赤・緑・金・紫-1
最初に気づいたのはジニアだった。
「2人とも!!」
慌てたように声を出し、2人を守るように立ちはだかる。
本郷が焦りの表情を浮かべてなんとか体を動かす。
赤志だけは特に焦ることもなく、倒れたまま、立ち上がる尾上を見ていた。
「はは……ははは。馬鹿な連中だね。凶悪犯を拘束せずに、殴り合いの青春ごっこか? おまけに体が冷えないようにしてくれたのかい?」
尾上は持っていたダウンジャケットを赤志に投げる。
「さて……このまま海にでも飛び込んで逃げようか」
「逃げてどこ行くのさ。もうあんたの計画とやらに協力する奴はいないよ」
「わからんさ。けれど私と同じ思いの同士が、何処かにいるはずだ」
「逃がすと思うか!」
本郷が立ち上がった。ジニアは本郷にコートと銃を渡し、
「今度は私が相手になるから」
自分の右腕を獣の腕に変えた。現状、この中で一番戦闘能力が高いのはジニアだ。
獣人からは逃げられないと判断したのか、尾上はスーツの内ポケットから何かを取り出した。
本郷は銃だと警戒したが、手に持っていたのは箱だった。
鉄でできた長方形の箱を開けると、そこには注射器が入っていた。
ジニアと同じ、金色に輝く液体が入っている。
「リベラシオンを、さらに改造したものだ。これを打って、俺は再び、魔法の力を使う」
「尾上さん。もうやめとけって」
「随分と余裕じゃないか、勇」
「もう無駄だよ。諦めろ。あんたが注射を打つ前に、ジニアか本郷が仕留めるぜ」
もうほとんど足が動かない本郷は拳銃を構えた。
「試してみるか……?」
尾上が注射器を取り、箱を捨てた。
その時だった。本郷のスマートフォンから音が鳴った。
本郷は銃口を向けたままスマートフォンの画面が視界に入るよう持ち上げる。
そして、銃口を下ろした。
「……尾上。これが最初で最後の警告だ。その注射器を降ろさないと後悔するのはお前だ」
尾上は一瞬面食らったが、すぐに不敵な笑みを浮かべる。
「脅しにもなっていないよ。本郷刑事。デカい口を叩くなら」
注射器の針が尾上の方を向く。
「止めてみ────」
風を切る音がした。それは突風ではなく、何かが飛来する音だった。
全員の瞳には、一瞬の閃光にしか見えなかったそれは、尾上に接触し、注射器を粉砕した。
周囲に破片が散らばる。だが尾上の視線は砕けた注射器ではなく自身の右肩に向かった。
そこには、巨大な注射器のような弾丸が突き刺さっていた。
「……え?」
「日本の警察は人間でも、獣人と戦える術を持っている。その弾丸も、その内のひとつだ」
本郷が言った。
「「エンドポイント」。対獣人用麻酔銃の総称だ」
尾上は、怒りと悲しみが入り混じった表情を浮かべ、
「……優希……」
静かに呟くと、瞳を閉じ後ろに倒れる。
ジニアが一瞬で距離を詰め、頭をぶつけないよう背中に腕を入れる。
「これで、解決?」
赤志と本郷が頷くと、ウッドデッキを叩く多くの足音が近づいてきた。
「誰が撃ったんだよ? あの弾」
「お前なら知ってるだろ? 俺たちの仲間には、凄腕の狙撃手がいること」
本郷は大さん橋ふ頭ビルの方を見て手を振る。赤志は納得したように「ああ」と声を出した。
「ジニア、コート」
「え、あ。はい」
「……ありがとう」
本郷はジニアからコートを受け取り、ゆっくりと抱きしめる。
「……朝日……。終わったよ」
微かに呟き、本郷は一滴の涙を流した。
ΩΩΩΩΩΩ────────ΩΩΩΩΩ
スコープ越しに、本郷が事件の終わりを告げるかのように、手を振っているのが見えた。
「ふぅ……」
楠美はライフルを置き、その場に座り込む。
楠美は痛む体を引きずり、駅で撃たれた時の弾丸から、線状痕を調べて銃の所有者を突き止めた。
その人物は、神奈川県警捜査一課の巡査部長だった。
それからは武器を使って脅し、黄瀬の話を聞いた。
寝ている間の情報。そしてこれらの調査はすべて、柴田が協力してくれた。
同じ女性同士だからか、それとも楠美の能力を買ってなのか、柴田は非常に協力的だった。
そして今日を迎え、きっと取材に来ているだろう白山にも連絡を入れ、黒幕の位置を知った。
「ごめんなさい、本郷さん、赤志さん。おいしいところ、持って行っちゃって」
体中が痛い。傷など塞がっていない。スーツを着ている楠美は包帯塗れだった。顔も半分、崩れたままだ。正直1発で当てられたのは奇跡に近い。
「奇跡……か……」
思えば、確実に死んでいてもおかしくない大怪我から、こうやって回復したのだ。
もしかしたら、奇跡が私の魔法なのかもしれない。
楠美は鼻で笑った。
「そうだったらいいな」
痛みが激しい。だがそれ以上に、晴れやかな気分だった。
空を見上げる。降り注ぐ白い雪を見ながら。
「レイラのライブ見たかったなぁ……!」
悔しげに呟いた。




