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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
18/37

そしてライブへの扉は開かれる


 明けて土曜日。ライブの前日。

 伊織と結菜の幼馴染関係を聞かされた美代子には、さらにそれ以上に緊急性の高い話が飛び込んできていた。


「潤の声が出なくなった!?」


 場所はリハーサルスタジオ前。

 予定より早い時間に呼び出された美代子を、深刻そうな顔付きのメンバーたちが出迎える。

 リーダー兼ボーカル担当の潤は、その近くでただ黙って(うつむ)いていた。


「ぐ、具体的にどうなったのか教えて?」

「喋れないわけじゃないけど、高音が(かす)れるようになってるみたい。お医者さんの話では、無理に声を出しすぎて声帯を痛めたんじゃないかって」

「声を出しすぎた……? そ、それで?」

「しばらく安静にしていれば、元通りに治るみたい。だけど明日歌うのは、止めたほうがいいって……」

「…………」


 絶句する美代子の前で、潤本人がサッと顔を上げて口を開く。


「みょこ、どう謝ったらいいのかわからないけど、本当にごめんなさい。昨日あれから私、調子に乗って歌い過ぎちゃって……」

「いいから。今は喋らず安静にしておいて」


 小さな声で喋り始めた潤に、美代子はすぐに言葉を返した。

 しかし、潤は止まらなかった。

 これだけは自分の口から伝えておきたいとばかりに、彼女は言葉を続ける。


「最後に様子を見に来てくれた伊織くんとみょこには、後味の悪いことになっちゃったと思う。でも今回の件は私が全面的に悪いの。あれから私が余計なことを考えたから――」

「潤、本当にもういいから」


 そこで美代子は潤の両肩を押さえ、彼女の言葉を(さえぎ)った。

 潤は気まずそうに美代子から視線を外すと、悔しそうに唇を噛んで黙り込む。


 それは、ライブへの準備が完璧に整い過ぎたがゆえの落とし穴だった。

 メンバーたちの仕上がりを見て心に余裕が生まれた潤は、向上心から良かれと思って様々なことを行い、裏目に出てしまう。


 美代子は旧友のことを悲しそうに見つめ、そしてポンポンと二度肩に触れると、再びメンバーたちのほうに向き直った。


「あたしが早くに呼ばれたのは、潤の症状を聞くためだけじゃないよね? 何か意味があったのよね?」


 彼女がそう言うと、メンバーたちも話が早いとばかりに(うなず)く。


「みょこセンパイの言う通りッス。自分たちは明日のライブ本番を潤センパイ抜きで乗り切らないといけないッス」

「それで私たち、みんなで話し合ったんだけど……」

「ボーカルの代役を、結菜センパイにお願いしようと考えてるッス」


 それを聞いた美代子は、薄々感じていた予想が現実のものとなったと思った。

 自分だけが早く呼ばれ、事件が起こったことを聞かされた美代子。

 まさにそれは、このライブの話が結菜に持ち込まれた時と似たような状況だと考えていたのだ。


 美代子は真っ先に、メンバーたちに確認を取る。


「みんなはそれでいいの? ボーカルっていうのはバンドの顔だよね? それを結菜に()げ替えるっていうことは、みんなのバンドそのものが大きく変わっちゃうことじゃないの?」


 その問いかけは、メンバーたちにとっては予想済みの問いかけだった。

 彼女らは美代子から視線を外すことなく、首肯(しゅこう)を返す。


 そして代表として、ギター担当の女の子が美代子に答えた。


「いい。潤も言ってたと思うけど、今回のライブは私たちにとって本当に夢の大舞台なんだよ。そして、演じる曲は潤が詞を書いてみんなで音をつけた思い入れのある曲。このまま腐らせるよりは、結菜さんに歌ってもらったほうが絶対にいい」


 美代子は少し悩み、そして今一度彼女らに問いかけた。


「結菜に頼まなくても、メンバーの中で他に歌が上手い人はいないの?」

「いないわけじゃないけど、結菜さんには敵わないよ。あの人はドラムより歌のほうが本業……か、どうかはわからないけど、とにかく彼女は歌も素晴らしく上手でしょ」

「まあ、ね」

「バンドとして重要なポジションだから、一番上手な人に頼みたい。それに、結菜さんのことは私たちみんな信用してる。私たちはみんなで、今の状況なら結菜さんに歌ってもらうしかないと思ったんだよ」

「…………」

「私たちの勝手で結菜さんを散々振り回しているのは痛いほどわかってる。でも、これが正真正銘結菜さんへの最後のお願いにする。だからあなたからも結菜さんに頼んで……、ううん、お願いするのは私たちでやるから、美代子はそれに反対しないでもらえないかな?」


 それ以上の言葉を失った美代子は、そこで旧友のほうを向いた。

 いつの間にか潤も美代子のほうに顔を向けてきており、彼女と目が合った潤も、他のメンバーたちと同じように真剣に頷いた。


「……なるほど。よくわかった」


 美代子は数度撫でるようにして頬を掻くと、ぶっきらぼうに返事をした。


「たしかにあたしなら、とっさにその場で反対して話がややこしくなっていかもしれない。気遣ってくれてありがとう。早くに呼んでくれて助かったよ」

「じゃ、じゃあ……」

「うん、あたしは全部に納得したわけじゃないけど、よほどのことがないかぎり口は出さないよ。結菜も一時的とはいえメンバーの一員になってると考えてくれているみたいだし、後はみんなで話し合って決めるといいよ」

「あ、ありがとう。そうするよ。ちゃんと話し合ってみるよ」


 メンバーたちはそこで、ひとまず安心できたように表情を緩ませた。

 そしてすぐに顔を突き合わせ、何やら打ち合わせを始めていく。





 声を出すことを制限されている潤は、メンバーたちの話し合いに参加することが出来ずにその姿を寂しそうに眺めていた。

 美代子はそんな旧友の隣に静かに移動して、その背中にそっと手を置く。


「……?」


 驚いて横を見た潤に対し、美代子はそのまま前を見続けて言う。


「潤……、(うら)んでくれても、いいからね」


 それを聞いた潤はしばらく固まっていたが、やがてムッとしたように笑うと、美代子の肩に軽く体をぶつけて口を開いた。


「みょこ、私たち、まだ友達だよね?」


 美代子もその切り返しに驚き、目を見開いて固まった。

 やがて彼女はゆっくりと目を閉じると、穏やかな口調で潤に答えた。


「うん、友達だ。潤から嫌だと言われない限りは、たぶん一生友達だ」


 潤は声を出さずに笑うと、再び口を開いて言葉を発する。


「重いね。それに、ずっと友人止まりだ、って言われている気もするよ」

「そろそろまた喋りすぎ。話がしたいならスマホを使いなさい。いくらでも相手するよ」

「ううん、もう喋らなくてもいい。……その代わり、ずっと背中を撫で続けてもらいたいの」

「……任せて」


 美代子は前を向いたまま、優しく潤の背中を撫で始める。

 その行為は、結菜たちグループ全員が集まるまで続けられた。 



    ◇



 香月結菜も潤の降板の話を聞かされてからずっと、困ったように眉をひそめていた。

 彼女にとっても当然、今回のボーカル代役の話は嬉しい知らせではない。


 しかし、潤は美代子と少しの間でも安らいだ時間を共有していたことで、ずっと前向きな気持ちになることが出来ていた。

 メンバーたちによる結菜への説明が終わった後に、潤はスマホを使い結菜と筆談をする。


『結菜さんとしては受けづらい話かもしれないけど、私とみんなを助けると思って受けてもらえないかな? 身勝手は重々承知の上で、それでもお願いします』


 潤はそのメッセージを読んだ結菜と目を合わすと、真剣な表情で腰を折った。

 他のメンバーたちも慌ててそれに(なら)い、初めて結菜と会ったときのように皆頭を下げる。


 結菜はすぐに苦笑すると、彼女たちに言った。


「そこまでされちゃうと、またメンバーに入れてもらう前に戻っちゃう気がするよ。だから止めてほしいな。みんなのお願いなら、私はちゃんと頑張ってみるから」


 結菜のその言葉で、彼女たちは様々な反応で喜んだ。

 メンバーたちは結菜の凄さをその目で実際に見ている。

 無意識の内かもしれないが、結菜が頑張ると言った以上、その結果はもはや約束されたものだと彼女たちは感じていた。


 だが、結菜の表情は今も優れなかった。

 彼女は心配そうな口調で、メンバーたちに質問する。


「でも、私がボーカルに専念したら、ドラムの席はどうなるのかな?」


 バンドのメンバーたちはピタリと喜ぶのを止めると、それぞれ顔を見合わせて苦笑した。

 そして今度も、ギターの女の子が結菜に答える。


打ち込み(・・・・)にするよ」

「…………」


 結菜が言葉を失う中、理緒が恥ずかしそうに話し始める。


「自分が怪我をしている手を使わずにドラムに入ることも考えたッスけど、自分凡才なんで怪我をしている手を(かば)う演奏は難しいんスよ」

「実際この子、怪我をした直後に片手だけで練習しようとして、それなのに思わず体が動いて両手を使っちゃったことがあるんだ」

「それで大激怒されてからは練習もお休みしてたんスよね。だからちょっと自信がないッス」


 理緒はそう言って、ギプスをしていない手で頭を掻いた。

 ギターの彼女も言葉を続ける。


「世の中にはドラム兼メインボーカルって人も存在するみたい。でも結菜さんの負担を考えるとそれは頼めないし、ビジュアル的にも結菜さんは私たちの中央で上品な服を着て歌に専念してもらうほうがいい」


 彼女はやや無理に笑うと、結菜に言う。


「だから、今回は打ち込みでいく。幸い私たちは五人のバンドなんだから、一人欠けてもそこまで寂しい見た目になるわけじゃないと思う」


 メンバーたちも皆、その場で結菜を見ながら微笑む。

 しかし誰もが口にはしなかったが、それは最初結菜に話が持ち込まれたときに舞い戻った状況だった。


 女子高校生だけのバンドだから生きた演奏がほしいと言っていた潤たちなのに、最後の最後で彼女たちは、機械に頼らざるを得なくなってしまっていた。


 結菜の表情を察して、ギターの女の子が口を開く。


「結菜さんが気にすることはないよ。むしろ、不手際を起こした私たちに怒ってもいいくらいだ」


 他のメンバーたちも次々にそれに同意する中、結菜が問う。


「私、今からでもドラムが出来る女の人探してみようか? ちょっと大騒ぎになっちゃうかもしれないけど、色んな人に拡散したら可能性はあると思う」


 それにはギターの彼女も一瞬心を動かされたようだったが、すぐに首を振ると返事をした。


「その気持ちだけ有り難く受け取っておくよ。結菜さんは今回かぎりでメンバーから抜けてしまうけど、私たちはライブが終わった後も結菜さんとはいい関係でいたいんだ」


 彼女はそこでチラリと理緒と目を合わすと、一層微笑んで言葉を続ける。


「あなたの能力とか肩書きとか、そういうのは一切抜きでね。だから今後の結菜さんの生活に影響が出るかもしれない頼み事なんて、これ以上出来るわけない。結菜さんは今でも十分すぎるほど、私たちの助けになっているんだしね」


 驚く結菜に対して、彼女は最後に笑うとライブで見せるようなポーズを取って、言った。


「私、決まったかな?」


 そんな彼女に、結菜はやはり眉をひそめたまま笑うと「ありがとう」と答えた。

 すぐさま理緒が、その結菜に耳打ちをする。


「あれ、めちゃくちゃ恥ずかしがってるッスよ。もっと普通に喜んであげないと報われないッスよ」

「き、聞こえてるって! そういうのはせめて聞こえないように言ってよ!」


 女の子たちの明るい笑い声が、その場に響いた。

 だけど結菜は、やはり心から笑うことは出来なかった。





 皮肉にも、結菜を説得しようとして彼女らが言っていた言葉がそのまま彼女たちの胸に返ってきていた。 


『今回のライブは、たくさんの人にお世話になってやっと掴めた夢の大舞台。曲も自分たちで頑張って作ったもので思い入れがあり、どうしても成功させたいの』


 彼女たちの空元気を証明するかのように、やがて彼女たちの笑い声は、ストンと地に落ちるように消え去ってしまう。


 あっという間に訪れる沈黙。

 理緒はついつい、弱気な言葉を漏らしてしまう。


「自分がずっと片手で練習し続けていればまだマシだったッスかね。悔やんでも悔やみきれないッス」

「…………」


 静まり返る周囲に、理緒は慌てて自分でフォローをし始めた。

 だが、今度こそみんなの反応は鈍かった。


 完璧なライブが出来ると思っていたのに、直前での大きなトラブル。

 その現実が、彼女たちの身に重くのしかかってきていた。





 結菜は明るく微笑み、そんな重苦しい雰囲気を打破しようと口を開いた。

 ところがそれよりも早く、一人の少年が手を上げる。

 それはグループの一番外にいた少年、門倉伊織だった。


「あの、その今日の練習に、俺も混ぜてもらうわけにはいかないかな?」


 

    ◇



 伊織は女の子たちの外側に居たため気付かれなかったが、潤が喉を痛めた話で一番顔を青ざめさせていた人物だった。

 彼は潤本人の口から「伊織くんにも責任はない」と言ってもらっていたが、とてもそうは思えなかった。


 彼は潤やメンバーたちに対して何か出来ることはないかと考え続け、そして理緒の最後の言葉で心を決める。

 伊織が思い付いていたのは苦肉の策とも言えるアイディアだったが、それでも彼はメンバーたちに話してみようと考えていた。


「ちょっと伊織くん! あなた何を言い出してるわけ!?」


 伊織の発言に真っ先に反応したのは、美代子だった。

 彼女は大声を出しながら、潤の隣から伊織のほうへと詰め寄っていく。


 美代子は真面目に練習をしているメンバーたちの姿を見続けてきており、ドラムを叩いたこともなさそうな伊織のその言葉は、練習を続けてきたメンバーたちを軽んじていると感じていたのだ。


 伊織は(にら)みつけてくる美代子の目を見つめ返しながら、落ち着いた口調で話し続ける。


「五分だけでもいい。それで認めてもらえなかったら、すぐに引き下がるから」

「認めてもらうって……」


 美代子は伊織の目の輝きに彼の本気を感じ取り、一瞬気勢を削がれる。

 だが直後に我に返ると、再び彼に詰め寄った。


「やっぱり何をバカなことを言ってるの。これは女だけのバンドなんだから、あなたの腕前にかかわらず、男の子の伊織くんには出番はないよ!」


 彼は美代子のその言葉に一つ頷くと、しかし真剣さを失わずに彼女に答える。


「それはわかってるし、そこも説明しようと思ってた」

「説明って言われても……」


 美代子は混乱し、その混乱はすぐに周囲にも広がっていく。

 ただ一人結菜だけは、伊織のことを静かにまっすぐに見つめていた。


 彼女たちが言葉を失う中、伊織は自分の考えを話し始める。


「たしかに俺は美代子さんの言う通り男だし、潤さんたちのバンドに混ざっていたら違和感が大きいと思う」

「当たり前よ」

「でも工夫をすれば、女の子たちの中に混ざっていても違和感がない、むしろみんなを引き立てる方法もあると思うんだ」

「みんなを引き立てる方法って……」


 戸惑い続ける彼女らの前で、伊織はなおも言う。


「そしてそれは、今回の場合とても大きなインパクトも与えると思う。女子高校生だけのバンドという看板は下げてもらうことになるけど、それでもみんなには検討してもらいたいんだ」


 彼はそこまで言い切ると、最後に「精一杯頑張るから、お願いします」と頭を下げた。


 美代子は本来、他のメンバーの意見を待つ立場だ。

 しかし伊織の真剣な態度に押され、思わず彼に尋ねる。


「……じゃあ聞かせてもらうけど、あなたが考えている工夫って何?」


 伊織は顔を上げると、大真面目にそれに答えた。


「うん、実は俺の家って仕立て屋みたいなものでね。これはその技術の応用なんだ」


 そうして彼が説明した方法は、その場にいた彼女たち全員が驚くものだった。



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