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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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アメとムチと彼女の提案

4/28 誤字の修正を行いました。ご迷惑をおかけしております。

5/6 他にも誤字を見落としており修正しました。ご指摘ありがとうございました。


「さあ伊織、アメとムチ、どっちから聞きたい?」


 伊織は結菜に、笑顔で返答を(せま)られる。

 彼は眉をひそめたまま、一応といった感じで口を開いた。


「これって確定事項?」

「もちろん。ここまでの話の流れを踏まえて、今ここでしかないタイミングでのアメとムチだよ」


 楽しそうに答える幼馴染。

 伊織はそれ以上の反論を諦め、渋々考えた末に答えた。


「アメ」


 それを聞き、結菜はますます嬉しそうに言う。


「うん、いいね。私もその順番で聞くのがオススメだね」

「……なんでだろうな。これからアメを聞くはずなのに、全然嬉しくないんだけど」


 幼馴染のイタズラを恐れ、ネガティブな意見を言う伊織。

 しかし結菜に気にした様子はなく、むしろ楽しそうに笑っていた。


「じゃあ、アメを言うね」

「……ああ」


 その言葉を聞いた伊織は若干緊張した面持ちで――しかしなんだかんだで期待を(にじ)ませた目で――居住まいを正した。

 すると結菜は口を開くよりも先に、まず手を伸ばして伊織に何かを押し当ててくる。


 結菜の手には、ずっと彼のネクタイが大切そうに握られていた。

 彼女はそれを彼の胸元へと押し当てると、ようやく口を開いた。


「あなたのネクタイ姿は格好良いよ。世界一ステキだと思ってる。私はイケメンの人に会うたびに、この人より伊織の胸元のほうが勝ってる。って思いながら見てるんだから」


 伊織は不意に語られた結菜の言葉に、感動した。

 あの幼馴染だけど雲の上の人、香月結菜がその広い世界の中から自分を認めてくれている。

 幼馴染の彼は結菜が嘘を言ってないことがわかるのだ。


 しかし、伊織が本気で喜ぼうと考える前に、また彼は気付いてしまう。


「……ん? 胸元?」


 結菜の発言には、少し気になる表現が混ざっていた。

 伊織はそれを疑問に思い、問い詰める。


「それってさっき話したVゾーンの話だよな? つまり服装込みでは一番って言ってくれてるだけで、服装抜きの素体(・・)としての俺は、また別の話ってことじゃないのか?」


 結菜は一言だけ言葉を発する。


「ふふ」


 幼馴染は嘘を言わない。

 舞い上がっていた彼は、すぐに抗議を始めた。


「図星かよ! ていうか、アメじゃなかったのかよ。なんだよそのフェイント。服だけ褒められても嬉しくねえよ。しかもなんか、昼間の高嶺の花のときみたいに微笑んでやがるし」


 穏やかに優しく笑う結菜に対し、伊織は彼女のいつもの茶目っ気だと感じていた。

 上げて落とされたと思った彼は脱力しながらソファへと倒れ込み、腕で目を隠した。


 そんな彼を、結菜は優しく見つめ続ける。


 伊織は結菜の言葉を正しく理解をしようとしなかったため気付かなかったが、結菜は彼女が考える真実を伝えていた。

 結菜は制服を着て登校する伊織を、男子生徒の中で一番格好良いと考え見ていたのだ。





 見る人が見れば、門倉伊織の異常性(・・・)は明らかだ。

 彼の完璧な身だしなみは、同世代ではまずありえないレベルにまで達している。

 サイズも手入れも着方(きかた)も、すべて完璧な少年は、同世代には滅多なことでは存在しないのだ。


 その理由は明らかだ。

 そもそも学生時代とは成長期に重なり、制服はどうしても経済的理由からサイズが大きいものを選んでしまいがちになる。

 学生の世界では服はブカブカ気味が当たり前に見えているのかもしれないが、やはり服本来の魅力はサイズが合ったもののほうが引き立つのは間違いない。


 その点伊織には、成長するたびにサイズを完璧に仕立て直し、あるいは新規に作り直してくれる幼馴染がいる。

 それはそれだけでも一学校レベルなら天下を取れるかもしれない優位性なのだが、彼はその幼馴染からさらなる援護を得ている。

 アイロン掛けのテクニック、ネクタイの使い分け、結び方。

 地味かもしれないが、しかし限られたルールの中では絶対的な差を伊織は積み重ねていた。

 門倉伊織はこと服装においては、彼の通う学校の軽々と頂上を制覇していたのである。


 そしてイケメンの整った造形が大きな武器になるなら、伊織の完璧な着こなしもまた、女性を魅了する強力な武器と成り得る。

 北条真琴が一目で「他の男子とは全然違う」と評し、次の瞬間には格好良いと感じるほど、彼の武器は他を圧倒し、また十二分に女子生徒に通用していたのである。


 もっとも彼にとっては残念なことに、その世代の女の子たちは服の良し悪しより先に、顔の美しさにまず目が行ってしまうものなのだが。





 伊織は目を隠したまま、結菜に言う。


「だいたいおまえって職業柄っていうか、趣味の観点からもまず服をチェックすることが多いだろ? だから人を評価する場合に、自然と服装の点数が占める割合が大きくなると思うんだよ」

「うん、それはあると思う」

「さらに俺はほぼおまえの作った服を着てるんだし、この調子だと俺が世界一素敵だっていうのも、おまえの趣味と身贔屓(みびいき)の結果じゃないのか?」

「ふふ。それを言われると痛いなぁ」

「……あのな」


 そこで彼は腕を外し、目を開けて結菜を見た。


「ああ、わかった。これがアメとムチか。服込みだと格好良く見えるから、それを維持できるように頑張れって言いたいんだな? そうだろ?」


 伊織は一気に体を起こし、自信を持ってそう結菜に言った。

 だが、彼はそこで固まってしまう。


 香月結菜は今も穏やかに優しく伊織のことを見つめていた。

 (しと)やかなその姿はまるで昼間の彼女のようで、熱のこもったような視線は想いを伝えてきているようで。

 伊織の胸は、静かに高鳴り始めた。


 そして結菜は真のアメを告げる。


「伊織」

「な、なんだよ?」

「いくら顔が整ってる人だって、不潔だったり姿勢が悪かったり、性格が良くなかったらモテないと思う」

「……まあ、そうかもな」

「それはね、あなたにも同じことが言えるんだよ」

「えっ?」

「いくら私が気合い入れて服を着せても、あなた自身がしっかりしてないと、格好良くはならないんだよ」

「それは……」


 アメという建前に隠し、本音を告げる。


「あなたはステキなんだよ」

「…………」


 幼馴染の少女は、(まばた)きもせずに伊織を見つめる。

 彼は早々に、逃げるように視線を落とした。


 それはたしかにアメだった。

 自身のことを卑屈に地味だと言って隠れようとする伊織に向けた、幼馴染からのエールだった。


 だがしかし、香月結菜は美少女で、そしてそのストレートな言葉は幼馴染の伊織でも耐えきれなかった。

 彼は結菜の視線からだけでなく、場の雰囲気からも逃げ出した。


「お、おまえの言いたいことはわかったけど、じゃあムチは(なん)なんだよ?」


 結菜は小さく苦笑した。

 すぐさま話題を進めようとする幼馴染を見て、結菜は困ったように眉をひそめ、しかし優しげに笑う。


 彼女は伊織の行動を寂しく残念に感じていた。しかし同時にあまり引っ張るのも可哀想かとも思った。

 結菜は今度は苦笑ではなく、小さく笑うと伊織に言われた言葉のことを考え始めた。


 ムチ。

 その話題は結菜が学校で見た光景に関係しており、夜に伊織を茶化して遊ぼうと彼女が考えていた話題だった。

 しかし話の中で、その話題の重みは変わってしまう。


 結菜は雑談の中にやんわりとその話題を混ぜても良かったのだが、彼女の遊び心が、そして女としての彼女が、ムチとして告げることを選ばせていた。


「……わかった。じゃあムチを言うね」


 彼女はニコリと微笑むと、彼にそれ(・・)を振るう。


「伊織って、私に男の人が近付いただけでも嫌がるのに、自分はミミちゃんとかマコちゃんみたいな可愛い子とも普通に話すよね?」


 その威力は凄まじく絶大だった。

 先ほどまでの甘ったるい空気をすべて吹き飛ばし、そしてその勢いのまま伊織の心を引き裂きそうになり――。


「なんてね?」


 だからこそ彼女は、すぐに明るく笑って言葉を続けた。

 彼女は伊織が致命傷になる前に素早く(ほこ)を収め、同時に可愛らしくツンと彼の額を突いていた。


「男の子と女の子じゃ立場が違うし、私は気にしないよ?」


 結菜は(ほが)らかに笑いながら、そう言った。

 伊織は目の前で刃を寸止めされたような衝撃を感じながら、震える声で結菜に言う。


「い、いいのか?」

「うん、いいよ。私は大丈夫」


 結菜の姿は伊織から見ても、無理はしているようには見えなかった。

 彼は改めて、神に愛された少女(ギフテッド)の器の大きさを知らしめられる。


 結菜は続ける。


「というか伊織、気付いてないでしょ?」

「な、なにが?」

「なんでいきなり、美代子さん真琴さんだなんて言い出してるの?」

「あっ!?」

「それとも、私のことも結菜さん呼びに変えてくれたの?」

「……香月さんのままだ」

「あれれ? ここは私、もっと怒ってもいい場所じゃない?」

「悪い……」

「ふふふ」


 幼馴染の少女は、楽しそうだった。

 伊織とのやり取りで表情をコロコロ変えながら、彼女は何度も笑う。


「ビックリしちゃったよ。違和感なさそうに名前呼びしてるんだもの。男の子ってそういうの戸惑っちゃったりするんじゃないの?」

「うーん、そうかもしれないけど、俺はもう名前を呼ぶって決めちゃったしなあ……」

「あきれた。でも、そういう躊躇(ためら)わないところも、あなたの良いところかな」

「…………」


 伊織は黙り込み、居心地悪そうにそっぽを向いて頭をかいた。

 結菜はそんな伊織の横顔を、満足そうに眺める。


 そうして香月結菜は、一人回想を始める。

 彼女は強がりでもなく、もちろん伊織に興味がないのでもなく、彼が自分以外の女子生徒たちと話すことを受け入れていたのである。


「(いいよ。私をのけ者にして他の女の子を名前呼びしても。許してあげる)」


 彼女は頭の中でつぶやき、そして伊織の横顔を見つめ続ける。


「(今日は伊織の可愛いところも見せてもらえたし、ね)」


 夕方一方的に問い詰めてきた伊織に対し、結菜は嫌悪感などを一欠片(ひとかけら)も抱いていなかった。


「(伊織っていつもはしっかりしてるのに、私に男の人が近付くとあっという間にポンコツになっちゃうんだから)」


 時に自分に本気で本音でぶつかってくる伊織。自分に男の影が見えると一瞬で冷静さを失っていく彼。

 結菜はそんな幼馴染を、とても愛おしく感じていた。


「(ミミちゃんは伊織の魅力に気付いちゃったみたいだね。たぶん、マコちゃんもすぐにわかっちゃうよね。いいでしょ、私の幼馴染)」


 彼女は女子生徒二人の顔を思い浮かべる。縁あって仲良くなり、そして最近は話す機会の少なくなったミミとマコのことを。


「(でも、ドロドロした関係にはなりたくないんだよね。伊織が私の提案(・・・・)を受け入れてくれたらいいんだけど……)」


 彼女は将来の不安を感じていた。

 結菜は友人たちと幼馴染の彼のことで揉めることを嫌がっていた。


 だが結菜が一番嫌がっているのは幼馴染を取られることではなく、後味の悪さだ。

 彼女は勝負自体には不安を感じていない。だからこそ彼女は、伊織が他の女子生徒たちと話すことも受け入れるのだ。


「(けどミミちゃんマコちゃん、戦いの舞台に上がるなら覚悟しておいてね。あなたたちがライバルになるかもしれない相手は、とってもとっても強大なんだからね?)」


 香月結菜は門倉伊織を縛らない。

 それはあたかも、正妻の余裕のような貫禄を感じさせるものだった。



    ◇



 結菜は頭の中で考えをまとめると、明るい声で伊織に話しかけた。


「うん、じゃあアメとムチの話もおしまい。次は、いよいよ今日最後の話になるかな?」


 ぼんやりと幼馴染の器の大きさに感じ入っていた伊織は、「えっ?」と声を上げながら結菜を見た。

 そんな伊織に、結菜は笑顔でズバリと話を切り出す。


「ミミちゃんとマコちゃんには、私と伊織の関係を話しちゃおうよ?」

「美代子さんと真琴さんに、俺と結菜が幼馴染だって打ち明ける!?」


 伊織は思わずオウム返しに、結菜の言葉を繰り返していた。

 それは彼にとって、それほどまでに信じられない言葉だった。


 唐突に何を言い出すのかと混乱する伊織に向けて、結菜は真面目な表情で(うなず)いて話し始める。


「私はそれがいいと思う。絶対とは言わないけど、私はそう思うよ」


 伊織にはさっぱり理解できなかったが、結菜は強くそう勧めてきていた。

 結菜は彼にわかってもらえるように、だけど恋愛関係の話は持ち出すことが出来ずに、説明を始める。


「今までの話を思い出して? 伊織は自分のことを地味だと言ってたけど、ちゃんと魅力はあるんだよ。だからそれに気付いちゃったミミちゃんとマコちゃんからは、もう隠れることは出来ないと思うよ」


 伊織は結菜のその言葉に説得力を感じていた。

 自分が魅力的な人間かどうかまでは自信が持てなかったが、美代子と真琴がしばらくは興味を失いそうにないことも想像できていた。


 伊織は頷きながら、結菜に言う。


「そこまではわかった。たしかに二人からはもう隠れられないかもしれない。だけどそこから先は話が飛躍(ひやく)しすぎだ。いきなり幼馴染だってことを打ち明けなくてもいいだろ?」


 伊織の言葉に、結菜も言葉を返す。


「それもそうかもしれないけど、でも話が(こじ)れる前に打ち明けておくのもいいことだと思うよ。ミミちゃんとマコちゃんなら、最初は一悶着(ひともんちゃく)あるかもしれないけど、最後には悪いようにはならないと思うよ」

「うーん……」


 伊織は一悶着という言葉が気になったが、同時に別のことも思い出していた。

 美桜美代子と北条真琴は、伊織の前で結菜のことを気遣う発言をしている。

 打ち明けても悪いようにはならないという結菜の言葉には、伊織も同意できた。


 しかし彼は首を振る。

 伊織はどんな一悶着が起こりそうなのかは詳しく考えず、結菜に答えた。


「俺も美代子と真琴さんはいい人だと思う。でも逆に、いい人たちだからこそ、そこまで深く詮索(せんさく)してこないんじゃないかな?」


 伊織は二人を信用していないわけではなかったが、結菜との幼馴染関係は彼にとって特別な秘密だ。

 どうしても隠し通したいと思う秘密ゆえに、伊織には話を打ち明けて問題を解決してみようという気は起こらなかった。


「……私は早ければ早いほどいいと思うんだけどね」


 結菜は幼馴染が二人のことをいい人だと言ったことにチクリと胸を痛めたが、そこに触れることなく伊織に考え直すよう(うなが)した。


 しかしそこで伊織は結菜に笑顔を向けると、明るい声で伝えたのだった。


「大丈夫。俺が上手くやってみるさ。そもそも俺は二人をいい人だと思ってるけど、こっちから積極的に話しかけようと思ってたわけじゃない。それに、二人にわざわざ余計な秘密を背負わせなくてもいいだろう?」

「…………」


 そこまで言い切った伊織に、結菜は小さく息を吐いた。

 彼女は幼馴染の判断を尊重し、彼が上手くやると言ったお手並みを見せてもらうと考えた。


 しかしこの後、伊織が結菜との関係を話さなかったことで、昼間の彼と彼女の関係はますます妙な関係になっていく。

 伊織はそのような事態が起こることなど、夢にも思っていなかったのだった。



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