体の距離と心の距離
9/10 脱字を修正しました。ご指摘ありがとうございました。
香月結菜は昼と夜で別の顔を持つ少女だが、その片方だけが彼女の素顔というわけではない。
彼女とプライベートに関わる会話をするようになった美代子と真琴も、彼女へのイメージが大きく変わることはなかった。
あくまで彼女の二つの顔はそれぞれの延長線上にあり、どちらの顔も香月結菜という少女の魅力だ。
「よーし! 次は私の生足のターンだね!」
「どうしてこいつはこんな性格になってしまったんだろうな……。やっぱり俺にも責任があるのかな」
淑やかに幸せそうに伊織の耳掃除を受け入れていた結菜は、しかしそれが終わった瞬間、明るく弾けた。
彼女は学校一のアイドルであり高嶺の花であり、同時に伊織といつも一緒に遊び育ってきた一人の女の子でもあるのだ。
「道具、貸して? 今度は私がたっぷり癒やしてあげる」
幼馴染から耳掃除の道具を回収した結菜は、ニコニコと笑いながらそれを拭いて清潔にし始める。
そんな結菜に対し、伊織は肩を落として疲れたように喋りだした。
「俺はさ、今日はこのまま大人しく眠ってくれるかなとも思ってたんだよ」
「私のこと? たしかにその可能性もあったかな」
「だったら――」
「でもダメ。あなたがせっかく二度も褒めてくれたんだもの。私からもなにかしてあげたい気持ちでいっぱいになっちゃった。だから、眠ってなんていられないよ」
「……その気遣いはありがたいが、おかげで俺の精神力がガリガリと削れていってるんだよな」
「そんなこと言わないで。あなたも私にすべてを任せておけば、気持ちよくなれるってわかってるでしょ?」
「…………」
伊織はとても苦々しい表情で、結菜を見つめる。
しかし彼女はそれで怯むこともなく、逆に嬉しそうに笑うと飛びかかるようにして彼に抱きついた。
「えい、捕まえた!」
「……おまえは自分の身体がどれだけ魅力的に美しく成長したのか、もう少し自覚したほうがいいと思う」
「あれ? もしかして私、また褒められてる?」
「ああ、褒めてるよ」
「ふふ。これを褒めた回数に入れちゃうんだ。ずいぶんと甘い判断基準だったんだね」
結菜はそのような会話をしながら、彼の体を引き倒し始めた。
対する伊織は、躊躇いのない彼女の全力の抱擁にどうしても顔が火照ってきてしまう。
結局、彼は何も抵抗することなくあっという間に結菜の太ももの上に仰向けに乗せられてしまった。
すぐに覆いかぶさるようにして結菜が覗き込み、至近距離からとびきりの笑顔を見せつける。
「――うん。やっぱり膝枕はしてもらうよりしてあげるほうが、私は好きだなぁ」
彼女は嬉しそうにそう言い、「あなたの膝枕も大好きなんだけどね」と小首を傾げながら付け足した。
頭が真っ白になっていた伊織は、その彼女の動きと綺麗な瞳の瞬きで我に返った。
「……捕まえたのなら、さっさと始めてくれ」
そうして彼は、結菜から逃げるようにして横を向いた。
結菜はそのぶっきらぼうな声に、不貞腐れたように目を閉じる彼の横顔に、狂おしいほどの愛しさを覚える。
「わかった、じゃあすぐに始めるね。絶対に気持ちよくしてあげるから」
次の瞬間には、彼女の頭の中は彼への奉仕の心でいっぱいになっていた。
綺麗にした道具を手に取り、結菜は全力をもって彼に向かい始める。
結菜は幼馴染とふれあうことが大好きだが、その中でも耳掃除はトップクラスにお気に入りの行為だった。
自分との体の接触を避けるようになってきた彼が、自分の膝の上に頭を乗せ、自分が癒やすことで徐々に体の力を抜いていく。
その様子を見ているだけでも、彼女の心の中には最上級の喜びが生まれてくる。
しかも喜びのあまり彼の頭を撫でたとしても、耳掃除中の彼はそれを拒絶しない。まさに夢のような素晴らしい時間なのだ。
「(伊織、直接私の太ももに顔を乗せて幸せそうにしてる。嬉しいなぁ)」
同時に結菜にとって耳掃除の時間は、彼を膝枕をすることで一方的に横顔を眺めることで、その精神状態をより察しやすくなる時間帯でもあった。
伊織自身は感情を顔に出していないつもりだったが、今の結菜には彼の感情はバレバレの筒抜け状態だ。
結菜は幼馴染が今日も心から休めていることを嬉しく思いながら、一層彼に対して献身的に尽くしていく。
とはいえ、耳掃除を受ける側の伊織が、結菜の気持ちを一切察知できないわけではない。
しばらく彼女の奉仕を気持ちよさそうに受け入れていた伊織は、ある時口を開く。
「おまえ、今日は特別機嫌が良さそうだな」
それを聞いた結菜は、「おっと」と手を止める羽目になった。
彼女はそこまで自分は有頂天になっていたのかと照れながら、伊織に答える。
「あなたが幸せそうにしてくれているから、私も嬉しいんだよ」
「……俺はいつもと変わらないぞ。普通に気持ちいいけど、それ以上ではないぞ」
「ふふ。それでも私は幸せだよ」
言葉の通り幸せそうに答える結菜に、伊織はなんだか言いくるめられてしまったかような気がした。
彼はムッとして黙り込み、結菜は満面の笑みで耳掃除を続ける。
再び幼馴染の前でリラックスしていく伊織。
結菜はそれを優しげに見つめながら――しかしやがて気付いてしまう。
先ほどまでの彼とは違い今の伊織の体には、中心に芯が一本残ってしまったかのように力が入ったままになっていると結菜は思った。
彼女は彼の機嫌を損ねちゃったかなと思いつつ、一生懸命手を動かしていく。
ところが、それからしばらく経っても伊織は心から体を休めようとはしなかった。
結菜は一つの仮設を立て、少し悲しげな声で彼に言う。
「もしかして伊織、私になにか言いたいことがあって、でも諦めて我慢しちゃってる?」
その言葉で、彼女の幼馴染は閉じていた目をパッと見開いた。
しかし彼が驚いていたのは一瞬で、伊織は苦笑しながら返事を返した。
「どうしたんだよ。おまえに言い負かされて俺が黙り込むことなんて、珍しいことでもないだろ? なんで今回はそんなに不安そうな声を出すんだ?」
「……その明るい声で確信した。今あなた、何かを隠そうとしてるね?」
「…………」
結菜の真剣な声に伊織は言葉を詰まらせ、やがて特大級のため息を吐いた。
彼は言う。
「隠そうとしてるわけじゃない。忘れようとしてたんだよ」
「私への文句を?」
「違う違う。おまえの愚痴……ではないと思う。心配するな」
門倉伊織は根が正直な少年だ。
会話の途中で間を挟んでしまい、当然、それを結菜に感づかれた。
「私への愚痴……かもしれないんだ?」
結菜の声から感情が消えていき、伊織は面倒なことになったとばかりに表情を歪めて言う。
「もう止めないか? 忘れようぜ。おまえなら気持ちを切り替えて、また耳掃除を再開できるだろ? 俺はそれを望んでる。頼むよ」
幼馴染に「頼むよ」とまで言われた結菜は、大きく心を揺れ動かされる。
彼女は彼の望みを叶えてあげたいと思い、しかし彼が自分への愚痴を言わずに流すのも絶対に嫌だとも感じた。
葛藤の末、結菜は明るい声で伊織に言う。
「わかった! ごめんね、私少しムキになってたかも。耳掃除を再開するね!」
その時すでに、彼女は気持ちを切り替えていた。
伊織が「心配するな」と言った言葉を信じ、彼の耳を覗き込んでいそいそと掃除を再開させる。
優しく彼の体に触れ、慎重に丁寧に耳の中をなぞっていく。
しかし、人の心とは不思議なもので、思い通りの展開になったはずの伊織は浮かない顔をしていた。
結菜が打算もなにもなく純真な心で彼への奉仕を再開させたことで、彼の心にモヤモヤとしたものが生まれてくる。
「……俺、やっぱ話すわ。忘れようとしてたこと」
「え? 急にどうしたの?」
「おまえには色々してもらってるのに、その上で隠し事してるみたいで嫌になったんだよ」
「罪悪感とか感じちゃったの? そんなのいいよ。隠し事じゃないんでしょ?」
「隠し事……じゃないはずだ。でも嫌なんだよ。おまえの要望を蹴った形になったのは間違いないんだし」
結菜は手を止め、伊織の横顔を見る。
その真剣な表情に、彼女は思わず頷きそうになってしまう。
だが、直後に彼女は首を振った。
彼と同じように真面目な声で、彼に言う。
「ううん、やっぱり話さなくてもいいよ。私はあなたの優しさに付け入って懐柔しようとしたわけじゃない。今回は強引に私が引き出そうとしたところも反省してるし、私を甘やかさないで」
ほんの少し前とは、まったく逆の立場で対立する伊織と結菜。
お互いがお互いの言いたいことが理解でき、その上で、譲れない筋が出来てしまった幼馴染の二人。
しかしそこで、黙っていた伊織がゆっくりと顔を動かすと横向きに結菜の目を見ながら、彼女に静かな口調で告げた。
「今日のところは俺に従ってくれ、結菜」
「…………」
彼女はぽかんと口が広がっていくのを止められなかった。
その瞳も真ん丸になっていき、顔中で驚きを表現していく。
もちろん、彼女はそう単純な少女ではない。
言葉一つで従えさせることが出来るなら、彼の人生は――いい方向に転がるかはわからないが――大きく変わっていただろう。
今のその発言も、使いどころを間違えれば彼女の逆鱗に触れる可能性があった。
だがその時の彼女は、短い返事で彼の言葉を受け入れるのだった。
「はい」
とても嬉しそうにまっすぐに、結菜は幼馴染に答えた。
それを聞いた伊織は前に向き直って緊張が解けたように大きく息を吐き、彼女の頬がほんのり赤くなるのに気付かなかった。
結菜は伊織が心を落ち着かせている横で、しおらしく静かに彼の言葉を待ち始める。
「おまえも聞いてくれたらわかると思うんだよな。俺の気持ち」
そうして伊織は、結菜のドキドキに気付かずに話しだした。
彼は彼なりに強い言葉を使ってでも喋りたくなる話題を持っていて、そしてそれは一度喋りだすと止まらなくなるものだった。
「そもそもこの話は、何度もおまえに問いただそうかなって思ってたことなんだよ。でも、やっぱり怖くて聞けなかったんだ」
胸を高鳴らせ、頬を薄く朱に染め上げた結菜は――しかしそこで彼の言葉にわずかに首を傾ける。
問いただす。怖くて聞けなかった。
彼女が疑問に感じ始める前で、伊織は言葉を続ける。
「でも、おまえが今日特別に機嫌が良かったから、やっぱり改めて聞いておくべきかと思ったんだよ。これが今回の話の前置きな?」
伊織はそこで再び顔を動かし結菜の目を見ると、声のトーンを落として彼女に言った。
「おまえ、オカルト部の部室で美代子さんたちと昼食取った時、一体何を話してきたんだ?」
問いただしたくても怖くて聞けなかった話題。
結菜への愚痴かもしれないが、愚痴ではないかもしれない話題。
そして、隠し事でもなく、出来れば忘れたい――なかったことにしたい話題。
彼女の頭の中ですべてがつながる。
香月結菜は昼と夜で別の顔を持つ少女だ。
淑やかな結菜と、明るく元気な結菜。
それはそれぞれ表裏一体であり、どちらの顔も香月結菜という少女を構成する魅力に過ぎない。
「よーし伊織! 反対の耳を見せて? 耳掃除の続きをしよう!」
「待てやコラ! ここまで聞いておいてなかったことにはさせないぞ!」
結菜のスイッチは切り替わり、彼女の心の中はすでに幼馴染との時間を楽しむ気持ちでいっぱいになっていた。
「でも伊織、私たちが何を話したのか聞くのが怖くて、このまま聞かずにスルーしようとしてたんでしょ?」
「そうだったけど、もう腹をくくった。洗いざらい喋ってもらう」
「伊織がスルーしようと思ったってことは、ミミちゃんとかの反応から嫌な予感がしたの?」
「……美代子さん、昼休みが終わって戻ってきたら、真っ赤な顔でこっちを見てきてた」
結菜は声を出して笑い、伊織は不満げな表情を全面に押し出してくる。
「笑い事じゃないぞ。一体何を喋ったんだよ」
「そこまで色々喋ってきたわけじゃないよー。リンちゃんが知ってることの範囲であなたとの関係を明かしてきただけ」
「……それってもしかして……」
「うん、昔は一緒にお風呂も入ってたし、キスもいっぱいしたことがあるって喋っちゃった」
「…………」
伊織はパクパクと口を動かすだけで声が出せなくなり、結菜はそんな伊織にさらりと声をかける。
「あ、伊織、本当に反対を向いてくれる? 耳掃除、今度は逆側をやりたいの」
彼は半ば茫然となりながら、しかし結菜の希望通り彼女のお腹と向かい合う形に寝返りを打つ。
結菜はこういう状況でも素直に自分の言うことを聞いてくれる伊織のことを、やっぱりいい人だなあとしみじみ思った。
嬉しくなった彼女は、再び丁寧に彼の耳掃除を開始する。
やがて伊織も落ち着きを取り戻してきて、彼女の邪魔にならない程度に彼女の太ももをペチペチと叩いた。
「結菜、どうせこの格好も、そのオカルト部での会話が関係してるんだろ?」
「大正解。あなたは本当に、気付いた上でスルーしようとしていたんだね」
「……どんな会話があったのか、詳しく言え」
「それはいいけど、その前に私の太ももをぞんざいに扱ったことについて一言ほしいかな」
「あー、そのことなんだが、おまえ太ももを直接いきなり触られても、ピクリとも動じなかったよな? ちょっと驚いたんだが」
「ううん、内心では驚いてたよ。あなたから断りなく直接触ってくることって、本当に本当に久しぶりのことだったからね」
結菜は「それがあんなペチペチだなんて、ちょっと納得いかないけどね」と続けた。
それを聞いた伊織は眉をひそめ、その話題から逃げるように彼女に言った。
「まあとにかく、どういう経緯でこんな格好しようと思ったんだ?」
「んー、マコちゃんとミミちゃんがね、伊織は女の子に興味がないんじゃないかって質問をしてきたから、かな」
「…………」
その時伊織は心から、やはり聞くべきではなかったと後悔していた。
彼女たちからそのように思われていたのかというやるせなさと、彼女らの裏側をこっそりと聞き出してしまった罪悪感が彼を襲う。
そして結菜は、このような場合に幼馴染を気遣うことはない。
いつもと変わらぬ調子で、伊織に問う。
「あなたって、人並みには女の子好きだよね?」
可愛らしい美少女な幼馴染にそのような質問をされた伊織は、さらなる疲労感に苛まれながら肩を落とす。
「知らないよ。俺に、特に思春期迎えてからの親しい男友達はいないって知ってるだろ。だから人並みって言われても基準がわからないよ」
「転校とか色々あったもんね。そう言われちゃうと、この話はこれ以上聞いちゃいけない気がしてくるなあ」
「だろ? だから――」
「じゃあ私が、友人の代わりとして判断してあげます」
「は?」
「あなたは女好きです!」
「……なんなんだよこの会話」
余計に気落ちする伊織の横で、結菜は口調を戻して言う。
「でも実際問題、あなたはちゃんと女の子が好きだもんね。少なくとも私は、そう確信してる」
「俺はそれを聞いて、どういう反応をすればいいんだよ」
伊織は息を吐きながらそう言い、直後にハッとなって言葉を続けた。
「ちょっと待て。そこまで確信があるのなら、わざわざ際どい格好する意味なかったんじゃないのか?」
「たしかにこの格好はあなたが女の子に興味があるのかを調べようとした格好だけど……、まあ念のための確認だよ」
「……本音は?」
「いい機会なのであなたを誘惑して、その反応を見て遊ぼうと思いました」
「正直に言ったのは評価してやるが、俺が怒らなくなるわけじゃないんだからな?」
そこで彼は、地味に怒気を込めて幼馴染に言う。
けれども間を置かずに返ってきたのは、彼女からの明確な好意だった。
「でも、たまにはあなたに見てもらいたくなってもいいでしょ? あなたは理由を作らないと全然見てくれない人なんだから」
照れたような寂しがるような表情で、結菜は幼馴染にそう言った。
伊織には見ずともその彼女の顔が思い浮かび――、彼は耐えきれなくなったように喋りだす。
「おまえの体を毎日盗み見てると言われたり、理由がないと見てくれないと言われたり、俺って好き放題言われてるよな」
「あはは。たしかにそうだね。でも、堂々とは見てくれないじゃない」
「堂々と、ねえ……」
彼は何度目かもわからないため息を、そこで改めて吐き出した。
美しい幼馴染と突っ込んだ話を長く続けていた彼は、いい加減思考が鈍り始めていた。
加えて先ほどは背を向けた状態で膝枕をされていたのが、今は彼女のお腹と向かい合っての膝枕だ。
魅力的な感触の太ももと彼女自身の匂いも、伊織の思考能力を確実に奪っていた。
伊織は不意に片手を上げる。
それを見た結菜はすぐさま若干身を引いて、彼から耳掃除の道具を遠ざけた。
そうして自由になった彼は軽く上体を起こすと、唐突に目の前にあった結菜のシャツをめくり上げた。
彼女の身体が――さすがの結菜と言えど完全に硬直する。
「~~~ッ!?」
結菜が全身全霊で声を出さないように身震いしないように耐える前で、伊織は彼女のシャツの下に隠された光景を見ながら特に感慨げもなく言った。
「ふむ、やっぱこのホットパンツだったか。年々おまえのことがわからなくなってきてるとはいえ、まだまだ俺の予想も捨てたものじゃないな」
彼はその発言の後、何事もなかったかのように彼女のシャツを戻して彼女の太ももの上に顔を乗せ直した。
とはいえ伊織のその横顔は耳まで真っ赤で、そして同じくらい結菜の顔も赤くなっていた。
やがて、奥歯を噛みしめていた結菜が、口を開く。
「耐えきった……!」
「……まあ、俺は引っぱたかれる覚悟もしてたんだが、悲鳴一つ上げずに流されるとは思わなかったよ」
「でも、ビックリした……。おへそまで見られるとは、夢にも思わなかった……」
「…………」
結菜はどこかスッキリとした顔を見せ、徐々に喜びの感情が強くなっているようだった。
反面、伊織は後から後から恥ずかしさがこみ上げてきているようで、早くも目を閉じ防戦の構えを取っていた。
「……ふふ」
結菜にとっては、絶好の反撃のチャンス。
ところが彼女が、軽く笑っただけで彼をからかおうとはしなかった。
再び道具を持ち出してきた彼女は、何も言わずに耳掃除を再開させる。
否。耳の中に道具を入れる直前、結菜は言った。
「嬉しかったから、あなたにたっぷりお礼してあげる」
結局、お互い顔を真っ赤にさせた彼らはそこで会話をやや強引に終わらせた。
彼女の幼馴染は敗北感を抱きながら、しかしいつしか晴れやかな心で、極上の癒やしを楽しんでいく。




