシオンが打たれたため、しばらく魔法は使えないだろう。

 しかし魔法が使われたのは確かであるため、集まった者たちは全員その場から退避しようとした。


「逃げる必要ないよ」


 ただ赤志だけは冷静だった。


「完成度が低すぎて白空魔力(エーギフト)が変色してない。魔力酔い(ドランク)にはならないから安心しなって」


 赤志の言う通りだった。多少魔力がある者たちが目を凝らしてみたが変色はなく、5分ほど留まっても気分が悪くなった者はいなかった。


 現場一帯にブルーシートが張られる。本郷たちはその中に移動した。マスコミの目もここまでは届かない。


「やぁやぁ、流石ですよ。お手柄です。お見事だ」


 その空間に入ってくる刑事がいた。飯島だ。わざとらしく手を叩いている姿は強敵感を出す悪の幹部のようだ。


「感心する他ないです。まさか時間停止なんていう、ラスボスレベルの魔法に勝利してしまうだなんて。無傷で死傷者も出さずに」

「チョロいもんだね」


 したり顔の赤志に飯島が唸る。


「欲を言えば挑発しないでほしかったですね。激昂した相手が人質を傷つけたかもしれない。想像に難くないでしょう?」

「結果論ですが、そうはならなかったと思います」


 本郷が口を挟んだ。


「犯人の標的は赤志さんかレイラさんだけでした。その証拠に強力な魔法を持ちながらも死傷者がここまで出てません。獣人や一般人を傷つける度胸はなかったと思います」

「確かに。あいつ挑発された時、人質手放してたもんな」


 飯島がクツクツと笑う。


「なるほど。赤志さんはそういう考えで、あえて挑発したと」

「ん? ……ああ、うん! そんな感じ。フォローサンキュー」


 親指を立てた赤志に苦笑いを返す。


「質問が。止まった時間の中で動いて捕まえたと?」

「そ。同じ魔法で相殺した」

「簡単に使える魔法なんですか?」

「んな甘くねぇって」

「もうひとつ。完成度が低いと話してましたが?」


 赤志は長いもみあげを弄る。


「犯人は体内の魔力、紅血魔力(ビーギフト)だけ使って魔法を使ったんだ。んな雑で無理やりに発動した魔法は効果なんかたかが知れてる。まぁ発動してるだけ凄い……」


 言葉の途中で、赤志は口を噤んだ。


「赤志さん? どうしました?」

「……おかしい。なんで普通の人間が? あの量は魔力暴走が起きてもおかしくは……」


 その時だった。現場近くから怒号のようなものが上がった。


「なんだ?」


 全員がブルーシートの隙間から声のする方を見た。


『魔法使いを乱雑に扱うなー!!』

『毒ワクチンを摂取しなかった英雄を返せー!!』

『獣人を特別扱いするなー!!』

『赤志勇のパフォーマンスを許すなぁー!!』


「な、んだ、ありゃあ……」


 赤志は群衆を見て、あんぐりと口を開けた。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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