新たなる関係
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朝も夜もべったり一緒の伊織と結菜だが、公の場での彼らは、お互い一切関わりがないように振る舞う。
そのことを結菜は不満に感じ、伊織もまた心を痛めていた。
結菜とこれからどう接していけばいいのかは、伊織の心の中でいつも引っかかっている問題だった。
しかも、その時の伊織は別の女の子たちとの接し方も考えなくてはいけなくなっていた。
その女の子たちとは、先日彼と結菜と幼馴染であることを打ち明けた女子生徒。
美桜美代子と北条真琴の両名である。
「ねえ伊織くん、結局のところさ、ミミはあなたに告白したの? してないの?」
「な、なな、何をいきなり言い出してるわけ!?」
雑談の中で不意に飛び出した話題に、美代子は顔を真っ赤にして大声を上げた。
それを言った真琴は素知らぬ顔で伊織を見つめ、伊織は困ったように二人の顔色を窺う。
最近の彼らは、こうして三人で喋ることが格段に増えてきていた。
「だって、ミミに何度聞いても全然答えてくれないし。それなら伊織くんに聞いちゃおうかなって」
「あ、あのねえ。あたしだって本気で怒るよ?」
「まあまあそう言わずに。それに、ミミだって気付いてるんじゃない? これって伊織くんもずっと気になってる問題だと思うよ?」
「…………」
身を乗り出してきていた美代子は、真琴のその発言で黙り込む。
それは美代子の図星だったようで、やがて彼女は気まずそうに伊織に視線を向けた。
伊織も頬を掻きながら返事に困る中、真琴が明るい声で彼に話しかける。
「心配しないで伊織くん。私が悪いようにはしないから。だからちょっとこの話を掘り下げてみようよ。なんなら詳細を話してくれても構わないよ」
真琴がそう言うと、それには伊織が答える前に美代子が声にならない叫びを上げながら答える。
「~~~ッ! わかったから。あたしが言うから! だからマコはちょっと黙ってて!」
再び顔を紅潮させながら言う美代子に、真琴は「おお」と嬉しそうな声を出した。
伊織も予想外の展開に目を見開いて、体を強ばらせる。
そうして美代子は、二人が注視する中若干声を震わせながら口を開く。
「告白みたいなことはした! けど、それ以上のことはしてない!」
「……は?」
あきれたような短い言葉を発する真琴に、美代子は睨みつけるような視線を向けて話し続ける。
「だから、別に付き合ってほしいだとか、そういう返事を求めるようなことはしてないってこと!」
「あ、うん……」
「つまりそれだけ! そんなわけでこれ以上掘り下げる必要はないわよ!」
「そ、そう?」
強い口調で話していた美代子は、そこで若干声量を落として言う。
「そうだよ。ただあたしが個人的に彼のことを好きってだけだし。それ以上のことは求めてないし。だから別にいいでしょ」
「……そっか」
真琴は友人のその発言で、何かを察したようだった。
彼女は一度寂しそうな笑顔を見せると、次に明るく元気よく声を出す。
「伊織くんも厄介な女に目をつけられたよね。ミミが言ってることって、これからも付かず離れずの距離を維持して逃さないってことだよ?」
小さく口を開けて固まっていた伊織は、そう言われて苦笑した。
そして彼が恐る恐る美代子を見ると、彼女はすぐに鋭い視線で睨み返してくる。
真琴はそんな二人を見て、伊織に問いかけた。
「それで、伊織くんはミミの宣言を聞いてどう思ったの? 面倒くさい女だって嫌いになった? それとも友人としてならこれからも仲良くやっていきたい? どっち?」
その質問は、彼の性格とここ最近の行動を見た上での質問だった。
念を入れて敢えて二択を要求しているところも彼女の作戦だ。
だがそんな彼女の気遣いも虚しく、伊織は改めて苦笑するとあっさりと返事を返した。
「俺が美代子さんを嫌いになんてなれるわけないし、仲良くやっていけるならこれからもこちらからお願いしたいくらいだよ。もちろん真琴さんもね」
それは幼馴染の彼女が聞いていれば、「あーあ」と苦笑するような爽やかな台詞だった。
美代子と真琴も一時は彼のその笑顔に目を奪われたものの、やがて顔を見合わせると疲れたように話す。
「……あたし思ったんだけど、結菜も伊織くんには結構苦労してそう」
「超わかる。伊織くんの長所は同時に短所でもあるよね」
伊織の目の前で言ったその会話は、当然彼にも聞こえていた。
彼は眉間に皺を寄せて笑い、「やっぱり女の人同士なら通じ合ったりするものなのかな」と思った。
そしてそこで、真琴がふと嬉しそうに笑う。
「でもミミ、良かったじゃない。これからも仲良くしていきたいって言質取ったんだし」
伊織と美代子は驚いて彼女を見、真琴はそのまま話し続ける。
「伊織くんも、これで少しは楽になったんじゃない? ミミが付き合ってほしいとか言い出さないってわかって。友人としてなら歓迎してくれるんでしょ?」
その言葉で伊織は微笑み、美代子は「ふん」とつぶやいてそっぽを向いた。
真琴は今度はいたずらっぽく笑うと、その美代子に小声で話しかける。
「あんたはそうやって、伊織くんが心変わりするのを待つ作戦なんだよね? 惚れさせてしまえばこっちのものだし、ね?」
美代子は頬を朱に染めながらも、真顔になって真琴に振り向く。
目が合った真琴はニヤリと笑い、やがて美代子も不敵に笑う。
「そういうマコだって、あたしの友人キャラとして彼の側にいつつ、ちゃっかり棚からぼた餅狙う作戦なんじゃないの? あんただって昔伊織くんをデートに誘ってたとき、結構本気の目をしてたよねえ?」
「なっ……!?」
それには真琴も一気に顔が真っ赤になった。
彼女はしばらく言葉を詰まらせていたが、やがて小さく笑うと美代子に答えた。
「まあ、それは置いておこうよ」
「逃げるんだ?」
「そうじゃなくて、どちらにせよ私たちの最大の相手はあの香月結菜だってことを言いたいんだよ」
「……そうだったね」
彼女たちはそこで、教室の一番人が集まっている場所を眺めた。
その場所では、今日も学校の頂点に担ぎ上げられた少女が穏やかな表情で微笑んでいた。
美代子と真琴は少しの間結菜の姿を眺め、そしてどちらからともなくつぶやく。
「あたしさ、伊織くんが誰とも喋らなかった気持ちがちょっとわかるんだよ」
「奇遇だね。私もちょうどそのことを考えてた」
二人はそう言って笑い合い、そしてずっと一人放置されたままの伊織が声を出す。
「あの、そろそろ俺のことも思い出してほしいんだけど。というかさっきから内緒話してるけど、俺に関する話じゃないよね?」
彼は嫌な予感がしたのか、やや控えめにそう問いかけた。
彼女らはその言葉で伊織に振り返り、そこで改めて二人顔を見合わせると笑った。
美代子と真琴は言う。
「いや、まさにあなたのことを話してた」
「そうそう。結菜の幼馴染も嬉しいことばかりじゃなさそうだって話をしてたんだよ」
驚く伊織に二人は続ける。
「この状況だと、今さら結菜の幼馴染だって言えないよね」
「しかも伊織くんは男の子だしね。神に愛された少女には幼馴染がいた! しかも相手は同じクラスの男子! とかなったら、この学校がどうなることかわからないよ」
それは彼女たちの本音だった。
二人は伊織の苦労に共感し、彼が孤独な時間を過ごしていたことに理解を示す。
伊織はその言葉を聞いて、胸が熱くなるような思いがした。
彼も彼なりの理由があって結菜との幼馴染関係を隠していた。
もちろんそれは結菜本人にも伝わっていることだが、それでも他に理解してくれる者が現れたことが彼は嬉しかったのだ。
しかしそこで、真琴が首を捻って口を開く。
「あれ? でも私思ったんだけど、じゃあ伊織くんの元々の性格ってどんな感じなの? 秘密がなければお喋りになるのかな?」
その問いかけには、伊織より先に美代子が答えた。
「あんまり変わらないと思うけど。だってあたしたちにも積極的に話してこないし。特に目立ちたいとも思ってなさそうだし」
「うーん……、たしかに。お喋りで目立ちたがり屋なら、この前のライブの話とか絶対に話題にしそうだよね」
真琴が口にしたライブという話題は、少し前に彼らが一時的に参加したバンドに関わる話だ。
伊織たちはそのバンドでライブを手伝い、伊織自身も着ぐるみを着てドラムを演奏するという活躍を見せていた。
「あれは自慢できる話だと思うんだけどねえ。ミミとか絶対惚れ直したと思うよ? それに、メンバーのみんなも結菜と同じくらい伊織くんのことも絶賛してたし」
真琴はニヤニヤと笑いながらそう言った。
それに対し、伊織は乾いた微笑みを浮かべる。
「あれはたまたま練習以上に上手に出来ただけだって。それに、あの着ぐるみの中身は俺なんだぜって自慢して回るのもなんか恥ずかしいと思うけど」
「そうかなあ。私はそういうところも控えめな人だなって感じがするけど」
「……どちらにしても結菜と同じバンドに俺みたいな男が関わってるなんてバレたら大変だし、みんなにも内緒だって言ってあるでしょ。だからそもそも自慢する機会がないよ」
伊織たちのライブは、一般のお客さんの前で行われた。
そのため結菜たちの活躍の話はこの学校の中にも広まってきたのだが、着ぐるみを着ていた伊織のことは生徒たちには知られていなかった。
「けど伊織くんって、それを悔しがっているようにも見えないんだよね。あんなことが出来る人だって知られたら、確実にモテ始めると思うんだけどな」
伊織はそれには答えず、改めて苦笑を浮かべるだけだった。
それを見て真琴は、「やっぱ伊織くんが彼女を欲しがらないのは、結菜という存在がいるからかなあ?」と考える。
しかし彼女はそこですぐに頭を切り替え、またも赤らんだ顔で伊織にジト目を向けていた美代子へと話しかけた。
「まあミミとしては、着ぐるみの中の人が伊織くんだってバレなくてよかったよね。バレたらライバルがわんさか増えちゃってただろうし」
突如そんな話題を振られた美代子は、慌てて彼女を睨みつけて反論しようとする。
けれどもその前に真琴がにっこりと微笑み、念を押すように美代子に言った。
「カッコよかったよね、あの時の伊織くん。ミミだってそう思うよね?」
まっすぐにそう言われた美代子は、そこで真琴を睨むの止めた。
次に美代子はゆっくりと窺うようにして伊織へと顔を向け、そしてあっさりと彼と目が合って視線を逃した。
そうして彼女はポツリとつぶやく。
「……なかなかだったよ。あなたってすごいところがあるんだね」
美代子はそう言って黙り込み、伊織も言葉を失ってそんな美代子の姿を見つめ続けていた。
真琴はおおよその伊織の性格も理解でき、そして美代子と彼の甘いやり取りも堪能して満足そうだった。
いい区切りだと感じた彼女は、そこで話をまとめに入る。
「つまり、伊織くんは元々の性格と努力で結菜との関係を隠し通してきたんだね」
「そんな感じになるの、かな」
「じゃあこれって、私たちがこの学校で初めての友人になるのかな? 伊織くんだって、この期に及んで私たちと友達じゃないって言わないよね?」
真琴は冗談めかして伊織に言う。
だが、そこで彼女の予想が外れる事態となった。
「…………」
真琴に問いかけられた伊織が、微妙そうな表情で喋らなくなってしまったのだ。
それには彼女も美代子も驚き、場に気まずい雰囲気が流れ始める。
すると伊織は慌てて手を振って彼女らに言った。
「あ、いや、待って。友達じゃないとは言わないよ。ただ、美代子さんと真琴さんが初めての友人とは言えないかもしれない、って思ったんだ」
「……え?」
女の子二人は、伊織のその発言がとても意外に思えた。
伊織は休み時間になると、誰とも話さずにスマホで時間を潰す少年だ。
そんな彼に他に友人がいたことに、二人は驚きを隠せないでいた。
「初めての友人って、それって結菜のこと?」
「違うよ。そもそも俺って、結菜のことを友人だとは考えたことないんだよね」
「ウソ!? じゃあなんて考えてるの!?」
「幼馴染。……この辺の感覚はわかってもらえないかもしれないけど、俺とあいつは家族でも兄妹でも友人でもなく、幼馴染なんだよ。他に言いようがない」
「…………」
真琴と美代子は、小さく口を開けて唖然としながら彼の話を聞いていた。
生まれたときからの関係だとは彼女らも聞いていたが、二人がその言葉の重みを実感する発言だった。
しかし真琴は気圧されながらも、再び質問を開始する。
「え、でも、じゃあたまに話す男子のことを友人だと思ってるんだ?」
「いや、そうじゃない。もっと明確に友人だと言える子がいるんだよ」
「子? ってことは女の子? しかもこの学校にいるんだよね?」
「う、うん。女の子だよ。それに同じ学校というか、同じクラスにいるよ」
「…………」
そこで真琴と美代子は顔を見合わせた。
同じクラスの女子に伊織の友人がいると言われても、彼女らに心当たりはない。
特に真琴は交友関係が広いほうなので、余計に不思議に思っていた。
そんな二人を見て、伊織は苦笑しながら言う。
「俺もあいつもあんまり他人とは喋らないからね。でもそんな彼女と俺は普通に教室で喋ることもあるんだけどね。……月に一度か二度くらいだけど。ちなみに結菜も少しは話しかけてるかな」
そのヒントを聞いても、美代子には思い浮かぶ顔が一切なかった。
しかし真琴は、あまり他人とは喋らないという言葉から一人の女子生徒を連想する。
「あ、もしかして!」
彼女は目を見開いてそう言うと、勢いよく伊織に言った。
「神に愛された少女の名付け親!?」
真琴のその発言に、伊織は笑顔で頷いたのだった。




