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それは、昼食をともにした後のことだった。
「おや、クロくん!」
話し合いの再会の前に、すこしだけ取られた休憩時間。
特に用事があるわけでもなく、では談話室からヘルドの町でも眺めようかと廊下を歩いていたクロヴィスは、ある部屋の前に差し掛かったところで声をかけられた。
振り返って声の主を探した補佐官は、開かれた扉の中から手招きをするジュードの姿を見つけ出した。
「ちょうどよかった! 少し、手を貸してくれないかな。なに、すぐ終わるよ!」
ジュードに呼ばれて入ったのは、昨日、ニコル家のコレクション部屋のひとつとして紹介された場所だった。壁一面にびっしりと磁器が飾られた部屋は『東洋の間』と名付けられており、ジュードのもっともお気に入りの部屋ということであった。
ジュードはクロヴィスを部屋に呼び込むと、自分が椅子の上に立つから、しばしの間椅子が倒れないように押さえていて欲しいと求められた。そのようにすると、彼は宣言通りその上に上がり、高いところにある絵皿の角度を微調整した。
「助かったよ。使用人が掃除したときに、少し曲がってしまったようでね。気になったら、放っておけないたちなんだ」
朗らかに笑って、満足気にジュードが壁を見上げる。つられて、クロヴィスもその隣に立ち、あらためて素晴らしい名品たちを眺めた。
「よく、これだけの量の磁器を集めましたね」
「僕が買い求めたものなんて、ほんの僅かさ。代々の当主が、少しずつ集めたんだ。ちりも積もればなんとやら、だよ」
手近な絵皿を手に取って、ジュードが愛おしそうに撫でる。
「実は僕の領ではね、磁器の研究もしているんだ」
「そうなんですか」
切れ長の目を見開いて、クロヴィスは隣の美丈夫を見つめた。
遠い海の向こうから運ばれてくる磁器は、滑らかな美しい白肌と鮮やかな絵付けで、貴族の中にもコレクターが多い。だが、その技術までは伝来しておらず、それらしいものはあっても完璧な磁器は遠い海の向こうでしか作れていない。
そのため、ハイルランドやエアルダールに限らず、あちこちの国の熱心なコレクターが、自領地の中で磁器の完成を目指して研究している。ただし、ローゼン侯爵領もその一つだというのは、初めて知った。
「ここより、よほど田舎の地域の方でね。東洋に詳しい商人に聞いたら、なんでも土が重要らしいんだ。磁器が好きなのはもちろんだけど、成功したら間違いなく、莫大な利益を生むだろうからね」
「それこそ、各地の王族がこぞって注文するでしょう」
「その時は、ぜひ広域商会に仲介をお願いするよ。飛ぶように売れて、互いに大忙しとなるだろうね」
袖でそっと表面をぬぐってから、ジュードが大事そうに絵皿をそっと壁の留め具に戻す。それを見守りながら、まるでこの部屋はニコル家の歴史そのものだと、クロヴィスは考えていた。
優れた名品が集まる港町で目を鍛えられ、確かな商品を己の手で選んできた一族。無駄なもの、わずらわしいものを徹底的に排除し、自分たちにとって価値のあるものだけを残して。
「それでは、私はこれで」
「君は、グラハムの親戚だよね」
軽く頭を下げ、退出しようとしたクロヴィスの足が止まる。僅かに体を強張らせて補佐官が振り返れば、ジュードは爽やかな笑みを見せて両手を広げた。
「そんなに身構えないでよ。別にとって食いやしないさ。けど、その反応だと、割と近い血縁なのかな」
「ザック・グラハムは、俺の祖父です」
秀麗な顔になんの感情も乗せずに、クロヴィスは簡潔に答えた。外見的特徴から、このように問われることには慣れている。しかし、今はジュードを味方につけられるか否かという重要な局面だ。
自分の存在が、アリシアが進む道の枷になるようなことはあってはならない。その時は、己のすべてをかけて障壁を取り除いてみせるが、それが叶わなければ、クロヴィスは己を許すことができないだろう。
さて、ローゼン侯爵はどうでるつもりだ。
王女への忠誠と己の矜持のため、相手の一挙一動を見逃さまいとするクロヴィスとは対照的に、ただただジュードは頓狂な声を上げた。
「孫なのか! 道理で、その髪色と瞳に生まれるわけだ!」
「いつから、気づいていたのですか?」
「君が馬車を降りた時からかな。グラハム家の黒髪は珍しいもの。事件の後、グラハム家は完全に表から消えてしまったから、そんなに近い血筋だとは思わなかったけど」
グラハム家を知るということは、当然、ザック・グラハムという人物が過去に何をしたのかを知っているはずだ。にも関わらず、ジュードの目には純粋な興味の色しかない。
クロヴィスの顔が、怪訝なものになっていたのだろう。ジュードが苦笑した。
「僕とクロくんは似たもの同士だもの。お互いに嫌われ者で、貴族のはぐれ者。そんな君が、どうしてアリシア王女に手を貸すつもりになったの?」
「どうして、とは?」
「あの人が型破りなお姫さまなのは、よくわかった。けど、たった一人の理想だけじゃ、国は動かない」
賢い君なら、わかるはずだ。そう確認するジュードに、クロヴィスは美しく澄んだ紫の目を伏せた。
「それをわかっていても、君は特別に、彼女への忠誠が固いように見えるんだ。それはなぜかな?」
自分が、アリシア王女に仕える理由。
無意識のうちに、クロヴィスは己の右手をみた。そこには、小さな手に掴まれた時の記憶が、まだありありと残っている。
言うまでもなく、彼がアリシアを支えようと心に決めたのは、あの式典の場だ。だが今は、本当にそれだけだろうか。
ややあって、彼は己の問いに対し、ゆっくり首を振った。




