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微笑の皇女 後編 2

脳内で後編5までは確定しました。

よくあることですみません。

アレクサンドラ目線が少ない話だったので、最後に一通り書いてみたくなってしまいました。




 祭壇の下真正面に立ったバルトロメオスの目配せでマルティンとアレクサンドラは、一端祭壇の右下へと移動する。

 全員から声なき祝福がなされるのに、二人でお礼の会釈を幾度となく繰り返した。

 様子を温かく見守っていたバルトロメオスが正面を向く。

 そして良く響く声音で、これから行う祝福と断罪の儀式の簡潔な説明を始めた。


「此度、ディートフリート・ヴュルツナーによる不貞行為故、アレクサンドラ・アーレルスマイアーとの婚約破棄がなされた。同時にヴォルトゥニュ帝国の王マルティン・マルティノヴィチ・グーリエヴァ殿とアレクサンドラ・アーレルスマイアーの婚姻が決定した。本日祝福と断罪の儀式を経て後、間を置かずして我が最愛の娘アレクサンドラはヴォルトゥニュ帝国へ嫁ぐ!」


 参列しているほとんどの者が解っていただろうけれど、バルトロメオスの言葉に神殿を揺るがしかねんばかりの歓声が上がった。

 不満の声もあったのかもしれないが、アレクサンドラの耳には称讃しか届かない。

 それが少しだけ不思議でもあった。

 

「まずは、神殿長フェルディナントと副神殿長シルビアによる成婚の儀式を行う!」


 今度は困惑や疑問の声が多く交わされる。

 神殿長はいきなり倒れ込んだかと思ったら這いつくばって結界の境界まで辿り着き、皮が破れて骨が見える強さで結界を叩いていた。

 見えないはずの結界が赤く染まってゆく。

 血の赤に不吉を予感するも、結界の浄化作用が働いたのか、アレクサンドラが数度大きく瞬きをするうちに、汚れは跡形もなく消え失せる。

 隣でマルティンが、凄い術者だね! もしかしたら君の師匠かもしれないね! と囁きかけてくるのに、然もありなん! と大きく頷いた。


「静粛にするがよい! 祝福の後は断罪の時間となる。質問があるのならば、その時にするがよい!」


 声は小さくなったが囁き声までは払拭されなかった。

 バルトロメオスが下がってくる代わりに、マルティンと二人で祭壇の真正面へと向かう。

 視界の端で、ヴォルフガングが人の背丈程のハープを爪弾き始めた。

 バウスネルン家に音楽の神からの加護が与えられたその日。

 喜んだ当時の皇帝が与えたというハープの装飾は贅を凝らして美しく、音は繊細を極める。

 美しい音に関しましてはとても好ましく思っているのですが、如何せん移動の際に重すぎるのが困ります……と、ヴォルフガングが溜息をついていたのを思い出す。

 

 裏切りが発覚して絶望していたヴォルフガングが、絶望の淵から這い上がってきてから作られた幾つもの祝福の曲の中。

 儀式の際に流そうと思っておりますと、冒頭部分だけ奏でてくれた珠玉の名曲は思わずうっとりと目を伏せて聞き入ってしまうほどに、荘厳でありながらも、どこか優しい音調で神殿内を満たす。


 隣に立っていたマルティンも同じように聞き入っていたようだ。

 口端が緩やかに上がっている様子は曲を堪能しきっているのを物語っている。

 思わず微笑めば、マルティンの美しい紫色の瞳が開かれた。


「さすが、ヴォルフガング君だね。君の装いと同じように美しいよ」


「……マルティン様も本当にお美しくて……どこに目を向けたら良いのか困りますわ」


 お互い向き合っているので目の逃げ場がないマルティンの美麗な立ち姿は、アレクサンドラを虜にする。

 白に限りなく近い銀色の正装。

 軍服から派生したと言われているらしい衣装はマルティンを雄々しく見せる。

 胸ポケットから下がった時計の鎖が艶やかに反射した。

 タイには銀色の糸でヴォルトゥニュ帝国の国家であるダイヤモンドフラワーが縫い取られている。

 普段は無造作に下ろされている前髪が後ろへと撫で付けられて額が露わになっているのが、まるで別人のようにも思えるのだが、その姿もまた凜々しくて惚れ直してしまうようだった。


「そっくり同じ言葉を返すよ。僕のアレクサンドラ。今の君ほど美しい存在はこの世の何処にも存在しないだろうね」


 目を細め、愛しくて仕方ないという思いの込められた眼差しがアレクサンドラの頬を鮮やかに染める。

 

 マルティンが用意したアレクサンドラのウェディングドレスは露出を極力抑えたハイネック。

長袖、デコルテ、背中の腰までが手編みの繊細なレースで包まれている。

 背中が多少気になったが、レースの目は大変細かくヴェールもあるので肌の色が衆目に晒される心配はなく、羞恥に苛まれなくてすむだろう。

 スカートは腰から下がふわりと大きく広がっており、一見とてもシンプルなデザイン。

 しかし、スカート部分には小さいダイヤモンドが無数縫い付けられていた。

 身動きしなくとも煌めきがあるのだ。

 その見事な職人技には頭が下がった。


 宝飾品は全てダイヤモンドで統一されていた。

 イヤリングはダイヤモンドフラワーの形を模している。

 ネックレスは初めて見る、煌めきが映える不思議なカッティングが成された楕円型。

 リングもヴォルトゥニュ帝国の職人のみが成せると謳われたスクエアカット。

 他国のスクエアカットとは煌めきが格段に違うらしい。

 女性の宝飾品に詳しいボニファティウスが説明してくれた。

 また、ダイヤモンドの輝きを美しく見せるべく補強部分に使われている金属は、ダイヤプラチナと呼ばれる希少金属とのことだった。

 ここに、ティアラが加わっての宝飾品一式。

 側室の狂乱も無理ないのかもしれないと、密やかに思う。


 準備が整ったらしくフェルディナントが顔を上げたので、マルティンとアレクサンドラは祭壇の下に跪く。

 背後でアンネマリーがヴェールを綺麗に直した。

 ヴェール全体に施された精緻な刺繍に女性達から至福の溜息が零れ落ちる。


「ミスイア皇国を守護せし神より御言葉みことばがありました。ヴォルトゥニュ帝国の王マルティン・マルティノヴィチ・グーリエヴァとミスイア皇国巫女姫アレクサンドラ・アーレルスマイアーの婚姻を認め、その尊き生涯を共に歩む祝福を! と」


 あちこちから礼賛の声が上がった。

 本来、神は婚姻を認めるだけだ。

 しかし、フェルディナントは神から祝福を授かったと告げる。

 事例こそ少ないが、過去に同様の祝福を授けられた者達もいた。

 祝福を授けられた夫婦は、皆、仲睦まじく添い遂げるとされている。

 

「……え?」


「! 凄いね?」


 どこからともなく心が華やぐ香りが漂ってきたかと思うと、天井から生み出されるようにして純白の花びらが数えきれぬほど舞い落ちてきた。

 アレクサンドラの知る限り、歴史にもない事態だ。

 

「神は二人に特別の祝福を授けた。この先二人に害なす者は、神の裁きを受けるであろう!」


 今更ミスイア皇国の者が二人を害するとは思わないが、フェルディナントの力ある言葉の効果は絶大のようだ。

 美しい花びらを追っていた目線のほとんどが、フェルディナントに向けられた。


「マルティン・マルティノヴィチ・グーリエヴァに祝福の杯を。アレクサンドラ・アーレルスマイアーに祝福の杯を」


 フェルディナントの言葉を聞き、マルティンの手がそっとヴェールを上げる。

 染まったまま一向に熱の引かない頬を見られるのが恥ずかしい。

 控えていたシルビアが静々と近付いてきて、マルティンへ銀色に輝く聖杯を授ける。

 アレクサンドラも同じ物を受け取った。

 中には無色透明の酒が入っており、白い花びらが一枚浮いていた。


「互いに一口飲み、杯を交換して花びらを含んで一気に飲み干すことで、儀式は結びと致します。お二方……どうぞお飲みくださいませ」


 白ワインとも違う酒精のとても強い酒を前に、マルティンは嬉しそうだ。

 一口飲んだアレクサンドラはそれだけで軽い酩酊感に襲われるも、儀式中に無様な姿を晒すまいと平静を装って杯を交換する。

 美味しそうに一息で飲み干してしまったマルティンに驚きながらも、ゆっくりと最後の一滴まで飲み干した。

 全身に熱が回って倒れそうになったのは、一瞬。

 これも神の祝福の一つなのか、酩酊感は消えていた。


「これにて婚姻の儀式は目出度くも結びと相成りました。マルティン陛下、アレクサンドラ姉上、どうかお幸せに」


「私からも心よりの祝福を。お二人の未来が幸多きものでありますように」


 儀式が終了し、フェルディナントとシルビアから祝福の言葉を貰う。

 神の言葉よりもマルティンとの婚姻がなったのだと、実感させてくれる嬉しい言祝ぎだった。


 深々と頭を下げた二人が祭壇を降りて他の兄姉達に並ぶ。

 マルティンとアレクサンドラも元の席に戻った。


「……こちらの儀式は簡単なんだね? 僕の所はうんざりするほど長いんだよ……」


「マルティン様と一緒でしたらどんな儀式でも幸せに過ごせると思いますわ」


「アレンちゃんは僕よりずっと儀式慣れしてそうだもんねぇ。祝福されるのは嬉しいけど、無駄に長いのはちょっと憂鬱だよ」


 小さく肩を竦めるマルティンにアレクサンドラや周囲の人々が楽しそうに笑う。


「皆さんも、どうぞ一緒に耐えてくださいね?」


 おどけたようなマルティンの言葉に、皆はそれぞれ、任せてください! 頑張ってみせます! 私も参列を許されるんでしょうか? ……等々と様々な反応を見せる。

 このまま穏やかな時間に浸っていたかったが、そうもいかない。

 

 バルトロメオスが祭壇の上に立ち、罪人達を見下ろした。


「目出度き婚姻もなった。このまま祝宴と参りたいところであったが、そうもゆかぬ……さて。此度、そこな罪人達の様々な罪が発覚した。既に一部の者は知っておろうが、犯した罪とそれぞれに相応しい贖いを改めてこの場で、申し渡すとしよう! が! その前に、少々の準備が必要だ。断罪の時間は長くかかるであろう。参列者達もそれを踏まえた上で準備をするがよい」


 参列者達がバルトロメオスの言葉を聞き、準備の為になのか移動を始める。

 大混雑を心配するアレクサンドラの手をマルティンが取った。

 

「……マルティン様、姉上、どうぞこちらへ……」


 エーデルトラウトの先導で祭壇の間から近い控えの間へと移動する。


「……お姉様。私も着替えて宜しいでしょうか?」


「もしかして、疲れてしまったかしら」


「はい……後は男共の目線が正直鬱陶しく……」

 

 控えの間に足を踏み入れた途端、アンネマリーに泣きつかれた。

 深々と溜息もついている。

 美しく着飾ったアンネマリーには婚約者がいない。

 空気の読めない人々がアンネマリーを欲するのも無理からぬ話ではあった。


「断罪の場ですものね。私達は裁かれる身ではないけれど、華美な衣装は控えた方がいいでしょう」


「……罪人共に威圧感を与える意味でも、全員漆黒の衣装を身に纏うとよいかと思いますが如何でしょう、姉上様」


「いいね、漆黒。僕のも用意があるから大丈夫だよ!」


 ボニファティウスの意見にマルティンが即座の賛同を示した。

 アレクサンドラに異論はない。

 マルティンがにこにこと楽しそうに笑う。

 どこまでも用意周到なマルティンに何度惚れ直せば良いのだろうか。


「では、アレンちゃん。また、あとで、ね?」


 ひらひらと手を振ってマルティンがボニファティウスの後について行く。

 他の男性陣もその後に続いた。


「それでは、お姉様。着替えましょうか」


「ええ。では、宜しくお願いしますね?」


 メイド達に声をかける。

 びしっと背筋を正し腰を折って頭を下げたメイド達が、迅速に二人の身体から宝飾品を丁寧に外して仕舞い込み、一人では脱ぐのが難しいドレスを手早く脱がしてゆく。


「……お姉様、気付かれましたか?」


「何の事かしら?」


「あの、恥知らずのディートフリートの事です! 今更どうして、あんな! あんな縋る目が出来るのでしょう!」


「ええ、そうね。もしかしたらまだ……どこかで……私が彼の尻拭いをしてくれるのだと……思っているのかもしれないわ」


 神殿へ隔離されてから彼彼女らは反省をしたのではないのだろうか。

 その為だけの隔離だったはずなのだが。

 己の罪を今以て尚、認識できないのだろうか。

 本当は認識できているのだけれど、ただ。

 ただ、己が置かれてしまった惨状を信じられないのだろうか。

 信じたくないのだろうか。

 そんな甘い世界に浸れるほど、罪人達に残されている時間は少ないというのに。


「どこまでも、愚かですね、あの男は!」


「そうね。愚かね、とても」


 アレクサンドラ自身が罪人の中でも特に彼を甘やかしてしまったのは事実だ。

 だが、その甘さだけを甘受し、一方的に不利益を押しつけようとしたのはディートフリートに他ならない。

 甘やかすのと同様、否、それ以上の諫言を続けてもきた。

 楽な道を選び、破滅へと辿り着いたのはディートフリート自身の責任以外の何ものでもないはずだ。


「……愚か者には相応しい末路が待っているのでしょう」


 アレクサンドラがそれを見届ける義理はない。

 もう、前を向くと決めた。

 マルティンと二人、今度はヴォルトゥニュ帝国に住まう人々が少しでも幸せであるように努めるのだ。


「マルティン様や父上がせっかく下さった過去との決別の機会です。私の心はもう決まっていますから……大丈夫ですよ、アンネマリー」


 アレクサンドラを慈悲深いと疑わないアンネマリーは、罪人達にまたアレクサンドラが傷付けられないかどうか心配で仕方ないのだろう。

 愛しくも可愛らしい妹だ。

 

「私達もおりますし、何よりマルティン様がいらっしゃいますから、私の不安は無用の物と頭では理解しておるのですが、罪人共の余りの愚かさを見るにつけ……どうにも」


 漆黒の軍服姿に着替えたアンネマリーは美しい。

 その優しい心根を知っているからこそ、そうと見えるのかもしれない。


 アンネマリーと違いアレクサンドラが身に纏うのは、漆黒のロングドレス。

 宝飾品は一切身につけずに目元が隠れるヴェールの付いた帽子も被った。


「……お姉様は漆黒も……お似合いなんですね……」


 メイド達とアンネマリーが揃って溜息をつく。

 何故か全員揃って頬が赤い。


「アンネマリーこそ似合っているわ。とても凜々しくて、貴女に守って貰える自分がとても大切な存在に思えるの」


「! 騎士に与えられる栄誉に、それ以上の言葉はありませんね! 私、本当に幸せです!」


 拳を握り締めて力説しているアンネマリーを好ましいと思う微笑みを浮かべて、着替えを終えた男性陣が入ってきた。

 ノックはなかったが、メイド達が誘導したのだろう。


「うん。やっぱり漆黒も良いね。夜の女神が降臨したみたいだよ!」


 マルティンの賛辞は相変わらず面映ゆい。

 

「ふふふ。何時もありがとうございます、マルティン様。マルティン様も精悍な風情がいくさを統べる神のようですわ……さぁ。参りましょう」


 アレクサンドラがマルティンに手を差し出す。

 驚いたように大きく目を見開いたマルティンだったが、その眦はすぐに軟らかく撓み、恭しくアレクサンドラの手を取ると、スマートにエスコートをする。


「……救われるといいんだけどね?」


 誰が?

 何が?

 とは、問わない。


「ええ。私も心からそう思いますわ」


 ただ、マルティンの言葉にアレクサンドラは心から賛同の意思を示した。





 アレクサンドラがマルティンを好きすぎる気がしてきましたが、マルティンがアレクサンドラを好きすぎるのには遠く及ばない感じでお願いします。

 次回は罪人達に粛々と罪の説明と罰の言い渡しになるんですけど……罪人達がどんな反応をするのか、書いている本人も見当がつかなくって困ってます。

 

 お読みいただきありがとうございました。

 引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。


 

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