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寂れた部室に明るい声

8/12 誤字の修正を行いました。ご報告ありがとうございます。


 伊織がいない女子だけの昼食会。

 美代子たちは男性の目がないことでブレーキを掛けることが減ってしまい、ついつい会話をエスカレートさせてしまう。


 彼女たちは恥ずかしさを覚えながらも、しかし赤裸々(せきらら)に自分たちの興味をさらけ出していく。


 だがそんな中で、結菜だけはいつもと変わらぬ穏やかな表情で話をしていた。

 美代子はそのことが疑問に思え、そしてそこへ燐音が口を挟む。


『恋話を少々掘り下げても結菜が恥ずかしがらないのは、当然のこと』


 燐音はそのような意味の言葉を言い放ち、美代子たちの視線を集める。

 そうして燐音は真っ赤な顔で下を向いたまま、とても恥ずかしそうに結菜の過去を暴露した。





「だ、だって、結菜は伊織と何度もキスしたことがあって経験豊富なんだ! ボクたちより進んだ女の人なんだよ!」


 口にするのも恥ずかしい。

 そのような雰囲気を出しながら、燐音は大声でそう言い切った。


 美代子と真琴はその発言に衝撃を受け、次の瞬間、高速で結菜の方へを顔を向ける。


「……え、結菜、リンが言ってることってホント?」


 躊躇(ためら)いがちに、しかしどうしても問いかけずにはいられず、美代子は言う。


 その結菜は、燐音の暴露で初めて頬が赤く染まり始めていた。

 口調にも若干照れが入りながら、彼女は答える。


「ちょっと語弊(ごへい)があるような気もするけど……うん、リンちゃんが言ってることは事実だよ」

「な、何度もキスしたことがあるって、ど、どれくらいの回数なの?」

「お、覚えてないくらい……」

「…………」


 結菜がそう言ったことで、その場の彼女たち全員に恥ずかしい気持ちが広がっていく。

 部室にしばし沈黙が訪れ、やがて結菜が若干早口で喋り始める。


「な、なんだかこれだと私がキス魔みたいだね。でも言い訳させてもらうと、密度じゃなくて年数で覚えていないんだよ?」

「……ど、どういうこと?」

「私と伊織が初めてキスをしたのは、本当に小さな子どもの頃なんだ。だから、それから長い年月をかけてじっくりとキスし続けてきたから、回数はもう覚えていないの」

「あ、あー、そういうことなんだ」

「それに……、ここ最近は何年もしてないし、ね」

「…………」


 近年は伊織とのキスはない。

 そう言った結菜が少し寂しそうで、美代子は一時言葉を失った。


 だが美代子が再び喋り出す前に、隣から真琴が質問を続け始める。


「ど、どうしてしなくなったの? なんとなく? それとも理由があって?」


 まくし立てるように喋る真琴に、結菜は赤い顔で苦笑した。

 彼女は秘密にすることも考えたが、小さく息を吐くと静かに語るように話し始める。


「あれは中学一年生の、バレンタインの夜のことだね」


 突然の結菜の発言に、美代子と真琴は吸い込まれるようにして注目していく。


「私はいつものようにチョコを渡して、いつものように伊織に口づけしたの」


 彼女ら二人は息を飲み、そして同時に美代子は結菜を見つめたまま燐音の服の裾を掴む。


「でも、伊織はいい加減恥ずかしくなっていたみたいだね。もうお互い小さな子どもじゃないんだから、こういうことはもう止めようって言い出されちゃったんだー」


 結菜は「それで、それっきりになっちゃってるね」と恥ずかしそうに続けた。

 聞き手側の三人は結菜以上に真っ赤な顔になり、しかし今度は美代子が勇気を出して結菜に問いかける。


「結菜は、それで納得したの? 拒絶されたみたいで悲しくなかった?」

「悲しさはもちろんあったよ。でも、納得しちゃった部分もあるんだ。その頃になると、特に伊織が性別の違いを強く意識してる感じになってきていたからね」


 結菜の生々しい発言に、美代子は胸が締め付けられるような気持ちになる。

 同時に美代子は「ああ、この二人は本当に子どもの頃からずっと一緒だったんだな」と思った。


 そんな美代子の隣で、真琴が放心して心の声が漏れ出たようにつぶやいた。


「せ、性別の違い……男と女……」


 美代子はその言葉で、ハッと我に返った。

 彼女は今がオカルト部の部室で食事中だということを思い出し、慌ててその場を見回しながら口を開く。


「あー、ちょっと込み入った話になりすぎかね? 結菜にも伊織くんにも悪いし、そろそろお弁当に戻ろうか」


 その発言は、話を収拾させようとする意図がハッキリと表れていた。

 ところが真琴はそれをわかった上で、()えて自分の気持ちを優先させる発言を始める。


「も、もうちょっと聞かせてもらおうよ。こんな機会めったにないよ? ミミだって、伊織くんと結菜に過去何があったか興味あるでしょ?」

「…………」


 勝負は真琴の発言に、うっかり黙り込んでしまった美代子の負けだった。

 ニッと笑った真琴は美代子の隙を突き、再び楽しそうに結菜に問いかける。


「ね、ね、結菜、他にも何かおもしろエピソードがあるなら教えてよ?」

「えー? おもしろエピソード?」


 問われた結菜は頬こそ赤くなったままだったが、すでにいつもの口調と表情に戻りつつあった。

 美代子にはそんな結菜が過去を話したがっているのか困っているのかの判断がつかず、口を挟むことが出来なかった。


 結局結菜は、次々と彼女たちが興味がありそうな話を喋り始める。


「そうだねぇ……、じゃあマコちゃん、仲のいい幼い兄妹ってのを思い浮かべてくれる? ちょっと良過ぎるくらいの仲のいい兄妹」

「え、あー? うん、わかった」

「私は伊織のことをお兄ちゃんだなんて思ったことはないけど、でも、私たちはそんな仲が良過ぎる兄妹がやってそうなことを、たぶん全部してきたんじゃないかな?」

「え、仲のいい兄妹がやってそうなことを、全部してきた?」


 真琴は結菜の発言をオウム返しに繰り返し、そして結菜は笑って答える。


「うん。一緒にお風呂にも入ってたし、もちろん一緒のお布団で寝ることも普通だったし、ちょっと体調悪いかなって時には指一本動かすことなく看病してもらったり、逆にしてあげたり」

「…………」

「休みの日はトイレ以外で一秒たりとも離れなかったり、何時間も二人で何もせずに一緒にいたり――」


 そうして結菜が言葉を並べ続けていくと、またまた聞き手三人の顔が真っ赤になっていく。

 それを見た結菜は優しく笑うと、真琴に言う。


「まあそんな感じで、これら一つ一つにエピソードがあったりするんだよね」


 自身の目を見てそう言われた真琴は、結菜に圧倒されていてすぐには返事が出来なかった。

 彼氏も出来たことがない彼女には、そして美代子にも燐音にも、結菜の話はただただ強烈だった。


「や、やー、なんというか、結菜はリンちゃんが言っていた通り、経験豊富な女なんだね?」

「えー? またそういう言い方するの?」

「あはははは……。さ、さて。私も食事に戻ろうかな」


 真琴は露骨に話題を変えて、自分の弁当を食べ始める。

 美代子も燐音もその真琴の行動で呪縛が解けたように体から力を抜き、そして美代子は燐音の顔を見ると、なんとなく頭をぽんぽんと軽く撫でた。


 そうして燐音が無言で食事に戻ったところで、美代子は場を明るくしようと結菜に言った。


「でもちょっと思ったんだけど、伊織くんと結菜って、伊織くんのほうがお兄ちゃんなんだ?」


 軽い気持ちで話し始めた美代子。

 ところが伊織と結菜の関係は、彼女が想像している以上に深かった。


 結菜は嬉しそうに美代子に答える。


「そうだよー。それで、実はこれにもエピソードがあってね」

「えっ?」

「出産予定日は私のほうが先だったんだけど、伊織がフライングして早産児として生まれてきてね。お姉ちゃんの座を奪われちゃったんだ」

「そ、そうなんだ?」

「うんうん。だから私は今でもたまに彼に言ってるんだ。伊織はどうしても私のお兄ちゃんになりたかったんだよね、って。そしたら伊織、すごく嫌そうな顔で黙り込むんだよね。可愛いでしょ?」

「…………」


 美代子は思わぬところで結菜のノロケ話のようなものを聞かされ、食事も終わっていないのに胸焼けがするようだった。

 やがて彼女は苦笑すると、隣の燐音に話しかける。


「ねえリン、結菜って昔からこんな感じなの?」


 燐音はフォークで一口おにぎりを食べながら、即答する。


「うん。ボクの手を焼かせるほどの化け物だよ。美代子も十分注意したほうがいい」

「……その忠告はありがたいけど、出来ればもう少し早く聞きたかったかな」


 ため息混じりに美代子はそう言って、彼女も自分の弁当を食べ始めた。

 その向こうでは結菜は笑顔で「ひどいなー」と抗議をし、真琴もそれを見て笑った。


 それから彼女らは和やかに食事をしながら歓談を楽しんだ。





 余談ではあるが。

 午後の授業が始まる直前、伊織は隣の席に美代子が帰ってきたことに気付いた。

 彼は何か声をかけるべきかと迷い、チラリと彼女の様子を(うかが)う。


 すると何故か美代子は頬を赤らめ彼から視線を外し、伊織は女子だけの昼食会でどんな会話が行われたのか不安になるのだった。



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