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本郷-10

「立てこもり事件ねぇ」


 BMWの助手席に座る赤志がスマホを見ながらせせら笑う。


 依頼は立てこもり犯の逮捕並びに人質の保護だった。現場は金沢区(かなざわく)金沢文庫駅(かなざわぶんこえき)から近い住宅街。


 人質になっているのは犬人(ドッグエス)で、被疑者は包丁を持った人間らしい。

 今のところ負傷者は出ていない。


 被疑者は民家を占領し、警察側にある要求をした。


「赤志勇か、レイラ・ホワイトシールを連れてこい」


 要求に応じると答えた警察は"レイラ・ホワイトシールを真っ先に除外した"。

 彼女を現世界で危険な目に合わせたら、異世界外交問題になってしまう。日本はバビロンヘイムからの信頼が厚い。ここで今までの信頼を無くすわけにはいかなかった。


「「シルバーバレット」には連絡しなかったのか?」

「……上層部は「シルバーバレット」を嫌っているので」


 ああ、と赤志は相槌を打った。


 シルバーバレットは獣人関係の事件を解決する治安維持組織だ。本社はアメリカにある。

 そこには"狩人(かりゅうど)"、または"ヤークト"と呼ばれる、魔法使いのエキスパートたちが集まっている。狩人は主に事件を起こした獣人を確保するために駆り出されることが多い。


 簡単に言えば、獣人関係のトラブルバスターを管理する会社である。

 問題が発生したらどの国でも現地で対処するフットワークの軽さがウリで、危険が伴う仕事に毅然と立ち向かう組織だ。


 聞こえはいいが、莫大な報酬を要求してくるという側面もある。だから各国の者たちはアメリカだけが有益になることを避けるために、「シルバーバレット」を頼ることは少ない。中国ではそれに対抗するために、新たな戦闘部隊を作っているらしい。


「ってことは、遅かれ早かれ俺の元に警察は来ていたってわけだ」

「はい。赤志さんであれば誰も異を唱えないと上は考えたのでしょう」


 本郷はハンドルを操作しながら言った。


「含みのある言い方だな」

「異を唱えた人がいました。尾上正孝。「ノット・シークレット」の所長です。あなたの監視員でもある」


 ああ、と相槌を打った。


「今、Lien(リアン)のダイレクトメッセージ内でブチ切れてる。とりあえず事件解決することだけ伝えとくわ」

「犯人は強力な魔法に目覚めた可能性が高いです。なので現世界で魔法に長けている両名を呼び出し」

「倒して箔を付けたいってか。頭が高いっつうの」


 鼻で笑うとスマホをしまい、挑発的な笑みを本郷に向けた。


「本郷縁持、だっけ?」

「暴力行為に関しては謝罪します。申し訳ございません」

「ええ。急に謝るじゃん……」

「私の方が態度を改めるべきでした」

「あ? えっと、ああ、いや。いいよ。俺の方が悪かっただろ、どう考えても」


 赤志はバツが悪そうな表情を浮かべた。

 言動は粗暴だが素直で仲間想い。もしかしたら、派手な見た目とは裏腹に、赤志は優しい性格をしているのかもしれない。


 考えていると、相手の表情が徐々に険しくなった。


「あんた、動いて平気なの?」

「はい。負傷箇所は完治しました」

「は!? じゃあ、雷は? モロに喰らったよな?」

「ダメージはありません」

「え、本当?」


 後部座席にいるジニアは目を皿のようにした。


「人間だったら、心臓止まるくらいの威力だったんだけど……」

「そう、なのですか?」

「……さりげなくえげつないことするなお前」


 赤志と本郷が顔を引きつらせた。


「ご、ごめんなさい」


 ジニアがしゅんとなる。

 

「人間だったらですか。一応、人間に分類されると思うのですが」

「あんた、もしかして狩人(ヤークト)?」

「いえ。刑事です」

「……本当は獣人じゃねぇの?」

「私に猫耳が似合うと思いますか?」

「ある意味事件だな。いや、事故か」


 バックミラー越しに映るジニアがクスッと笑った。


「そういや、あの兎人(シャルト)は?」

「迎えの者を寄越し家に帰しました。どこも怪我をしてません」

「そうかい。安心した」

「よかった」


 赤志とジニアがほっと息をつく。子供が傷つけられなくてよかったと、心から思っているらしい。もちろん本郷も同じ思いだった。


「あんたの家族か? あの子」

「恩人の子なんです」

「そっか。ならよかったよ」


 赤志はヘッドレストに後頭部をつける。


「しかし、あんた突然キレたな。あれだろ? トリガーは「シシガミユウキ」だろ?」


 本郷はハンドルを握る手に力を込めた。


「実はさ、後ろにいるジニア。あの子も「シシガミユウキ」に用があるみたいなんだ」

「なるほど」

「あんたが探してる理由は聞かねぇけどさ。もし知ってることがあるなら────」

『聞こえるか、本郷。もうすぐ現場だぞ』


 本郷のインカムから飯島の声が飛び込んできた。


「お喋りはここまでですね。もうすぐ現場に着きます」

「そう? じゃあ交渉は任せよっかなぁ。それか魔法使わせるって戦法でもいいぜ?」


 赤志は喉奥を鳴らして笑った。


「魔法使ってもいいってお墨付き貰ってるし」




ααααα─────────ααααα




「私も行く」


 ジニアも車を降りようとした。


「駄目だ。待ってろ」

「やだ」

「何が起きるかわかりません。どうか車の中で待機を」

「……私、あなたより強いよ」


 ジニアの視線が鋭くなった。赤志が髪を掻き上げる。


「なぁジニア。本郷……刑事は、子供を前線に出したくないの。俺も同じ気持ち」

「でも私が魔法使ったせいだもん。力になりたい」


 力強い瞳だった。これ以上は無理だと悟る。


「わかりました……離れないでくださいね」

「うん!」


 ジニアは顔に華を咲かせた。3人が車を降り、赤志はフードを被った。


『投降してください! こんなことをして何になるというのですか!』


 立ち入り禁止区域に入ると機動隊が拡声器を持って民家に呼びかけていた。


「すげぇ! マジであんなこと言うんだ」

「会話ができると油断が生じやすいんです。だから声掛けは重要なんですよ」


 赤志が感心するような声を出すと、2階建ての民家の窓から男が顔をのぞかせた。


 髭面で髪はボサボサ。薄汚れた白いボアジャケットを着ている。年齢は40代前半か。


「やかましい! さっさと赤志かレイラを出せ!!」


 片手にはサバイバルナイフ、もう片方には獣人の少年を、首を絞めるような形で脇で挟んでいる。

 野次馬が歓喜にも似た悲鳴と罵声を飛ばし、スマホのカメラを向けている。苦境にある人を見て笑うのは野次馬の特権だ。


「赤志さん。少しお耳を」

「ん?」

「姿を見せて語りかけてくれませんか?」

「マジで? 人質危険じゃない?」

「あなたが来たということを見せれば、交渉の幅が広がるかもしれません」

「なーるほど」


 赤志は首肯(しゅこう)すると盾を持って列を作る機動隊に近づく。


「ちょっとそれ貸して」


 拡声器をふんだくる。そんな指示は出してない。本郷は目をひん剥いた。


「だ、誰ですかあなた! 危ないから一般人が入ってこないで────」


 フードを取る。ワインレッドの髪が外気に晒される。


 静寂が流れる。 

 隊員と、ざわついていた野次馬と報道陣が、言葉を失う。

 静閑の地を縫うように歩き、家の前まで歩くと息を一気に吸い込んだ。




『おい、この馬鹿野郎!! お望み通り来てやったぞ!! チャチな魔法持ったくらいで粋がってんじゃねぇ能無しゴミクズの引きこもりジジイ!! ブチ殺してやっからオモテ出ろや!!!』


 赤志は中指を立てた。




 周囲は絶句した。写真を撮っている音も、フラッシュすらも止んだ。

 一拍置いて、一斉に音が沸き起こった。


『ご、ご覧ください!! 赤志勇です!! 異世界の英雄と称される男が、ぼ、暴言を吐いて、立てこもり犯と交渉を行っております!! いったい何がどうなっているのでしょうか!?』


 機動隊員たちの顔が驚きから怒りの形相に変わっていく。

 赤志は本郷に親指を立てる。


『ビシッと言ってやったぜ』

「な、何してくれてんだお前……」


 本郷は項垂れてしまう。挑発しろなんて指示は出していない。


「今の大丈夫なの?」


 ジニアが不安そうな表情になる。


『いや語りかけろって言ったじゃん!』

「「穏やかに」とかそういう考えはないんですかね!?」

『んなもん最初に言っとけよ!! 仕留めるのに1秒かからないあんな雑魚相手に下手(したて)に出るわけねぇだろ俺が!!』


 その時、野次馬の声色が変わった。家の方に視線を向ける。

 ボアジャケットの男が窓枠に足をかけていた。人質は抱えていない。


「上等だ……て、てめぇだって異世界に行って、た、たまたま強くなっただけのくせによ……」


 男の呼吸が荒くなっていく。


「突入! 突入しろ!! 前進しこちらに意識を向けさせるんだ!」


 周囲にいた機動隊員が盾を構えて前進する。人質の効力がなくなっているため確保する絶好の機会だった。


 本郷は、男の口許に笑みが浮かんでいることに気付く。


「ま、待てっ!!」


 叫んで周囲に注意を促そうとした。


「あめぇよ。俺の勝ちだ」


 男が呟いたその瞬間。


 駆け寄る隊員も。騒ぐマスコミも。カメラを構える野次馬も。夜空を流れる雲も。


 全ての動きが、止まった。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!

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