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微笑の皇女 後編 6

6000文字弱となりました。

もう少しいくかなぁと思ったのですが、ゴットホルトが書き上げるまで全く考えていなかった方向へ走ってしまい……書いている本人も驚く展開になってしまいました。

時々起こる文字書きあるあるだと思います。


後はいきなり、ゴットホルトが我が輩仕様になっていますが、公の場でより素晴らしい自分をアピールしようとした結果、そうなりました。



 新しい紅茶を用意させたバルトロメオスが優美にカップを傾ける。

 次の断罪は実の弟である元神殿長だ。

 他の者に対してとは比べものにならない心の準備が必要なのだろう。

 アレクサンドラが作ったクッキーを噛み砕く表情は穏やかであったが、隙がない。

 カップを静かに置いてしばし何かを思案するように目を閉じている。

 時間にして数十秒くらいだろうか。

 周囲がもたらすひそひそとした囁き声の、内容がはっきりと聞き取れる大きさになる直前で、バルトロメオスは目を大きく見開いた。

 囁きが一瞬で沈黙に変わる。


「ゴットホルト!」


 以前のふくよかな体躯からは想像できない枯れ木のように痩せ細った元神殿長は、繊細な細工の施された豪奢な杖を使っているにもかかわらず幾度もよろけながらも断罪の場まで足を運び、頭を垂れることなくバルトロメオスを凝視する。


「……我が輩は、神に認められしミスイア皇国の皇帝。不敬にも名を呼び捨てるでない!」


 そして有り得ない暴言を吐いた。

 バルトロメオスは冷静に、神声を聞けるフェルディナントに真意を尋ねる。


「フェルディナント。愚か者の言葉に偽りはないか?」


「偽りはございませんが、足りない言葉がございます。神は『亡国の王となれ』との仰せでした」


「ふむ。つまりはミスイア皇国は滅ぶと、神のお告げがあったと?」


「はい。バルトロメオス皇帝陛下にも神声があったと思われますが、ミスイア皇国は滅びます」


 きっぱりと言い切ったフェルディナントの言葉に祭壇の間は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。

 失神する者、絶叫する者、崩れ落ちる者、大泣きする者、逃げようとして騎士に拘束され床に転がされる者、冷静を保ち椅子に座り続ける者、周囲を見回して様子を伺う者、泰然と未来を語る者も極々僅かだがいるようだ。


「心配するでない。ここにはおらぬ善良な民には、アレクサンドラが国外を出て後、神よりお言葉があるようだ。また何人であろうと今までの行いが良質であれば、同じように神の救いがもたらされるであろう。もっと解りやすく言えば、多少環境は変わるかもしれぬが、今までの生活に近しいものが約束されておる」


「残念ながら、ゴットホルト元神殿長のように善心をお持ち出ない方は、亡国となるミスイア皇国より脱出すら許されぬ模様でございますれば……お覚悟なされませ」


「うるさいうるさいうるさい! 亡国であっても国ではある! 善心を持たずとも十分な人がおる! 絶望する必要などないのだ! 我が輩が治める新たな国ぞ! 今以上に素晴らしい国になるに決まっておるではないか!」


 己の過去に自信がない者達の内一部が、ただ縋るだけの眼差しで元神殿長を見詰める。

 それ以外の瞳に点るのは、絶望一色だ。


 神の力により国が滅びるというのは、国として成立しないほどの天災に見舞われるのだと、広く認知されている。


 豊かな実りは二度と与えられぬだろう。

 名水と名高い数多の水源も涸れ果てるだろう。

 疫病も流行るかもしれない。

 魔物も跋扈するに違いない。

 太陽と月は永遠にあるか、なくなるかまでになってしまう可能性もあった。

 ただ恐らく他国からの介入はない。

 何の旨味もない国を欲する国はこの世のどこにも存在しないのだ。

 

「神に見捨てられしミスイア皇国は、ただ罪人を閉じ込めておくだけの檻になるのだ。善良なる者が全ていなくなった、その瞬間から」


「罪人を両親に持つ私達の過去もまた愚かしく、断罪されるべきものでございました……故に、国と共に滅ぶつもりでおりましたが……神より、私と姉上への罰は、アレクサンドラ姉上様に真摯な心で以てお仕えするものだと、お言葉を頂きました」


「なんじゃと!」


 そう。

 二人は少し前まで機能しなくなるであろう神殿の中で、もしかしたら改心するかもしれない人々と共に、己の罪を懺悔し、善良なる人々の幸を命尽きるまで祈り続けるつもりであったようだが、シルビアと一緒に祈りを捧げている最中に神声が降りたらしい。

 個に対しての神声は滅多に降りるものではない。

 神も罪深き両親に翻弄され続けた二人を不憫に思ったのだろう。

 アレクサンドラと共に国を出て、新しい世界に足を踏み入れる事を、贖いとしたのだ。


 迷ったらしい二人は、少しずつアレクサンドラの視界に入りながら、己が疎まれていないかを慎重に判断し、どうやら側に居るのを喜んでくれるようだと認識できて、ようやっと。

 国を出ようと決意したようだった。


「貴様らは我が輩の子じゃ! 親を捨てるのか! 許さぬぞっ!」


「……私とて捨てたくはありませんでした!」


 シルビアがフェルディナントの隣に足を運びながら言う。

 声には嫌悪と憐憫があった。


「ですが、それこそが私達の贖いなのです」


「親! 親を捨てる以上の不敬が!」


「存在します。バルトロメオス皇帝陛下。どうぞ、罪人の罪を告発下さいませ」


「……子らは己を顧みれるのに、うぬには、それが、最後までできなんだなぁ……」


 バルトロメオスの声にも同じ嫌悪と憐憫がある。

 

 幼い頃から元神殿長は我が儘だったという。

 先代皇帝が咎めても、正妃であった母が宥めても、バルトロメオスがどれだけ譲歩しても、自分が正しいと、自分だけが正しいと言い続けたらしい。

 先代皇帝がどうにか改心させようとして、当時の神殿長に頭を下げて神殿へ入れさせても無駄だった。


 むしろ、悪化した。


 信心深かった正妃が数えきれぬほど足を運んで諭そうとしても、一切聞かずに横暴の限りを尽くしたのだ。

 自分に意見する人格者は即座に追い出した。

 従順な者だけを重宝した。

 人格者であったが老年であった当時の神殿長を、残りの余生は穏やかに過ごすが良い! と言い放って追い出し、神殿長の座に着任したのはまだ十代の時だったという。

 先代皇帝やバルトロメオスが、幾ら神殿長は皇族の地位と権限を剥奪されている、ただの神殿長でしかないのだと説明しても、神殿という隔離された場所では、神殿長の力は絶大だったのだ。

 また、ただ褒め称えてさえおけばおこぼれが貰えると、ずる賢く考えた者も多くあったらしい。


 故に。

 神殿は数十年に渡って腐敗しきっていた。

 余程の鉈を振るわないと、腐敗の一掃は困難とされていたのだ。


「側室を孕ませ、その子を皇帝の子として偽った罪、周囲に皇帝の子と認知されているにも関わらず神殿に抱え込んで皇族としての教育を施さなかった罪、皇女を不当に虐げた上に暗殺を企んだ罪、神殿長の地位を利用して多くの無垢なる者を洗脳した罪、また数えきれぬ冤罪を産んだ罪、聖職者に堅く禁じられている姦淫、暴飲暴食を行った挙げ句に他の聖職者には命に関わる節制を強要した罪……これまで断罪をしてきた誰よりも多くの罪を犯した貴様に、せめて罪の自覚をと、これでも足掻いたのだが……叶わなんだな」


「ふふん! 我が輩は罪人などではない。見よ! この美しき杖を! 黄金に輝きし神に賜った美しき宝物ぞ! おうっ!」


 私物は全て取り上げられたはずなのに何故か持っていた豪奢な杖を、よろけながらも高々と掲げてみせる様は、歴史書に描かれそうな雰囲気を保ってはいた。

 あくまでも、罪深き者による最後にこそ相応しい絵面に過ぎないものだったが。

 それもまた歴史の一場面だ。

 残される歴史書に教訓めいた場面は多く記されている。


「うがあああああ!」


 杖はどこからともなく降り注いだ一線の美しい光によって真っ二つに割れた。

 中身は空洞で、外側も黄金なのではなく似た色で薄く塗装されているのが独特の臭いで解ってしまうだけの代物だったようだ。

 

「……神はお怒りのようだ、ゴットホルト。これから先、如何に愚かな貴様といえど自覚せざる得ない地獄が待っているだろう。我が成せる断罪は僅かなものだが、心して聞くがよい」


 バルトロメオスが大きく息を吸って続きの言葉を紡ごうとした時。

 賛美歌が聞こえた。

 神殿長の狂った洗脳に抗えなかった者達だろうか。

 全員見事なまでに揃った歌を喉が張り裂けそうな声で歌っている。

 

 少しでも元神殿長の罪を軽くしたいのだろうか。

 それとも己の罪を軽くしたいのだろうか。

 ただただ元神殿長ではなく、神に縋るしか道はないと信じ込んでしまっているのだろうか。


「今歌うことは許さぬ。断罪が全て終わったなら、好きなだけ歌え」


 声は一層大きくなった。

 解りやすくバルトロメオスの言葉を否定する行動に、狙いを定めて威圧がかけられる。

 数人が倒れ、数人が口から血を噴き出した。

 人が減ったにもかかわらず音量は変わらない。

 血を吐き声が出なくなった者も、まだ口を動かしている。


「……宗教って怖いね。この場合は、洗脳って怖いね、が正しいのかな?」


 マルティンの声は平坦で、微塵も怖がってはいないように聞こえる。

 実際怖がってなどいないのだろう。

 ただ、恐らく、厄介で悍ましいと感じているだけで。


 バルトロメオスが手を上げれば、心得ている騎士達が歌い続ける人々を拘束する。

 宮廷魔導師が結界を広げて中へ押し込めた。

 それでも歌い続けているが声は聞こえなくなった。

 ツィーゲが、うるさい! 黙らぬか! と食ってかかっているようだが効果はないだろう。


「我が輩を讃える歌がそんなに不愉快か? 疎ましいのか? ほれ! 素直になるのじゃ!」


 どこまでも不遜態度を崩さない元神殿長にバルトロメオスは、ただ淡々と言うべきことを告げてゆく。


「罪人、ゴットホルト! 神殿長の地位は剥奪。本来持つはずのない個人資産も全て国へ返上。その身は王城へ幽閉とする。心ゆくまで玉座を温めるがよかろう。また罪人に洗脳されていると思われる者には、洗脳の解除をし罪は問わない。ただ欲望のままに追従した者は今後も続けて罪人に仕えよ。甘い蜜は吸えなくなるがな。生きてはいけるだろう」


 洗脳された者とそうでない者の区別がつくのかと首を傾げれば、察したらしいフェルディナントが一時的に神から授かった力で、判別と解除までを行うと教えてくれた。

 神の力がフェルディナントに宿ったのならば、問題はないだろう。

 ただ洗脳されていた時の記憶は残るという話なので、正気に戻った時にどういった反応をするのかが少々心配な点だ。

 

「最後に……貴様は何とも思わないだろうが、今を持って兄弟の縁を切らせて貰う。我が弟は、死んだ」


「は?」


 バルトロメオスの言葉に、元神殿長は初めて見る表情をした。

 信じられないと、首を振りながら延々と瞬きを繰り返している。


「へぇ? まだ捨てられないと思っていて、しかも、捨てられて驚いているみたいだよ? 彼にも人間らしい心があったんだねぇ」


 マルティンが妙なところで関心しているが、アレクサンドラも驚いた。


「わ、我が輩が捨てるならまだしも、貴様が我が輩を捨てるだと!」


「嬉しいだろう? これで我と永遠に縁が切れるのだから。貴様は亡国に残り、我は国を出る。亡国は罪人の檻となり、未来永劫人出入りが叶わぬのだからな」


 嬉しいと、もっと早く自分から切り捨てればよかったと、即座に言い返すだろうと誰もが思っていただろうけれど、元神殿長はただ狼狽えている。


 心の奥深い所では、バルトロメオスを兄と慕っていたのかもしれない。

 何をしでかしても、自分を決して裏切らない唯一の肉親なのだと。


「これで、全ての断罪はなされた。後は神によるより解りやすい制裁が罪深き者達へ下されるであろう。ミスイア皇国が亡国となるのは近くに定められた未来。それを理解した上で、質問があるなら挙手を……」


「バルトロメ! ぎゃああああ!」


 怒りのあまり不敬な呼び方をしようとした元神殿長の全身を今度は光が貫いた。

 しかし倒れないのは光輝く大きな矢が、その身体を床に縫い止めているからだ。


「……もしかして神も今まで我慢されていたのでしょうか? 有り得ないお怒りです」


「もしかすると、神ご自身のお怒りなのかもしれませんね」


 神意を感じて語るフェルディナントとシルビアにアレクサンドラも同意する。

 今の状況から察するに、バルトロメオスに対する態度に怒りを覚えているようだ。

 父上の苦労が報われたようで嬉しいとすら思ってしまう。


「あに、あにうえ!」


 バルトロメオスは応えない。

 もう兄弟でなくなったのだから当然だ。


「ちちうえにも、ははうえにも、すてられたぼくを、すてるのですか! あにうえだけは、ぼくを! すてないとおもっていたのにぃいいいい!」


「……こ、ここにきて、幼児退行とか? え?」


「そ、そうなのですか?」


 マルティンの言葉に周囲を見回すとアレクサンドラ達と同じ顔をしている者も多いが、妙に納得している者達もまた多かった。


「……父上も、母上も、最後まで心配しておられた。切り捨てられなかった。暗殺からも守られていたのだぞ? 何度言っても弟の耳には届かなかった。だから我は弟を捨てたのだ」


「嘘だ! うそだ、うそだ、うそだああああああっ! あにうえぇえ!」


 光の矢が消え失せて床に崩れ落ちた元神殿長が、床を這いずってバルトロメオスへ近寄ろうとする。

 バルトロメオスの足下にまで、どうにか辿り着いた瞬間に、結界の中へと引き摺り戻されてしまった。

 何枚かの爪と、血の跡が残されている。


「すてないでください! あにうっ!」


 結界の中でも叫び続けている元神殿長を冷ややかな夢から醒めた眼差しで見詰めるのは、賛美歌を歌っていた者達。

 賛美歌は何時の間にか終わっていたようだ。

 

 噎せ返りながら幼子のように泣きわめく元神殿長を見ても、可哀相だとは思えない。

  どころか、狡いと思ってしまった。

アレクサンドラに虐待と呼ばれてもおかしくない躾を長く施していながらも、一切反省すらせず謝罪もできなかった男が、呆気なく可哀相な存在になったのだ。


「……この幼児退行は一時的なものでしょうか?」


「だと思います。さすがに、神が許さないでしょう」


「ですが、子供が信じていた者全てに捨てられた状態というのは、かなり悲劇的なのでは?」


「なるほど、そういった考え方もあるのですね。反省も謝罪もできない愚か者には、案外相応しい末路なのかもしれませんね」


 相応しい末路、と感慨深げに呟くエーデルトラウトに、まだまだ悲劇が足りないと、賛同できない自分がいる。


 醜い感情を持つ自分は悍ましい。

 けれど、その感情から逃げてしまえばアレクサンドラも罪人達と変わらない存在に成り下がってしまう。


 アレクサンドラは、今まで感じた痛みとは違う種類の痛みを覚えながらも、綺麗に作り上げた微笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。


「恐れ多いことですけれど私は、神の制裁に感謝致しますわ」


 因果応報が足りていないと素直に己の醜さを肯定し。


「それこそが救いなのだと信じておりますもの……」


 今まで通りに何時かは報われる日が来るのだと、真摯な思いを込めて。

やっとここまできました!

次回完結のはず……。


完結したら、頂いている誤字修正をしたり他の作品の更新をして、しばらく間を置いてから、後日談を書いていく予定です。


最後の文章だけは決まっているんですが、そこへ行き着くまでどんなエピソードを入れようかは、相変わらず思案中です。


お読みいただきありがとうございました。

引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。

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