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絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。  作者: 卯月緑
絶対的な高嶺の花、学園最強のアイドルは俺の幼馴染で通い妻。
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ライブを目前にして


 結菜たちのライブは、秒読み段階に入っていた。

 (じゅん)率いるバンドのメンバーたちにとって、それは初めて掴んだ夢の舞台。

 彼女たちは最後の追い込みとして、入念な練習を繰り返していく。


 しかしそのような大舞台を前にしても、彼女たちの表情は連日笑顔であふれていた。

 元々しっかりと準備を行いライブに(のぞ)んでいたメンバーたち。

 ドラマーの怪我という大きなトラブルに見舞われることもあったが、その穴は香月結菜が見事に埋めてくれた。

 彼女たちは程良い緊張感の中、着々と練習を重ねてライブへの準備を万全にしつつあった。


 順風満帆の日々。

 だがそんな中、一人だけ隠れて機嫌を損ねていた女子生徒がいた。

 正確にはメンバーたちの成長を喜びながらも、特定の一人にだけ不機嫌になっている女子生徒だ。

 伊織と席が隣同士の、美桜美代子その人である。


「みょこ、おつかれさまー」

「おつかれさま。潤はすっかり、みょこ呼びに戻っちゃったね」

「ミミもいいんだけど、ついつい慣れたほうが出ちゃうよね」


 その日もリハーサルスタジオを借りて、最終的な詰めの調整が行われていた。

 ボーカル兼バンドリーダーの潤は、その練習の合間に旧友である美代子に声をかける。


「みょこのおかげで素晴らしいライブが出来そうだよ。本当にありがとう」

「あのね、あたしは結菜に話を持っていっただけだし、だいたい本番が終わってもいないのにお礼は気が早いって」

「そうかもしれないけど、でも、今言いたくなったの」

「……まあ潤が喜びたくなる気持ちもわかるけど。素人のあたしから見ても、順調そうな流れでここまで来てるし」

「そうなの。本当に順調なのよ」


 二人は改めて、目の前の練習風景を眺める。

 メンバーたちは真剣に、だけど急かされた様子もなく、不得意な部分や納得がいかない箇所を集中的に練習していた。


 潤は彼女たちの姿を見て、満足そうに何度も(うなず)く。


「みんな完璧に仕上がってきてる。このライブの話が出る前と比べると一ランクレベルアップした気がするし、精神的にも頼もしくなった気がするよ」

「ベタ褒めだ。まあホントに良かったよ」

「これってやっぱり結菜さんが入ってきてくれたことが大きいと思う。みんないい刺激になったみたいだし、怪我をした理緒だって結菜さんと仲良くなっていつも後を追いかけ回してる。こういうの、雨降って地固まるって言うのかな?」


 饒舌(じょうぜつ)な語り口で、潤はそう言った。

 だが美代子はそこで眉をひそめると、少し声のトーンを落として口を開く。


「潤、わかっていると思うけど」


 潤は旧友の言葉遣いに、すぐにピンときて苦笑した。

 彼女は明るい声で美代子に答える。


「わかってる。結菜さんは今回だけの特別メンバー。ズルズルと頼ったりはしない」

「……口うるさくて悪いね」

「心配したくなる気持ちもわかるけど、みんなだって理緒だって大丈夫だよ」


 潤の言葉に、美代子はあいまいに頷く。

 そんな美代子を見て、潤は笑顔で話しかけた。


「みょこ、いいこと教えてあげる」

「いいこと?」

「ライブはその瞬間を最高に楽しむものなんだよ。それも、ステージと観客席が一体となって盛り上げていく。だから私は打ち込み演奏より生きた演奏にこだわったの。より一体感を感じてもらうために」

「……言ってたね」

「アーティスト……って言ったら恥ずかしいけど、アーティストと同じ空間でアーティストの生の演奏を聞いて、自分たちは同じ時間を生きているってことを感じ、高揚感を味わう。それは他にはない、まさにライブの醍醐味なんだよ」


 少し面食らったような美代子に、潤は言葉を続ける。


「その時間は二度と戻らない。ライブの魅力は一期一会の魅力でもあるの。理緒もみんなも、そのことがよくわかっていると思う」


 潤は「だから大丈夫」と美代子の前で断言した。

 しばらく潤の顔を凝視していた美代子も、やがてゆっくりと微笑むと彼女に言った。


「二度と戻らないその瞬間を楽しむもの、か。なるほどね、あたしはやっぱり素人だった。だから結菜のことも一期一会だと思えるし、ライブに向けて精一杯努力するんだね」

「みょこも今度のライブを見ればわかるよ。世界が変わると思う」

「心から楽しみにしておく。当日も頑張れ、潤」

「任せて。精一杯頑張るから」


 二人は笑い合い、そしてまた前を向いてメンバーたちの練習に目を向ける。

 そこには来たるライブに向けて一生懸命に突き進む、ひたむきな少女たちの姿があった。





 潤と美代子の会話は綺麗に区切りが付き、そこで終わりかと思われた。

 しかし潤は練習に戻る前に、思い出したように話し始める。


「でもね、私思うんだけど」

「なにを?」

「地味に見えるかもしれないけど、絶対にみょこがつれて来た伊織くんも、みんなの刺激になってると思うの」

「…………」


 美代子は自分の顔が渋く歪んでいくのを感じていた。

 それはまさに彼女が密かに不機嫌になっていた原因そのものだった。


 美代子はなるべく平常心を(たも)とうとしながら、潤に答える。


「それはあるかもね。女だけだと気が緩んでだらけちゃうこともあるだろうけど、一人でも男が入るとピリッとするからねえ」


 潤は首を振ると、楽しげに言う。


「そういう男性だからって話にとどまらず、そもそも伊織くん自身がいい人っていうか、素敵じゃない? だからみんなも彼の存在を意識しちゃうんだと思う」


 それを聞いた美代子は、ますます苦々しい表情になっていった。

 だけど彼女は努力して、自分の気持ちとは正反対のことを口にする。


「そりゃあたしも変な人を紹介したりしないって。彼が素敵かどうかは別として、男として非力でもないし真面目だし、悪い人ではないと思う」

「ううん、もっと色々と評価できると思う。なんと言っても伊織くんは、清潔感があって爽やかだよ。それに優しくて気配りも出来るし、ちゃんと女の子扱いもしてくれるよ」

「気配りが出来て女の子扱いしてくれる、ねえ……」


 その時美代子は、先日の放課後のやり取りを思い出していた。

 自分が一世一代の気持ちで誘ったデートを、ただの気遣いだと思って一蹴した伊織。


「(あの対応はないよ。伊織くんが気配りが出来て女の子扱いしてくれるってのは、大きな間違いだ)」


 美代子は一人首を振ると、心の中でつぶやく。


「(初めて誘った男の子だったのに……)」


 しかし、美代子の想いは表に出されることはなかった。

 潤は彼女の心境には気付かず、そのまま会話を続けていく。


「結菜さんに隠れて目立たないかもしれないけど、伊織くんも私たちの期待以上の働きをしてくれているんじゃないかな。みんなの刺激になっているのもそうだし、本来の裏方としての仕事も十二分にしてくれてると思う」


 喋らなくなった美代子の隣で、潤は言う。


「みょこはいい人をつれて来てくれた。ライブが成功したら、その影には伊織くんの功績も絶対にあると思う」


 潤はそこまで話し切ると、チラリと美代子の顔を(うかが)った。


「……伊織くんとみょこって、本当にただの友人なの?」


 美代子はフッと笑うと、間を置かずに答えた。


「変に勘ぐらない、勘ぐらない。伊織くんとは席が隣同士になったから仲良くなっただけっていうだけだし。それ以上でも以下でもないって」

「本当に?」

「あたしが男を誘い入れたから意外に思われてるのはわかるけど、本当だって」


 潤はそう言った美代子の顔を、もう一度横目でチラリと見た。

 美代子はそんな潤にため息を吐くと、真面目な口調で話し始める。


「潤ならわかるよね? あたしって伊織くんみたいな男子はあんまり好きじゃないってこと」


 潤は驚いたように美代子を見ると、またゆっくりと視線を外して返事をする。


「たしかにそうかも。みょこは伊織くんみたいな消極的な男の子は、覇気がないって嫌がるほうだったかも」

「そうそう。だから彼とも席が近くにならなかったら、一生縁がなかったかもしれない相手ってこと。今回の話には適役だとは思ったけど、男女仲を疑われるような相手じゃないって」


 美代子はそこまで喋り切ると、なぜか胸が息苦しいような思いがした。

 彼女は伊織との思い出を振り返る。


「(本当に、最初は隣の席だからって理由で社交辞令的に話しかけたんだった)」


 美代子は潤が言っていた通り、伊織という少年に対して最初からいいイメージを持っていたわけではなかった。


 積極性もなく、教室で一人スマホを見るだけの少年。

 達観していると言えば聞こえはいいかもしれないが、どこか冷めた目で人生を見ているような印象を受ける男子生徒。


 それは美代子にとって、好みとは一番かけ離れた男性だった。


「(でも話しかけてみると、彼はビックリするほどちゃんと受け答えしてくれた。近寄るな話しかけるなってタイプの人かと思ってたのに、話しかけたあたしを不快にしないようにっていう心遣いが感じられたんだ)」


 そして話しかけてから気付く、彼の胸元の整った美しさ。

 美代子は次第に伊織に興味を持ち始め、徐々に話しかける頻度を上げていく。


「(最近は名前でも呼んでくれるようになって、すっかり仲良くなれたと思ってた、のに……)」


 しかし先日、伊織は美代子の誘いをあっさりと断った。

 美代子自身ももう少し素直に誘っていれば良かったと思わなくもなかったが、それにしても伊織の断り方は彼女にとって衝撃的だった。


 あの時のことを思い出し、美代子は再びムカムカと不機嫌になっていく。

 潤がまたも窺うように問いかけてきたのは、ちょうどその時だった。


「じゃあ、美代子は伊織くんに、恋愛感情はないってこと?」


 その言葉を聞いた瞬間、美代子は自分の心臓がドキリと高鳴ったことを自覚した。

 伊織への恋心の有無。

 それを問われた美代子はすぐに目線を下げ、思い悩む。

 だが、間もなく彼女の頭に思い浮かんだのは、笑顔で「また明日」と言って背を向ける伊織の姿だった。


 美代子は顔を上げて強気に笑う。

 次の瞬間には、彼女は自分でも驚くほどハッキリと答えていた。


「ないよ」


 美代子は再び心臓が激しく音を立てたと感じていた。

 今度は先ほどより強い痛みを覚えるような、嫌な動悸が始まっていた。


 しかし美代子はそれを錯覚だと思い込んだ。思い込もうとした。

 彼女は最後まで笑顔を崩すことなく、他に何か言葉を付け足すこともしなかった。


 やがて、潤がつぶやくように言う。


「そっか。そうなんだ。ごめんみょこ。変なこと聞いちゃって」

「いいよ」


 二人はその話題をそこで止め、後は当日のライブの話をし始めた。


 美代子は自分のドキドキを抑え込むのに手一杯になっており、潤が彼女の言葉でどう思うかまでには、考えが(およ)ばなかった。



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