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飯島-1

『魔力抑制ワクチン「プレシオン」の新たな効果が判明しました。一度だけでも絶大な効果を発揮するこのワクチンですが、間隔をなるべく短く2回目を接種すると効果が向上することが、ノット・シークレットの研究で明らかになりました』


『新横浜魔力暴走事件で亡くなった黄瀬悠馬氏と、横浜のみなとみらいで起きた、異世界ライブ通り魔殺人事件で重傷を負った尾上正孝氏の執念が実を結んだ結果だと思います』


『ワクチンよりもレイラ・ホワイトシールが襲われた件でしょう。怪我の具合は軽傷とはいえ各国から非難が殺到してます。警察だけではなく政府はどう対応するつもりですか』


『レイラさんを襲った通り魔って現在も逃亡中なんですよね~? 怖いですねー』


『また、各地で暴徒と化していたグリモワールはすべて鎮圧が完了したとのことです』


『異世界の歌姫「レイラ・ホワイトシール」さんが襲われた通り魔事件から今日で5日が経ちました。負傷者は多数出たものの、奇跡的に死者は出なかったこの事件は、未だ多くの謎に包まれており、警察の迅速な対応が求められております』


『まぁ神奈川県警だからねぇ。期待するだけ無駄じゃないですか』

『赤レンガ倉庫の映像を見ましたけど、あれ魔法ですよね? 犯人は魔法使いか獣人でしょう。狩人使った方がいいんじゃないですか?』

『そういうことは、あまり言わない方が……』


『さて、続いてはお正月に向けた各地の観光名所をご紹介します!』




ΩΩΩΩΩΩ────────ΩΩΩΩΩ




 赤志はテレビを変えた。神奈川県警警視総監である神宮の会見が行われている。ろくに寝てないせいか、随分と顔色が悪かった。


「苦労かけて悪いねぇ」


 ソファに深く腰掛け溜息を吐く。


 テレビでも言っていたが、横浜だけでなく各地のグリモワールも鎮圧されたらしい。最早残党すら残っておらず、志摩京助の熱の入った宣伝や、黄瀬の死、尾上が襲われたという不幸も世論を変える後押しになったらしい。


 あれほどワクチンに反発していた者たちも今では手の平を返しワクチン接種を行っていた。先日は、グリモワールのリーダー格がワクチンを接種しているのがたまたま報道陣に見つかり質問攻めにあっていた。


「ゴンちゃん。ごはんだよー」


 子猫が甲高い声で鳴いた。ちょこんと座る可愛らしい生き物の前に、ジニアはエサ皿を置く。一心不乱に餌に食いつく。

 ジニアは愛おしそうに、権次郎の背中を撫でた。


「お前も何かあると思ったんだけど、マジでただの猫だったのか」


 赤志は権次郎を見ながら言った。


「何かって?」

「実は人間が化けた姿とか。子猫が本当は犯人だったとか変な装置だったとか」

「アカシーサム、映画の見過ぎだよ」

「獣人がそれを言うかね」


 ジニアはクスクスと笑った。


 レイラの通り魔事件の犯人は、赤志だと報道されなかった。マーレ・インブリウムが作った靄や、ネオン・サンクチュアリのおかげで外から赤志を捉えた者は協力者以外いなかった。

 唯一の部外者である白山飛燕は、このことを黙っていた。かわりに彼は、ワクチンに関する記載と、赤志のこれまでの活躍を称えるような記事、そして「赤志は働け」と呼びかけるような記事を書いていた。


「誰が働くかっつうの」


 テーブルの上に置かれた雑誌を見て言った。三流ゴシップ雑誌と言われているが、中々どうして、中身は面白かった。


「アカシーサム、働かないの?」

「政府からの援助は切れてないんだ。それに今回の件を解決した功績もある。またしばらく遊んで暮らすさ」

「目的無くなっちゃったじゃん。このままだとコーラとハンバーガーとポテトばかり食べてブクブク太っちゃうよ」

「悪いが俺はスプライト派だ。あとハンバーガーは低糖質バンズにする。ポテトも塩抜きにする。太るわけがない」

「アカシーサムって馬鹿でしょ」


 赤志がゲラゲラと笑った。


「いいじゃねぇか。自由気ままなニート生活ってのも」


 家のインターホンが鳴った。ジニアは耳を立て、モニターに向かい対応する。


「はい、本郷です」

「ジニア。それ電話じゃないから」

『よぉ、お嬢ちゃん!』

「あ、飯島さん!」


 ジニアはパタパタと玄関に向かい、飯島を招き入れた。


「よ。赤志。なんだ元気そうだな」

「おかげさまで。体調は万全、快眠快便です」

「病院に運ばれた時「死ぬわ~」とか泣き言言ってたくせに」

「あのな。あんなゴリラとガチンコで戦っただけ褒めてくださいよ」


 ビジネスバッグを持った飯島はカラカラと笑いひとり掛けソファに座る。


「今お前らは何してんだ?」

「久しぶりに会った親戚のオジサンみたいな質問しないでください。見ての通り、人生を謳歌してます」

「ニート状態です!」

「明るく言う言葉じゃねぇよジニア!」

「つまり暇人と」

「はい! このままだとアカシーサムがどんどんデブになっちゃいます」


 ツッコム気も失せたように赤司が唇を尖らせた。


「なら朗報だな。赤志、ジニア。お前たちはこれから立派な社会人の一員になれるぞ」

「どういうことだよ」


 飯島はバッグの中から紙の束を取り出す。


「こういうのはアナログ式が俺の信条でね。赤志勇。ジニアチェイン。お前たちには……警察官になってもらう」


 赤志とジニアが驚愕の表情を浮かべる。


「今回の一件でよくわかった。俺たち人間が獣人や魔法を使う者たちと戦うには、あまりにも無知で、あまりにも無力だということがな。だからその戦力を補強しなければならない。魔法に精通していて獣人にも負けないほどの実力を持った奴がな」

「じゃあ狩人でも……」

「狩人はシルバーバレットが管理している。1日雇うだけで多額の金が動く。貧乏な日本にとっては死活問題だ。だからプレシオンが交渉材料になる予定だったんだが、この状況だろ?」


 ジニアは紙を手に取り内容を見る。


「尾上が捕まったことは伏せている。これ以上ワクチン問題を大きくしたくないからな」

「リベラシオンは」

「回収済みだ。接種してしまった者はメディアを使ってもう一度受けさせる。それと年明けから錠剤タイプと吸引タイプの運用も始まる」

「それでも受けなかったら?」


 飯島は手を叩いて口を曲げた。


「神のみぞ知る」


 赤志は足を組んで目に角を立てる。


「ひとつ聞いていいか。重要なことだ。いつまでもずっと本郷の家にいるわけにもいかないことはわかってる。だから聞きたい」

「どうぞ」

「……警官って、給料高い?」


 飯島は小首を傾げ、苦笑いを浮かべた。


「まぁ、活躍すれば上がるさ」

「成り上がれってわけね。はぁ……こっちの世界でも成り上がりかよ」


 赤志が立ち上がり大きく伸びをする。


「いいぜ。やろうや。あんたらに力貸すよ。自分だけで動くより、上手く扱ってくれそうだ」

「あ、私も! 参加します!」


 権次郎がにゃあと鳴いた。


「……あとゴンちゃんも」

「ウチのマスコットキャラクターにでもすっか」


 飯島がニッと笑った。


「これから詳しい話をする。赤志、ジニア。お前たちは神奈川県警本部、捜査一課の……俺を主軸とした「獣人対策特化」四十四係に加わってもらう」


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