赤・緑・金-終
本郷が詰め寄る。
赤志は立ち塞がる。
「どけ」
「やだね」
「どくんだ」
「そんなおっかねぇ顔して、何するつもりだよ。もう終わりだ。事件は解決した」
ジニアの方に目を向ける。
さきほどの尾上の言葉を聞いたせいか、肩を震わせ、涙を流していた。
なんのために戦っていたのか。何のために尾上に協力したのか。彼女は今、生きる希望が潰えている状態だった。
「もう終わりだ本郷。ジニア見てみろ。あのままだと海に飛び込みそうだ。みんなで家帰ってさ、事件解決を」
「俺の事件はまだ終わっちゃいない。コイツを殺す」
赤志は本郷の胸倉を掴む。
「いい加減にしろよ!! あんた刑事だろ! 犯人殺すことじゃなくて捕まえるのが仕事だろうが!! 尾上さんがまだ何か隠しているかもしれない! 生かして捕まえなきゃいけないだろ!!」
「何か? 何かってなんだ。憶測で物事を語るな。それがあったとしても知ったことか」
「本郷……」
「重要なことはすべて聞けた。コイツに利用価値はない」
怒りと恨みしか伝わってこない。ようやく見つけた家族の仇なのだ。こうなる理由だってわかる。復讐に関する気持ちはよく理解できる。
「どけ、赤志。臆病な俺は逃げて、それでも立ち向かって、お前たちと協力してやっと見つけたんだ。朝日に嫌われても、地獄に落ちようと、俺は尾上を殺す」
「……わかるよ。気持ちはわかる」
「お前にわかるか!? たった一人の妹が!! ゴミのように捨てられていたんだ!! 寝る度に朝日が出て来る! あいつは恨んでんだよ! 叫び声が聞こえる」
「本郷……」
「「妹さんはそんなこと望んでない」とかぬかすなよ。自分を殺した相手を許すわけがねぇだろ。望んでない? そんなことがなんでわかる? 冗談じゃねぇ。憎しみしかねぇんだよ」
目を血走らせながら、赤志の肩を掴む。
「どいてくれ、赤志。朝日は帰ってこないが……それでも……この世に留まることは無くなる」
「……いやぁ。ことごとく説得の言葉潰してくるじゃん」
赤志は頭を振った。
「それでもさ」
それでも。赤志はもう一度言った。
「やっぱ……駄目だよ。人殺しちゃ」
軽い調子で言って、赤志は手を振り払った。
「俺は、あんたが人殺しになるところを見たくねぇ。あんたは大きくて、強くて、立派な警察官であって欲しい」
本郷が押し黙った。
赤志は、本郷の気持ちがわかっていた。
本郷だって理解しているのだ。事実、本当に殺意しかないなら今すぐ赤志を殴り飛ばせばいい。
だがこれ以上暴れる意味なんてないとわかっているから、話に応じている。
けれど心は違う。やりようのない怒りと恨みは、尾上を捕まえたことで解決しないのだ。
殺したいと思っていたのだ。口だけではなく本能で。彼にとってそれはもはや、生きる目的でもあったのだ。
「いいじゃねぇかよ。犯人を捕まえただけでも、朝日さんは、許してくれるだろ」
「……俺は許せないんだ」
「……そうかい。そうだよな。わかるよ。マジで。ああ……もう。じゃあ……そうだよな」
赤志は溜息を吐く。
【いけるのか?】
やるしかないだろ。
今、自分がやるべきことは、その矛先を、自分に向けることだった。
赤志は素早く、両手で本郷の胸部を押す。踏み込みと共に腰を使ったため、本郷は大きく後退する。
「赤志……!?」
思いのほか大きな音が鳴ったため、ジニアも顔を上げて赤志を見る。
「俺が説得する、って言って警官たち止めているけど、あと10分しないうちに来るだろうな」
赤志は指を曲げる。
「来いよ。尾上さん殺したいなら、俺を倒すしかないぜ」
本郷は胸の部分を、手の平で払う。
「全力でやろうぜ。俺も、あんたを倒したいと思ってんだ。覚えてるか? 初めて会った時のこと」
本郷は頷く。
「あれからずっと考えてたんだよ。ジニアの妨害なしだったら……どっちが勝ってたかなって」
「どうせお前は魔法使うだろ?」
「お、言ったな。安心しろよ」
赤志はダウンジャケットを脱ぎ捨てた。
ジャケットは尾上の体を覆うように落ちる。
「今さ、俺……魔力無くなってんだわ。だから純粋な身体能力だけで勝負するぜ」
「……なら俺に勝てないぞ。あの時、お前は強化してたんだろ」
「舐めんなよ俺の身体能力を。ビビってんならそのコート脱がなくていいぜ」
本郷は鼻で笑って、コートを脱ぐ。乱雑に捨てるようなことはせず、ジニアに手渡す。
「持っていてくれ。それと……銃も持たせていて、すまない」
「……本郷さん」
「いいから。持って、そこで見ていろ」
空からは白い雪が降りつつあった。横浜、みなとみらいの喧騒は小さくなっていた。
クリスマスイルミネーションが海を照らしている。
とても幻想的で、こんな状況でなければ、景色を楽しむには最高の場所になっていただろう。
だが今この場所にいるのは、ボロボロになった正義だけ。
「赤志」
「ん?」
「死んでも文句言うなよ」
赤志が笑い、駆け出す。本郷はその場で構える。
赤志は拳を振り上げた。本郷も同じく拳を振る。
互いの咆哮と、拳と拳が、ぶつかり合う。
一際大きな花火が咲き乱れ。
最後の戦いが始まった。




