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これより先は、完全に推測となります。
そう前置きしてから話し始めたクロヴィスではあったが、その口ぶりから彼自身が強い確信をもっていることを、アリシアは感じ取っていた。
「偶然に明るみとなったロイド卿とエアルダール高官との同盟関係ですが、それこそが、前世での両国間に勃発した戦争の火種であったと、私は考えております」
「まさか!」
驚きのあまり、とっさにアリシアは首を振った。しかし、補佐官の真剣なまなざしを見て、すぐにおずおずと聞き直した。
「そんな、本当に? どうしてそう思ったの?」
「どこから申し上げましょうか……。気になったのは、隣国の高官がメリクリウス商会の設立を阻むように、ロイド卿に指示をしていたという点でした」
高官が商会の設立を阻もうとした理由は、いくつか考えられる。例えば、メリクリウス商会ができることでエアルダールのイスト商会が不利益を被ると考えたとか、経済が潤うことでハイルランドの国力が高まり、二国間の格差が埋まることを恐れたとかである。
少なくとも共通して言えるのは、(当たり前といえばその通りなのだが)エアルダール側の不都合を踏まえた理由であり、ハイルランドの利益については一切考慮されていないのである。
「ですから私はリディ卿の告発を聞いた時、ロイド卿はハイルランドへの忠誠を捨てて、完全に隣国側に付いてしまったのだと考えました」
「けれど、そうではなかったわ。彼はハイルランドを捨てたのではなく、反対に守るために隣国の言いなりになったのだもの」
「あの方の言い分を丸ごと信じるならば、ですよ。とはいえ、脈々と受け継がれた伝統と誇りとを体現したような人物です。あの場で公爵が語った内容は、真実であると考えてよいでしょう」
「けれど、なんだか変ね」
腕を組んで、アリシアは首を傾げた。
「ある意味でハイルランドにとっても深く忠誠を誓っているのに、やっていることはまるで王国の不利益になることばかり。ロイド卿もよく、高官の言い分に従ったものだわ」
「問題は、そこなのです」
そういって、クロヴィスは人々が行きかうエグディエルの街並みから目を離し、アリシアに顔を向けた。
「仮に隣国との繋がりが露見せず、反対派が押し切って提言が否決されていたらどうなっていたでしょう?」
補佐官に問われて、アリシアはしばらく空をにらんだ。
隣国の高官から指示があったからロイドは商会設立を阻もうと動いていたが、彼個人としてはアリシアたちが提唱するメリクリウス商会が王国の経済を活性化させるのに有効な策であると認めていた。息子のリディも、そのように証言していた。
「……そうね。隣国の協力者の信頼を勝ち取ることはできたかもしれないけれど、ロイド卿自身は相手に対して不信感が残ったのではないかしら」
「あなたはやはり察しが早い」
空色の瞳で補佐官をみあげれば、彼は柔和な笑みを口元にたたえた。
「前世にしても同じことです。ロイド卿は相手が求めるままに国内の動きを隣国に伝え、その中にエアルダールの不利益となることがあれば、相手はそれを阻むように公爵に求めたはずです。そんなことを繰り返すうちに、ロイド卿の中には協力者への不信感がどんどん募っていったことでしょう」
本当に相手は、信頼に足る人物なのか。
フリッツが王位についたときに、枢密院を守るという約束は果たされるのか。
積もり積もった不信感は、次第に二人の関係を悪化させる。ひいてはそれは、枢密院と隣国エアルダールの対立を意味していた。
「ロイド卿は枢密院の重鎮です。その彼を手中に収めることで枢密院を懐柔しようという狙いが、相手には必ずあったはずです。しかし、実際はそうはならなかった。ロイド卿はフリッツ王子を次の王として迎えることに懐疑的となり、枢密院のエアルダールに対する反発はより根強いものとなりました」
隣国の女帝エリザベスが、ロイド卿と協力者の密約についてどこまで承知していたかはわからない。だが、徐々にエアルダールへの反発を募らせる枢密院の存在が、彼女の目にどう映っていたのか想像するのは難しいことではない。
そして、アリシアやフリッツが妙齢となったとき、二人の結婚に反対の声をあげる枢密院の存在がいよいよ疎ましいものとなった―――。
「だから、女帝はハイルランドとの開戦を決めた。戦勝国としてハイルランドを支配下におき、自らにとって邪魔となる枢密院を堂々と解体するために」
そういうことよね? そう、聡明な瞳をまっすぐに向けて問うた王女に、クロヴィスはうなずき返した。
彼は口には出さなかったが、最終的に女帝に開戦を決意させるまでが協力者の狙いであったのではないかと、そのような疑念を持っていた。
両国の力の差を考えれば、戦争となればエアルダールが勝利を収めるのは明白だ。にもかかわらず、国内の改革に注力することを理由に、女帝はハイルランドを手に入れることにあまり関心を示そうとしなかった。
だから協力者は、あえて枢密院がエアルダールに反発するように仕向けて、女帝に重い腰を上げさえたのではなかろうか……。
「……とはいえ、私が申しあげたことは可能性のひとつでしかありません。ロイド卿と協力者の関係が良好であるなしと関係なしに、まったく想定外のところで戦争の火種が起きたということも十分考えられます。ただし、どちらにせよロイド卿とつながっていた者は要注意人物として、早々に明らかにする必要がありましょう」




