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ジニア-2

 尾上がジニアの肩を掴む。鼻血は止まっておらず、口内の出血もそのままであるため、垂れ落ちた血が、ジニアの服に赤い染みを作る。


「さぁ、殺せ、ジニア。そうすれば約束を果たしてやる」


 約束というワードが本郷の耳に届く。

 同時に、赤志の言葉を思い出す。


『ジニアチェインを信用するな。あの子は「シシガミユウキ」の知り合いかもしれない』

『あの子は母親を探しているらしいが、「シシガミユウキ」に殺された、って明確に言った。つまり、彼女は既に会っている可能性が高い』

『ジニアチェインの父親が「シシガミユウキ」なんじゃないか?』

『いるんだよ。人間を恨む、人間を殺したがる獣人たちってのは』


「尾上……お前は……ジニアの父親なのか」


 尾上は首を傾げた。


「父親ぁ? 俺が獣を作ると思うか? ジニアとリベラシオンはワクチン開発協力者だよ。ただリベラシオンの他にも獣人の協力者はいた。タキサイキアという獣人を知ってるか」


 尾上は鼻下を擦り血を拭う。

 たしか、赤志とジニアを襲った獣人だ。本郷は何も言わなかったが、相手は言葉を紡ぐ。


「あの子の父親も協力してくれた。あと数人」

「人間に恨みでも持っていたのか、そいつらは」

「そんなことはない。むしろ逆さ。人間を救おうと努力してくれた。おかげで俺の研究も順調に進んだよ。ただ協力した大人の獣人はちょっと大変なことになっててね」

「お母さんは」


 ジニアが尾上を見上げた。


「私のお母さんと、タキサイキアのお父さんは、無事なの?」

「……もちろん。でも会うための条件は覚えているよね?」

「……会えるのは、ひとりだけ。みんなで協力して、邪魔者を排除する」

「そうだ。けどキミたちはちょっと頭が悪い。すぐに逃げ出したり、わざわざ潰し合いをするなんて。結局残ったのはジニアとタキサイキアだけだ」


 さぁ、もういいだろう。尾上はそう呟くと、血の唾を吐いた。


「殺せ、ジニア。そうすればキミの目的は達成される」


 マズい。本郷の背に冷たい汗が伝う。

 ジニアは本郷の頭に銃口を向けている。拳銃の命中率は低いとよく言われているが、距離的に5、6メートルほどしか離れてない、動かない的相手に全弾外すというのは考えづらい。


 本郷は覚悟を決めつつ、ジニアを見た。相手の顔は明らかに戸惑いが浮かんでいた。


「あの、尾上……さん」

「なんだ? どうした。トドメを刺せ」


 ジニアの手が震える。何もない空間を打つのとは違う。自分の爪を振るのとは違う恐怖心が、ジニアを襲っていた。

 そして、相手が本郷だという点も、彼女の指を固くさせていた要因だった。


「……できない」

「なに?」

「だ……だって……本郷さんは……いい人……だから」


 尾上は呆れたように肩を竦めると、一度大きく息を吸い、


「ふざけるな!!!」


 腹の底から声を出した。血が飛び散り、ジニアの顔と金髪にかかる。

 ジニアが小さい悲鳴を上げた。銃口だけはこちらに向けている。


「誰のおかげで日本に滞在できているんだ!? 誰のおかげで、3年以上も現世界で暮らせていると思っている!? お前たちが、そんな汚らわしい獣になっても、人間扱いされているのはなんでだと思ってやがる!!」


 ジニアが目を伏せた。


「母親に会いたくないのか! あのマンションで喋ったことが真実だと思っているのか!? お前の母親は生きているんだよ!!!」


 その時だった。ジニアは何かに気づいたように目を見開き、震える唇から言葉を吐き出した。


「……尾上さん」

「なんだ。まだなにか」

「どうして、研究員に、私を襲わせたの?」


 尾上の表情が明らかに強張った。打って変わって静まり返る。


「あの人は、私が計画の邪魔になるって」

「……」

「お母さんに会うだけの私を、襲う必要なんて────」


 尾上は舌打ちするとジニアの手を掴み、むりやり銃口を本郷に向けさせる。


「────!! や、やだ! やめて!」

「手を貸してやる!! 死ね、本郷!!」


 本郷は横に飛んだ。直後発砲音が響き渡る。


「いやぁああああ!!!」


 ジニアの甲高い叫び声が響く。獣の腕を作り、並外れた腕力で尾上を振り払う。

 銃弾が再び発射されたがあらぬところに飛んでいく。


「クソッ!!」


 銃はジニアの手の中。本郷は起き上がり詰め寄っている。

 尾上は踵を返しホールのドアを開け外に出る。


 逃亡を図る尾上の視線の先には無数の警察車両がいた。

 赤いランプが遠くからでもわかる。


 背後からドアが開く音がした。

 尾上は大さん橋で最も高いところである展望デッキへ向かう。


 逃げ道なんてない。さらにさきほどまでのダメージで足も思うように動かない。


「尾上ぇ!!」


 すぐに追いついた本郷に組み伏せられ、再びマウントポジションを取られる。


「お前は、どこまで卑怯者なんだ!!」

「俺が間違っていると思うか!? 俺の話を聞けば、俺が正義だとわかる!」

「花火は上がらん! 感染させることもできなければ、発症タイミングなんていじれない! あんたの計画は頓挫したんだよ!!」

「黙れ!! マーレ・インブリウムの魔力は空に漂っている!! 奴の魔力を合わせて光煌駅(ラスタートレイン)を出す!」


 本郷が拳を振り下ろすが、相手は言葉を止めなかった。


光煌駅(ラスタートレイン)が出現するかは賭けだ! だが可能性はゼロじゃない。やるしかないんだよ、俺は! もう一度、優希(ゆうき)に会うために!!」


 本郷は拳を振り上げ、止めた。

 そこでようやく理解した。

 

 理解したが信じたくはなかった。

 異世界と、獣人。ようこそ、異世界の横浜へという言葉。


 獣人が何なのかという疑問の答えが出た。


「……そういう、ことなのか? 異世界っていうのは、まさか」

「そうだ、本郷刑事。教えてやる」


 尾上は白い息を吐いた。




「異世界は、バビロンヘイムは、死後の世界だ。異世界の情景はこの世界となんら変わらない。人間が獣人になっているだけ。そして獣人は、こちらの世界で死んだ人間が、生まれ変わった姿なんだよ」


 


 本郷は静かに呼吸する。


「だからお前も会える。ここに光煌駅(ラスタートレイン)を出現させて異世界に行けば、死んだ者たちに会える。そして、この世界と何ら変わらない世界で一緒に暮らせる。獣人間になっているか。魔法があるか。たったそれだけの違いしかない! 現に、獣人はこの世界で暮らしているじゃないか」


 本郷は言葉を失った。その隙を見逃す尾上ではない。


「お前もまた妹と、幼い頃に失った両親と、一緒に過ごせるぞ。その時はジニアも一緒だ」

「……何を言ってる」

「お前の妹、母親にそっくりらしいな。彼女はそれを自慢げに話していたよ」


 本郷の脳裏に、ジニアの言葉が過ぎる。


『この人、私のお母さん』


「まさか……まさか……お前……」

「気付いたか? リベラシオンは半獣の猫人(ケットシー)でね。本郷朝日そっくりだ。つまり、彼女はお前の────」

「黙れ!!!!!」


 拳を振り下ろす。


「ぶっ……あはは! 拳の力が弱いぞ! 動揺しているな! 会いたくないか!? 会えるぞ、お前も!」

「黙れ!!」

「これが私の切り札だよ、本郷。お前が私を追うようにしたのはそのためだ! お前は俺を捕まえることはできない! 俺を捕まえたら、彼女の居場所は吐かない!!」


 本郷は力任せに何度も拳を振る。

 鮮血が飛び散る。尾上はすでに言葉を発することもできなくなっていた。


「やめて! 本郷さん!」


 ジニアの叫びが聞こえる。同時に足音も。


「うぉぉぁぁああああああああああ!!!」


 殺意に塗れた雄叫びと共に拳を振り下ろそうとした時だった。


「それ以上やったら死んじまうよ、本郷」


 赤志は本郷の太い腕を掴んで、攻撃を止めた。

 空からは、白い雪が降りつつあった。


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