5-4
町に出るにあたって、ふらりと徒歩で出るわけにもいかず、馬車にのって裏門からこっそり外に出る算段になっている。それにならって、アリシアがクロヴィスと城の裏口へ出ると、手配された馬車の隣で従者風の男が恭しく頭を垂れた。
「クロード卿、アリス嬢。本日は道中を預からせていただき、光栄です」
「慰労式典ぶりね、ロバート。今日はよろしくね」
アリシアがスカートのすそを掴んでちょこんとお辞儀すると、ちっちっちっと男は指を左右に振った。
「ダメですよ、お姫さま。今日の俺は、クロード卿の従者“ロン”なんだから」
そういって華麗にウィンクを決めたのは、元使節団メンバーのひとり、ロバート・ファンベルトだ。
騎士団の代表として使節団に参加したロバートは、あの式典の後、オットー補佐官の口利きにより近衛騎士団で副隊長に任じられていた。彼の若さでは、異例の人事である。
使節団期間中、互いの意見が重なる部分があり、ロバートとクロヴィスはたびたび行動を共にしていた。今回、護衛としてクロヴィスが近衛騎士団の中からロバートを指名したのも、そうした経緯があってのことだ。
もっともこの二人の性格は、決して似ているわけではなかった。
「どうですか、お姫さま。こやつは、よくやっていますかね。真面目が服着て歩いているような奴だから、一緒にいて肩がこりやしませんか?」
「お前は、また……。王女殿下の前だ、少しは控えろ」
「なーにいってんの。今日のお姫さまは、クロード卿の妹、アリスちゃんだろ。だから今日は特別に無礼講、ですよね?」
「ええ、その方が私もたのしいもの」
くすくすと笑ったアリシアをみて、「どうだ」と言わんばかり得意げに、ロバートはクロヴィスに胸を張ってみせた。クロヴィスの方はというと、そんな友の姿に口をへの字に曲げた。
「申し訳ございません、アリシア様。今から、もっとまともな男を護衛に据えてもらえないか、団長に掛け合ってまいります」
「待て待て待て。やめておけ、俺以上にふさわしい者がいるものか。剣聖の再来とうたわれる俺だぞ」
そうなのだ。言動の軽さから勘違いされやすいが、実はこの男、騎士団の中でも群を抜く強さを誇る男である。どれぐらい強いかと言えば、中隊ひとつ程度ならロバート一人で潰せるのではないかと噂されるくらいだ。
クロヴィスの方も、騎士の道を選べば必ず活躍できただろうとロバートに太鼓判をおされるほどには、剣の腕が立つらしい。たった二人の護衛ではあるが、これ以上にない頼もしい人選なのである。
そうこうして、アリシアとクロヴィスは馬車の中に乗り込み、御者席にはロバートが座って、ついに一行は町中に向けて城を出発した。
“殺せ”
“ハイルランドの誇りを穢すものを殺せ”
「アリシア様、気分がすぐれませんか?」
「あ、ううん。……少し、緊張しているだけ」
大丈夫、と言いかけて、アリシアは正直に打ち明けた。口に出してしまえば、ほんの少しだけ張り詰めていた心が楽になったように思えるから不思議だ。
すると、アリシアの向かいに腰掛けるクロヴィスは、紫の瞳に真剣な光をやどして自身の胸に軽く手をあてた。
「ご安心ください。万が一の時には、アリシア様のことはこの私が必ずお守りします」
「ありがとう。あなたを信じるわ」
アリシアがそう言うと、黒き補佐官は秀麗な顔に美しい微笑みを浮かべた。
奇妙なものだと思いながら、アリシアは目の前の男から窓の外に視線をうつした。
言うまでもなく、前世でアリシアの命を奪ったのは、このクロヴィス・クロムウェルだ。だが、その彼が唯一アリシアの過去を知る者であり、共に未来を変えるために動いてくれている。両方の時間軸を知る星の使いは、この数奇な巡り合わせを、さぞ愉快に眺めていることだろう。
(そういえばあの夢も、最近みなくなった)
ゆっくり後ろに流れていく町並みを眺めながら、アリシアはふとそのことに気付いた。いつが最後だったかと思い返せば、やはりというか、クロヴィスに全てを打ち明けた日だ。
繋がれた手の感触を思い出すと、アリシアの胸は暖かいもので満ちる。おそらくあの日、自分は本当の意味で彼を信じることができた。
(ううん。きっと、それだけじゃない)
前世について、未来について、あれこれ彼と話すようになってから実感する。一人で思い悩むのと、そばで誰かが支えてくれるのとでは、同じ恐怖でも苦しさが段違いだ。
「なんだか、クロヴィスばかりずるいわ」
「はい?」
カラカラと回る車輪にまぎれてアリシアはくちびるを尖らせたのだが、優秀な補佐官の耳は、しっかりと王女の不満の声を聞き分けたらしい。仕方なく、アリシアは前で首を傾げる補佐官を、恨めし気に睨んだのだった。
「あなたはこんなに私を助けてくれるけど、私はお前に何もしてあげられない。それって、不公平よ」
「何を仰いますか。私の身をお救いくださったのは、アリシア様だというのに」
クロヴィスは目を丸くして笑みを浮かべたが、王女は不満である。たしかに、アリシアは彼を補佐官に指名したが、それによって助かっているのは自分の方なのだ。
座席を通じて伝わる馬車の振動をたくみにかわしながら、アリシアはむかいに座る補佐官にむけて、ぐいと体を乗り出した。
「ねぇ、何か困っていることはないの? お願いでもいいわ。叶えて欲しいことは? あ、何もないという答えはだめよ」
「は? ええと、そうですね……」
逃げ道をふさがれ、真面目なクロヴィスは真剣に悩み始める。ややあって、彼の薄い唇が、ぽつりと意外な言葉を漏らした。




