赤志-1
「赤志……」
肩越しに見た彼の顔色は、随分と悪かった。呼吸音も激しく肩で息をしている。汗も大量に流れていた。
「いいから、どいて。まだ話すことがあるんだ」
赤志の手には力が入ってなかった。
本郷は渋面になったが、赤志にとって尾上は唯一の家族ともいうべき存在なのだ。
手錠が無いため拘束する手段がない。
「話たければ、このまま話せ」
「いや、オッサンに乗られながら話なんかできないでしょ。頼むよ、本郷。俺ならまだ、動けるからさ」
本郷は警戒心を解かず相手から離れる。
しこたま殴られた尾上は浅い呼吸をしながら赤志を見る。どうやら体を起こす力も無いらしい。
「よぉ」
「……」
「何してんだよあんた。オバケみたいな面してさ。ジニア泣かせて本郷キレさせて。何がしたいんだよ」
「……勇。協力してくれ。もう少しなんだ。もう少しで、光煌駅が出現する」
チラと本郷を見る。
「聞いたの?」
「……ああ」
赤志は溜息を吐いた。
「勘弁してよ尾上さん。異世界の秘密をさ、ペラペラ喋んなよ」
「勇……」
「あのドラクルにそそのかされたのか知らねぇけどさ、馬鹿だぜ。あんた。光煌駅はその程度の魔力じゃ出現しない。そもそも、作ったところでバビロンヘイムに繋がるとは限らないんだよ」
「可能性は、あるだろう!」
赤志は頭を振った。
「尾上さん。無理なんだよ。生者は……まだ神様に愛されている人間は、罪を抱えたままの人間は、死地に行けないんだ」
赤志の言葉は静かで、それでいて響き渡るようだった。
そのせいか、尾上は顔を伏せた。相手の言葉が真実であると感じてしまったからだ。
「尾上さん」
「……まだだ。まだ、リベラシオンがある」
「尾上さん。もう無理だって」
「黙れ。今すぐ、全員発症すれば……道連れだ」
尾上が顔を上げる。その顔は鬼の形相になっていた。
「ワクチンが危険だと教えてやる。全員、優希と同じ苦しみを、俺と同じ苦しみを味わえばいい」
「それなんだけどさ、どうやってリベラシオンの効果を打ち消せばいい?」
「教えると思うか? 死ね。全員、死んでしまえ」
「思春期の中学生みたいなこと言ってんじゃねぇよ。ならいいさ。男らしいウチの仲間たちの報告が、もうすぐ来るからさ」
すると、まるで謀ったように赤志のスマートフォンが音を立てた。
通話に出て、赤志は明るく話す。
「ああ、うん、お疲れ様っす。どうでした? ……え? 体が熱いくらい……なんか猛烈に酒が飲みたいと……りょーかいです。志摩さんたちは? 体調不良なしと……あざっす。……え? 命懸けたのに軽くない? ああ、えっと……お疲れ様っす。今いいところなんで切りますね」
赤志は通話を切り、再び電話をかける。
「もしもし? 実験成功。頼むわ」
それだけ告げると、空を見上げた。
「尾上さん。レイラのコンサートの目玉でも一緒に見ようや」
「……さっきから、お前、何を」
何かが飛来する音が聞こえる。甲高い音は天高い場所で止まり。
弾けた。
七色の光の炎が雪を落とす夜空を彩る。
「花火……?」
「あ。用意したものじゃないから。うちの、ウザいけど優秀な狩人が作った魔法だよ。あんな上空だったら、魔力酔いの心配もない」
次々と花火が上がる。牡丹、冠、菊が空に咲く。
「中にはプレシオンが混ざっている。もちろん、これだけじゃ防げるかわからないけどさ、気体にしても効果は出る。だろ? 主犯がいて何をするかわからないから、横浜だけはこうやって防がせてもらうぜ」
「……副作用の、心配は」
「ないさ。志摩さんって命知らずだわ。やめとけって言ったのに、即日リベラシオンとプレシオン同時接種して効果を確かめるとか。おかげで……相殺できるって結果になったけど」
尾上は言葉を失った。ただ花火を見つめる。
「飯島さんも隊長に問題なし。あんたが喋らなくても、問題は解決していたのさ。尾上さん。偽造ワクチンの発祥タイミングをいじれるとしても、マーレ・インブリウムは消えて、あんたも瀕死。グリモワールは壊滅したし、進藤も、ジャギィフェザーも、スフィアソニードも、タキサイキアも動けない」
赤志のダウンジャケットのフードが揺れる。
「あんたの負けだ。「シシガミユウキ」。いや……尾上正孝」
勝利を祝うように、一際大きな花火が上がった。
「プラネットの野郎。気合入れすぎだ」
赤志は尾上の近くに寄り片膝をつく。
「最後だ。リベラシオンは? ジニアの母親はどこにいる」
尾上は黒い瞳を、赤志に向けた。諦めと抵抗の意志の無さを物語っていた。
「……いない」
「……」
「もう……死んでいる。全員。本郷朝日の遺体も、本物だ」
尾上の口角が上がる。
「死体は……六面共産の地下だ。全員、黄瀬の餌になったよ」
一際大きな笑い声が上がる。邪悪というには空虚で、なんとも悲しい高笑い。
壊れたように笑い、狂う尾上を冷ややかな目で見下ろす。
「馬鹿だよ。あんた。本当に恨んでいるなら、プレシオンにも細工しておけばよかったのに。中途半端に優しくて、逃げ道を用意して、優しさだけ残して」
赤志は拳を振り被った。
「悪なら……最後まで悪でいろよ」
拳を振り下ろした。
花火が弾ける。それと同時に、笑い声も止まった。
赤志は一息ついて立ち上がる。
「さ。終わりだ。あとは尾上さん引っ張って」
「殺していいだろ」
本郷が、静かに言った。
「赤志。どいてくれ。そいつを殺す」
本郷の瞳は。
まだ、透明な色をしていた。




