昼間はそんなことなかったのに
「おい、フィナ。お前もこっちで飲めや。こいつらちいっとも喋んねえけど、悪い奴らじゃなさそうだぜ」
「い、いやよっ! あんた今の状況分かってんの⁉︎」
お漏らしした場所から動けなくなったフィナを眺めていたシュシュは、やがてゾンビ店主が持ってきてくれたオレンジジュースに気をよくしてフィナが立ち上がるまでとカウンターでちびちび飲んでいた。
そうこうしているうちに、どこから湧いてきたのか、ゾンビのお仲間がぞろぞろとやってきてシュシュたちのいるカウンターはもちろんテーブルまでもが満員御礼の大繁盛となっていた。
当然ながら店主のほかのゾンビまでが訪れた時にフィナはすすり泣きを始めて立ち上がることも出来ずに水たまりを広げるだけとなっている。
フィナを横切りシュシュの隣にゾンビが座れば1チョロ。
楽しい宴に誘うゾンビがフィナの肩に手を置けば2チョロ。
動きの遅い店主が並べたジョッキを手にゾンビたちとシュシュが乾杯をすれば3チョロとそろそろフィナの水分も空っぽになるのではと危惧するほどだ。
「分かってるさ。こいつらは昼間に見た奴らで──今はこの通りちょっとお眠なだけの、気のいい連中だってことくらいよ」
「ばっかじゃないの⁉︎ 本当にバカ、馬鹿、ばか……だああっ、近寄らないでええっ」
すっとぼけたシュシュに対して声を荒げるフィナを気遣うゾンビがハンカチを差し出して4チョロ。
「何で、何で──」
見かねて椅子から降りたシュシュがミルクを差し出すと、しょんべんの泉から立ち上がることなく飲み干して今度は酒を要求したフィナは結局酒盛りの仲間となっている。
未だに立ち上がりはしていないが。
「何で、だろうな」
フィナもそんな状況が続けば慣れもする。慣れた、というやりは麻痺したと言う方が正確かも知れない。
そんなフィナとシュシュの「何で」は少し違う。
「何で、あのひと……昼間に少し、話したひと……」
「──そうかい」
新しい階層の情報がほしくて話しかけたひとりで、質問もそこそこにナンパしてきたものだからフィナは軽くあしらって切り上げた相手だ。
「昼間は……元気に、普通のヒューマンだったのに……」
「何で、だろうな」
今も元気は元気で、姿が変わってもフィナのことは気になるらしくハンカチを差し出したりもした。
いまそのハンカチはフィナが1度目は怖がって拒否したものの、襲ってくることもなくじっと見つめて差し出したままな姿を見て改めて受け取り、涙と鼻水とよだれを拭くのに使われて、もう乾いているところはどこにもない。
よく見ればどの人も歴戦の冒険者たちだったと窺える容貌で、もしかしたら昼間にすれ違ったり会話くらいはしたのかも知れない。
そんなハンカチナンパゾンビは、仲間と思われるゾンビと連れ立ってギルド側のカウンターへとふらつきながらもたどり着き、一冊のノートを持ってフィナの前にやってきた。
「これを、読めって──?」
またもナンパされるフィナは、今度は素直に受け取り中身を確認する。
まだ新しいそのノートに書かれてある内容はそれほどに多くない。
だからこそ、特筆すべきところも言われるまでもなく見つけられた。
「なにこれ……魔物のいない階層って」
「そんな階層があるのか」
どこの情報だとシュシュもノートを覗くが、眉間に皺を寄せて考え込んでしまう。
「この階層に魔物がいないって……階層主不在って、そんな馬鹿な話……」
「──つまり俺たちが遭遇したゾンビたちは、この時にはいなかったって事か? あの牛コロなら戯れにそういうこともしそうだが……そういう事なのか?」
退屈しのぎにグール時代のシュシュを弄んだ神様ならやりかねないとシュシュは苦い顔で口にするも、頷くゾンビたちを見て「そうなのか……」とこぼす。
しかし、だとしたらその意味はなんなのか。
考えてもシュシュにもフィナにも分からない。恐らくは先に訪れた彼ら最前線組も分からなかったことだろう。
立て看板だけで、なんの疑いも無くとは、いかずとも結果としてそれを前提に納得してしまったのだろう。
実際に何人かは次の階層へと行ったらしいのだから。
思考にふけるシュシュたち。やがてそばで見ていたゾンビのうちのひとりがふらふらとカウンターに寄っていき、並ぶグラスもつまみの皿も勢いよく……とはいかないが薙ぎ払い音を立てて地面に落ちて割れて溢れる。
平和が、かりそめの平和が崩れ去る音に、光景に、シュシュは答えにたどり着く。
「──敵に遭遇しないから……しなかったから」
ゾンビ店主はそれでもまだずっと酒を注ぎ続ける。
「安全地帯かどうかの確認ができてなかった──」
「どういうことなの、シュシュ?」
慣れすぎたフィナはそんなゾンビ店主からおかわりを受け取り口にしている。
ほろ酔いが気持ちよくて思考はシュシュに丸投げである。
「ギルドが、冒険者たちがポータル付近の安全地帯を見極めることが出来るのは、魔物を誘導して立ち入れない範囲を特定するからだ。そんな“神の塔”のシステムを、変えることなく……奴はこいつらを、俺たちを陥れたんだ──」




