彼抜きの彼女たちの会話
「あたしもさ、結菜とは隣の席になったことあるし友人だと思ってたんだよ。でも伊織くんと幼馴染だなんて、本当にさっぱりわからなかった」
「結菜は特定の男子に優しくしないってルールを、伊織くんにも等しく適用してるみたいだよね。だから私も、クラスメイト以外の共通点は見出だせなかったよ」
「徹底してるよなあ……」
燐音は美代子と真琴が会話している様子を、小さなフォークを握ったままぼーっと眺めていた。
昼休みのオカルト部。
晴れて奪還に成功したその部室での昼食会。
しかし燐音はその集まりの中で、またも目の前で起こっている事態が現実のものだと思えなくなってしまったのだ。
「えー? 伊織のほうはわからないけど、私はそこまで幼馴染関係を隠そうとはしてないよ」
二人の会話に結菜も加わり、彼女たちは雑談を続けながら食事を進めていく。
その様はごく自然で、馴染みのない空間で珍しい組み合わせの顔ぶれでお喋りをしているようには、とても見えなかった。
燐音はそのことが不思議に思え、自分には真似できない芸当だなと感じた。
それは彼女らの社交力の高さか、あるいはしっかりとした友人関係が出来上がっているからなのか。
と、そこまで考えた燐音は、ふと自分には本当の友人は一人もいないのではないかと不安になった。
美代子も真琴も友達になれたと思っていたのに、そして結菜はずっと友人だと思っていたのに。
しかしいざその三人が話を始めてみると、自分は上手く会話に混ざることが出来ない。
いつの間にか、いつも教室で自分がしているように、ただ眺めている状態になってしまう。
燐音はそうして眺めているだけの自分がとても悲しくなり、すぐにその場にはいない伊織の姿を目で探し始めた。
前に自宅で結菜たちがお喋りしていた時は、燐音と同じく聞き手側の伊織が自分にかまってくれたからだ。
だが、燐音もわかっていたが、今日は伊織は教室で留守番をしている。
学校では結菜と一切関わろうとしない伊織。
彼は結菜が昼休みにオカルト部に来られそうなことを知ると、率先して自分は残ると言い出していた。
「……結菜は隠してない、ねえ? 例えばどこが?」
「色々とあると思うけど。そうだね、例えば……」
燐音は美代子たちの会話の横で、キョロキョロと視線を動かして伊織がいないことを再確認する。
そのわかりきった結果に、燐音は『自分は何をしているんだろう』と余計に悲しくなり、こっそりと息を吐いた。
しかし友人関係とは、話し上手な人と話し下手な人との間でも十分成り立つものだ。
結菜は燐音が息を吐いたのを見逃すことなく、その場にピッタリの話題を思いつく。
「もうミミちゃんもマコちゃんも知ってる私と伊織の共通点があるよ。それはクラスの人もかなり知ってそうな共通点だね」
「え!? いやいや、そんな共通点があれば、とっくに怪しいと思う人が出てきてるはずじゃん」
「うーん、どうなんだろうね。共通点だと思う人はいると思うけど、重要視されてないのかな?」
「……ホントにそんな共通点あるんだ? 一体何よ――って、ああそうか!」
美代子は結菜との会話の途中で、勢い良く燐音の方へと振り返った。
そして真琴も納得したように燐音を見ながら話し始める。
「そっか。言われてみれば、リンちゃんは結菜も伊織くんも隠してない共通の友人だね」
「リンは学校最大の秘密を握っている、キーパーソンになるのか……」
「でも、たしかに重要視されてないね。伊織くんとリンちゃんの組み合わせは、まあ意外かもしれないけど――」
「結菜はクラスの女子なら誰にでも優しいからなあ。実はリンと長い付き合いがあるから話しかけてる、とはあたしも考えなかったな」
結菜は美代子たちの会話に穏やかに微笑み、燐音は自分が話題になることで気まずそうに下を向いた。
だが、そんな燐音に美代子の声が飛ぶ。
「ってリン、お弁当全然食べてないじゃん。もしかして体調良くないの?」
そう問われた燐音は驚いて目を丸くし、その後ぶっきらぼうにタコさんウインナーにフォークを突き立てると、ぽいと投げ入れるように口に運んだ。
今度はそれを見た美代子が驚く番で、彼女は誰に尋ねるわけでもなく言う。
「え? なんで無言? あたし怒られてるわけ?」
その美代子の言葉は燐音に届いているはずだが、彼女は一切反応を見せなかった。
結菜は微笑んだままで、次に口を開いたのは真琴だった。
「リンちゃん、気分が悪いとかじゃあないんだよね?」
それには燐音も、顔を合わせることなく頷いて応じる。
美代子はそんな彼女を少しの間あっけに取られたように眺めていたが、やがて苦笑するとため息混じりに話し始めた。
「ちょっと話題を間違えていたかな。せっかくオカルト部に招いてもらっているんだし、リンにもっとオカルト部のことを教えてもらおうかな? ね、マコ」
「うん、そうしようか。結菜への追求はまた今度でも出来るしね」
「あはは。追求されちゃうんだ?」
ところが彼女たちがそんな会話をし始めても、燐音は顔を伏せがちにしたまま小さな口で食事をするのみだった。
美代子は心の中で「ありゃ」とつぶやき、しかしそれでも部の話題をしていれば彼女も話に混ざってくれるかなと考える。
「まあでも、部室、あっさり返ってきたよね」
「あー、うん。オカルト部に色々な事情があるとはいえ、それでも返ってきてホッとしたよね」
「あ、部外者が首を突っ込み過ぎるのもどうかと思うけど、あたしその事情ってやつをもう少し聞いてみたいんだよね」
「お。ねえねえリンちゃん、ミミがあんなこと言ってるけどどうする?」
美代子の発言にすぐに真琴も乗っかり、彼女たちは二人で燐音に水を向ける。
けれども燐音は「結菜に任せる。美代子に教えてあげて」と小さくつぶやくのみ。
三人は顔を合わせて小さく笑うと、その後結菜が喋り始める。
「じゃあミミちゃんが知らない、とっておきのお話をしてあげようかな」
「あれ、まだそんな隠し玉あったんだ? 聞かせてよ」
「ホントは伊織もいるときに話したかったんだけどねー」
「……伊織くんもいるときに?」
楽しそうに結菜の話を聞いていた美代子は、しかしやがて眉をひそめる。
結菜はそんな美代子を見ておかしそうに笑うと、続きを話す。
「ミミちゃんはカリスマ部長の話を覚えてる?」
「え? そりゃもちろん。占いとかテーブルゲームなんかに精通したやり手の部長さんだよね?」
「うんうん。でもミミちゃんは、その部長さんの容姿は覚えてないんだよね?」
「……ん? 覚えてるも何も、そんな話したっけ? 美人だったとは聞いたけどさ」
首をひねる美代子を見て、そこで真琴が嬉しそうに口を挟んでくる。
「あ、結菜の言いたいことがわかったかも。ねえ結菜、私が続きを話してもいい?」
「うん、どうぞどうぞ」
「ありがと。じゃあミミ、あんたも会ったことがあるはずなんだよ。その部長さんに」
「……えー?」
美代子はますます訝しげに顔をしかめ、真琴は先を急ぐように喋り続ける。
「新入生歓迎会で、部活紹介とかもしたでしょ?」
「でもそれって、去年の話でしょ。しかもたくさんの部を紹介されたし、オカルト部の部長だけ覚えてるなんてことはないよ」
「それが覚えてるんだって。オカルト部らしい、魔女のコスプレをした三年の先輩がいたはずなんだよ」
「いや……、あたしはただでさえ部活動に興味がなかったし、それにコスプレっぽいことをしている人もいっぱいいたし、覚えてるわけが――」
面倒そうに返事をしていた美代子は、しかしある時不意に目を見開いた。
その後美代子はゆっくりと頬を赤らめ、そして背中を丸めていく。
燐音は彼女が唐突に話を中断したことで、不思議に思って顔を上げた。
美代子はその燐音の前で、俯きがちに赤い顔で、ボソリと言った。
「お、覚えてるわ……。妖艶な魔女の格好をして舞踏会みたいな仮面を付けた……、そ、その、お化けみたいに胸が大きい三年生、いたわ……」
「だよねだよね! 絶対に覚えてると思った! あの巨乳は強烈だったよねえ!」
最後には消え入りそうな声で言った美代子に、真琴は大きな声で絡んでいく。
しかし美代子はその真琴はジロリと睨むだけで、恨み言は結菜へ向かって言い始めた。
「これが、結菜のとっておきの話?」
「あはは、そうだよー。ミミちゃんもあの人だったのかーって、頭の中で情報がつながったよね?」
「つながったけどさ……」
「ちなみにそのカリスマ部長さん、人目を引く容姿と決め台詞で、その時部員を爆発的に増やしたんだって」
「……決め台詞ってのは、一体どんなの?」
「仮面の下の私の素顔が知りたい人はオカルト部へ。共にミステリアスな謎を解き明かす活動をしよう! ――だよ」
「ああ……、そりゃ上手いやり方だわ。やり手の部長ってのがよくわかるエピソードだ」
美代子は強い疲労感を感じながらそう言い、次に今も赤らんだままの顔で燐音を見る。
いつもの燐音なら、こういう状況では指を指して美代子をからかうこともあるだろう。
しかしその時の燐音はまだ大人しいままで、不機嫌そうな美代子と目が合っても何も言わなかった。
そして、美代子はそんな燐音に対し、ややたがの外れた発言をする。
「ふと思ったんだけどさ、リンっておっぱい大きな女性は敵なの?」
「な……!?」
「いや、いつも体の小さな自分を自慢に思ってる感じだからさ、純粋にどうなのかなって思って」
美代子の言葉で、燐音は部室に入ってきて最大級の大きな声を出した。
伊織がいない、女だけのその空間。
彼女らは少しずつ、しかし確実に思春期の女の子らしい話題にのめり込んでいく。
「ぼ、ボクは胸の大小で人を判断したりしない! 部長のことだって認めているぞ! だが、どちらが優れているかと白黒を付けるなら、それはむろんボクのほうだ!」
「ああ、そういうスタンスなんだ」
あれほど静かにしていた燐音が、顔を一気に赤くして大声を出す。
美代子は彼女を会話に引き入れたことに達成感を覚えながらも、すぐに自分の興味がある話題を続けていく。
「でも、男子はやっぱり大きいほうが好きな人多そうだよね。前のオカルト部は、男子のほうが多かったんでしょ?」
それに答えるのは真琴。
彼女も女ばかりと油断しブレーキを忘れ、この話題を掘り下げていく。
「そうみたい。あれだけ大きい人だと、絶対に苦労も半端ないと思うけど」
「足元は見えないし肩もこるだろうし……」
「わ、私はでもさ、ここで結菜に聞いてみたいことがあるんだよね……」
「……あー……」
真琴の言葉に美代子が察したような長い声を上げる。
それに結菜は苦笑し、彼女らの聞きたいであろう質問に先回りして答える。
「私だって、伊織の性癖まで完璧に理解してるわけじゃないよー」
「せ、性癖って、結菜あなたね……!」
すぐに美代子が結菜の直接的な表現を窘め、しかし真琴はそんな美代子を無視して結菜に問いかける。
「で、でも少しくらいなら、伊織くんの好みもわかったりするんじゃない?」
「うーん、それは、たぶん……」
「というか私は正直、伊織くんって女の子に興味があるのかどうなのかすら疑問に思うことがあるんだよね」
「あ、それは絶対にあると思うよ」
「そ、そうなんだ? 結菜はどうしてそう思うの?」
「だって伊織、私が隙を見せると男の子だなーって感じで目が泳ぐからね」
「…………」
真琴はその言葉で黙り込み、話を聞いていた美代子と同時に喉をゴクリと鳴らした。
しかし直後に我に返った美代子が、慌てて結菜に話しかける。
「と、というか結菜、ずいぶんとこの手の話に耐性があるんだね?」
「そうかなー?」
「そうだよ。さっきから顔も赤くなってないじゃん」
美代子のその指摘に、結菜は困ったように笑う。
そうして結菜が何か反論しようかなと口を開いた瞬間、それまで黙っていた燐音が先に喋り始める。
「――結菜が、耐性があるのは当たり前なんだ」
不意の燐音の発言に、美代子と真琴はハッとなって彼女を見た。
そこには俯いたまま耳まで真っ赤になった燐音の姿があり、彼女は恥ずかしさに耐えかねたようにぷるぷると小刻みに震えながら喋り続ける。
そして次に燐音が口にしたのは、彼女たちがさらに話に夢中になる爆弾発言だった。




