赤・緑・金-1
『みんなー!! 今日は盛り上がっていきましょうーー!!』
12月30日、大晦日前日。横浜アリーナが大歓声に包まれる。集まった1万5000人の人間、獣人たちが狂喜乱舞する。
その中央にいるのは、ステージの上でマイクを持って歌を歌う、レイラ・ホワイトシールだった。
赤レンガ倉庫の一件から、レイラはお詫びにまたライブをやりたいと言った。
日本どころか各国でも心配の声が上がる中、それを鎮めたのは赤志だった。自身が護衛に当たると言って。
「俺の戦力? シルバーバレット全員よりも上だぜ」
こういった傲慢な態度も波紋を呼んだが、挑発されたシルバーバレット自体がそれを認めた。
もし問題が起こっても赤志なら平気だろうと。また起きたとしたら、それはそれで彼の実力を認めざるを得なくなるだろうと。
とは言ったものの何もしないわけにはいかないため、警察機関は総力を挙げ横浜アリーナの警備に当たった。新横浜全域を監視するほど大量の警察官が導入され、各国首脳会議時以上の警備数を誇ることとなった。
だがその警備はほとんど活躍せずに終わりそうだった。
ライブ開始からすでに2時間が経過している。ライブの時に着れなかったサンタ服衣装を着ている。あれで4着目だ。ファッションショーでもないのに何回着替えるつもりだろうか。
ちなみに着替えは魔法で一瞬で終わらせている。もし魔力切れが起こったら全裸になる恐れもあるが。
「可愛いな~レイラ」
一般人立ち入り禁止である4階個室から、赤志はライブ会場を見下ろしていた。
『集中しろ赤志』
「あんたは本当真面目だよな」
『レイラさーん!!』
「おい、ジニアが任務放棄してはしゃいでねぇか?」
『平和でなによりだがな。おーい、ジニアちゃん。集中してくれ』
『はぁ……』
新たな仲間たちの声が聞こえる。本当に油断していないのは本郷くらいか。
【でも嬉しいな、勇】
「……何が?」
誰もいない部屋であり、盗聴器も監視カメラもない。
赤志はレッドガーベラの声に応えることにした。
【お前、異世界にいた頃からずっとレイラのファンだっただろ。また聞けて良かったじゃないか】
「そうだな。しかもチケット代までまけてくれて」
派手な音が鳴る。レイラの曲の中ではめずらしい、ロック調の音楽が流れる。
「あいつ、こんな激しい曲歌うようになったんだな」
【お前が言ったんだろうが。ロックな曲も歌ってよって】
「そうだっけ?」
【で、レイラがキレて決闘しただろ】
「……あーそうだった。レイラとは5、6回戦ってるから忘れてたよ」
懐かしいな。そう呟く赤志の表情は、どこか寂しげだった。
「そういや、暴れていた獣人連中は?」
【異世界に帰ったよ。強制送還だ。みんないなくなった】
「そっか……みーんないなくなっちまったか」
赤志はレイラを見下ろす。
「俺らも消えるべきなのにな」
レッドガーベラは、何も言わなかった。
それでも赤志にだけは、彼女が何と答えたかが伝わった。
「あ、そうだ。あとでカメラ映像持って帰れるよう交渉しないと」
【ああ。楠美用の】
「あの女。レイラの大ファンだから取ってこいとか言いやがって」
【断ったら死ぬとか言ったな】
「結局あいつ獣人大好きだったじゃねぇか」
【まぁ、それくらいの頼みは聞いてやれ】
そうだな。赤志は頷く。
「あいつだって、新しい仲間なんだから」
再び歓声がアリーナを揺らす。赤志はその光景を、冷めた目で見下ろしていた。
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本郷が横浜アリーナを出たのは23時過ぎだった。怪我もコートのおかげで治っているのだが、飯島から「養生しろ」と言われて帰宅を余儀なくされた。
家が見えて来た。ハンドルを操作する本郷は赤志たちがいた時のことを思い出す。騒がしかったが、あれはあれで楽しかった。すでに赤志とジニアは、飯島の協力もあり新しい家に腰を下ろしている。
またひとりぼっちか。と思い、鼻で笑う。ひとりなど慣れているのに。
ヘッドライトが家の前を照らす。そこに、人が立っていた。本郷は車を止め、厚着している女性に話しかける。
藍島が立っていた。寒そうに両手を重ねて息を吹きかけ、本郷を睨み上げている。
「おせぇよ」
「……なんでここにいるんだ」
「LIAN。みてねぇの?」
本郷はスマホを取り出す。藍島からのメッセージが数件着ていた。
藍島が溜息を吐く。
「ドラマとかでも見るけど、警察ってマジでプライベートの時間ねぇのな」
「いや。俺個人の問題だ。時間の確保が下手糞なだけさ」
藍島のメッセージを確認する。
「……要件が書いてないが、どうした?」
「んぁ? あ~。あぁっと……その、さ」
口ごもっていたが、意を決したように言った。
「あんたに会いたくなった」
「……そう、か」
「ちょ、もっとなんかリアクションないの。結構勇気出したんだが」
「いや。非常に申し訳ないが今じゃなくてもいいだろと思う」
んなっ、と藍島の肩が下がる。
「なんだお前! 朴念仁か!? それともそういう経験がないのか!?」
「そういう経験って?」
本郷がすんと鼻を鳴らす。プルプルと震え、頬を赤らめる彼女が可愛らしかった。
「からかいやがったな……!」
「悪気はない」
「なんだよ! いや、悪いと思ってるよ! 言う通りだけど……けどさぁ。いいじゃん……別に……」
本郷は嘆息すると震え上がる彼女に近づき手を掴む。
「あ……」
「あんなことがあったからな。怯えるのも仕方ないか」
どこか優しげな微笑みを浮かべる本郷に対し、藍島は満面の笑みを返す。
「家、まだ赤志とかジニアちゃんがいる?」
「いや。2人は今新しい家で寝泊まりしている。大晦日……もう今日か。午後には遊びに来る予定になっている」
「一緒に年越そうって?」
「ああ。あいつらの約束している相手が、いなくなってしまったからな」
「……なら、さ」
藍島と本郷の指が絡まる。
「私は今から参加ってことで」
頬を真っ赤にした藍島が言った。
「何か飲むか」
「あ。ごめん。腹も減ってる」
「図々しいな」
「いいじゃねぇかよー。優しくしろよー」
藍島が本郷の腕に抱き着く。
本郷はそれに対し嫌悪感を示すこともなく、2人は家の中に入っていった。




